フラッシュバック
「あの有名な『フラッデルを操って戦う騎士』とは貴方のことだったんですねっ!」
「……そうですね」
今しがた手合わせを終えたばかりの、年若い、とは言ってもイリスよりは年上だろう青年の騎士が荒い息を吐き出しながらもキラキラと瞳を輝かてイリスを見ていた。
その眩しさに耐えられなくて、イリスは視線を逸らしながら乾いた笑みを浮かべた。
イリス達がシシリス草を採取して戻って来てから、十日が経とうとしていた。
持ち帰ったシシリス草はニザルべリナリアのワクチンとして使う場合は乾燥などの必要はないらしく、さっそく煮詰められ薬液を抽出されたあと他の薬草と合わせて調合されていた。
出来上がったワクチンは真っ先にノクトに投薬される。効果は絶大で、投薬直後から呼吸の乱れがなくなったことにイリスは驚愕したものだ。
そこから体調が回復するまでには数日かかったが、十日経った現在ではノクトは起き上がって普通に生活をしている。ただし、ウイルスを体内に持っている状態ではあるので、感染の可能性は低いとはいえ未だ医務室に隔離生活ではあった。
しかしノクトの隔離生活も、終わりが見えてきている。
症状が出ていなかったイリス達や船員等も念のため、鍾乳洞の入り口から入ってシシリス草を採取してくるという通常ルートで、先発隊の騎士達が別で持ち帰って来たシシリス草で作られたワクチンを投与している。
ニザルベリナリアウイルスの潜伏期間である十日間は隔離を行うという話だったので、明日には隔離が解除される見込みだ。
初日に馬でやって来た先発隊の騎士達とその日の昼に遅れてやって来た王立医師団の面々も、この地での隔離生活を終え明後日には王宮に戻る予定だった。
だが、ここで一つ問題があった。
本来、今列挙した面々で隔離生活を送るつもりでいたのだが、シシリス草を持ち帰った次の日には何故か騎士の数が増えていたのだ。最初は気のせいかとも思っていたのだが、何故か日に日に増えていく騎士の数に最早気のせいとは言っていられなくなった。
そう、彼等はイリスのフラッデル操作を見ようと集まってきた騎士達だったのだ。
だが一度こちらに来て感染が疑われる面々と交流を持ってしまえば、彼等もワクチンを投与しても十日間は隔離となってしまう。そうなってしまっては王宮を守る騎士の数が減ってしまうし、もし今オートレア王国に何かあっても動くことが出来ない。
そのことを先発隊としてやってきた騎士団の隊長に進言したのだが、王宮には十分な数の騎士が在籍しておりこれでも希望者を選抜してきているので気にするなと言われてしまい、この話は終わりになってしまった。
イリスからすれば「これで?」と思わなくもない数だったが、イリス達がオートレア王国に長く滞在するつもりがないことを知った彼等としては、何としても滞在中にその技術を間近で、と志願者が後を絶たなかったらしい。
結局イリスはエダルシア王国に続き、このオートレア王国でもフラッデルの操縦を披露することになり、勿論それで終わるはずもなく請われるままに手合わせをしてこの十日間を過ごしていた。
「噂は聞いたことがありましたが、フラッデルに乗ったまま戦うなど正直半信半疑でした」
年若い騎士が申し訳なさそうに頭を掻きながら笑った。
「フラッデルを使って戦うと聞いて、乗ったまま敵に突っ込んで行って一太刀浴びせるだけかと思っていたのです。でも、実際はあんなにも華麗にフラッデルで空を舞えるなんて、感動しましたっ!!」
「……そう、ですか。……良かったです」
目を輝かせながら饒舌に語る青年の圧に、イリスはたじろいで一歩後退る。
イリスのフラッデルを使っての戦闘を目の当たりにした者は一様に、眼の前の青年のようにイリスのことを崇め奉るが如く尊敬の念を込めた視線で見てくるのだ。
(うーん……本当にエダルシアの再来ね……)
一日中オートレア王国の騎士達と手合わせを行っていたイリスだが、彼が今日の最後の一人だった。騎士もそれが分かっているだけに、時間はあるはずだからと語り尽くせないとばかりにイリスに詰め寄る。
「……あ、コンラッド隊長」
圧に押されどうしようかとイリスが困って視線を彷徨わせていると、こちらに向かってくるオートレア王国騎士団の隊長であるコンラッドの姿が見えた。
コンラッドは先発隊として初日にやって来て、シシリス草の採取の際マルグリットを馬に相乗りさせて一緒についてきてくれた人物でもあった。
上官に気付き、イリスに詰め寄っていた騎士もビシッと姿勢を正し敬礼をした。
「イリス殿、明後日の帰還の打ち合わせをしたいのだが」
「大丈夫です。ちょうど彼との手合わせが終わったところですので」
イリスがそう告げると、まだ話し足りないようで名残惜しそうにしながらも、騎士は「失礼します」と頭を下げこの場を辞していった。
おそらくコンラッドはこちらの様子を覗っていて、終わる頃を見計らってやって来たのだろう。
「医師による全員の診察も終わったそうだ。皆体調に問題はなく、最初にワクチンを投与した者達は明日無事隔離が解除になるそうだ」
「それは良かったです」
今回は予定外のことで大いに時間を取られてしまったので、明日からまた行動できると聞いてイリスもほっと胸を撫で下ろした。
しかし今回この件に巻き込まれたことは、決して悪いことばかりでもなかった。
この一件で、初期対応や薬草の採取などこちらとしてはオートレア王国に完全に恩を売った形だ。有事の際にはウィレンツィア王国へ協力して欲しいという嘆願も、すんなり通るかもしれない。
またイリス達がオートレア王国に来た目的は、医療大国の医療技術でイリスの記憶を戻すことにある。宛もなく医師を探すより、その道に精通した医師を紹介してもらうことも可能だろう。
「今回の件は国としても非常に重くみている。過去のニザルベリナリアへの感染例が数百年前だとて、今後はいつ如何なる時でも対処できるように対策を取るそうだ」
「そうですか。……それは安心ですね」
それこそ感染を確定させてからのマルグリット、ひいてはオートレア王国の対応は迅速且つ的確であったと思うのだが、それでも不足だということらしい。
(流石、医療大国オートレアね)
うんうんと頷き感心していると、コンラッドが不意に眉を寄せ顔を顰めた。何か自分が不快な言動をしたかと、イリスは急いで姿勢を正してコンラッドに向き直った。
「あぁ、いや、違うのだ。イリス殿に問題があるわけではなく」
姿勢を正したイリスを見て何か勘違いさせたと気付いたコンラッドが、慌てて否定を口にした。
「少し……明後日の帰還について困ったことになってね」
「何か問題ですか?」
「問題……というか」
妙に歯切れの悪い物言いに、言い難いことなのだと察する。
「私達に言いにくい事なのであれば、別に問い質したりしないので言わなくても構いませんよ。勿論、伝えるべきことならどんなことでも仰っていただいて構いませんが……」
「いや、寧ろイリス殿達には話を聴いてもらった上で、同行を願いたいのだ」
「?」
要領を得ない話に、イリスは首を傾げる。そんなイリスを見て、コンラッドは深く息を吐いてから困ったように笑った。
「実は明後日、近くの町まで国王陛下がいらっしゃるそうなのだ。第一陣の帰還者達に、一刻も早く話を聴いて現状を把握したいと……」
「えっ!?……国王陛下自ら?」
「はい、国王陛下自ら」
「……国王陛下自ら……」
それはコンラッドが頭を抱えるのも無理もなかった。
今回の一件は確かに想定外の事態だっただろう。現状を正確に把握することは急務であり必須であるが、しかし相手はウイルスである。国王陛下自らが最前線の手前までやってきて万が一にも罹患してしまっては、大問題どころではない。
御年六十代の陛下には三十代の王太子が二人もいるため、国として安泰ではある。言い方は悪いが未来ある若者を現場にこさせるよりは、老齢の陛下自らが赴いた方がリスクは少ない。だが、それでも国王自らが赴かなければならない理由にはなり得なかった。
「何故そんな危険を冒してまで……」
他国の内情であっても黙っていることが出来ずにイリスが問えば、何故かコンラッドは更に眉を寄せ諦念の笑みを深めた。
「おそらく陛下は、寵妃と十日も会えないのが耐えられなかったんですよ」
「は?……えっ?」
驚きすぎて口から間の抜けた声が漏れた。
あまりに個人的な理由過ぎて、この話題は深く訊ねていいものか分からずイリスが困惑していると、遠くからこちらに向って駆けてくる人影を視界の端に捉えた。
「イリスー!そろそろ終わりそうかー?」
リュカが大声で手を振ってこちらに向かって走ってきていた。
今日の午後リュカは訓練に参加せず、荷物の移動を手伝っていた。その作業が終わったら教えて欲しいとイリスが頼んでいたので、おそらく作業が終わったので呼びに来たのだろう。
「ああ、今終わったところだ」
駆け寄って来たリュカに向かってコンラッドが告げると、リュカはそれに対して軽く会釈をして応えた。
「では、失礼します」
「ああ、では」
コンラッドに挨拶をしてその場を辞し、リュカと連れ立って海岸沿いを歩いて向かう。
かつては栄えたのであろう港町も今は見る影もなく、廃墟すら風化して跡形もない。遮る物か何もないため、視線の先には常に目的地が見えていた。
その目的地の広い砂浜には、何かの塊が山のように積み重なっている。それは近付くにつれて、木箱を積み上げて出来た物であることが見て取れた。
「……結構多かったね」
「そうだな。これでもだいぶ消費したんだけどな」
そこに積み重なっている木箱は、船の積み荷だった。
風評被害で売れ残るよりは船員達の食事として消費した方がいいとの判断が下され、初日から積極的に消費してきた商品だ。
船員や王立医師団だけでなく、次々にイリスに会うためにやって来た騎士達も加わったので、後半は消費量もぐんとあがった。
しかしどんなに葉物野菜など傷みやすいものから消費していたとは言え、貿易のための積み荷なのだ。消費が積載量に追いつくことはなかった。
結局食べ切れずに腐ってしまった物からこの開けた場所に集めていたのだが、第一陣が明後日にはここを去るので今日燃やして処分しようという話になったのだった。
(すごい匂い……)
鼻の奥を痛烈に刺激する腐敗臭に顔を顰める。
寒期に向かう時期なのでそれほど腐敗は進んでいないが、近付くにつれて匂いが酷くなってきていた。
だが、ここまで来て怯んではいられない。あの積み上げられた木箱の中にはソルやルナが育てていた果実もあったのだ。
ソルとルナが直接関わったものではないかもしれないが、もしも、と思うと燃やして処分するのは忍びなかった。せめて燃やすところを見守ることで弔うような気持ちだった。
「野菜や果物は水分が多いからな。燃やしても直ぐに火がつかないだろうって、さっき火入れをしてから呼びに行ったんだ」
うず高く積まれた木箱の山を、少し離れた安全な場所から見守る。徐々に火か回ってきているようで、少しずつ炎の揺らめきが大きくなり煙が上がると、腐敗した野菜などが焼ける何とも不快な匂いが漂ってきた。
その独特の異臭は、先程よりずっとイリスに嫌悪感を抱かせていた。
「っ!」
その時大きく炎が上がり、炎の中で何かが爆ぜるような音が辺りに響く。
「おおっ!炎が大きいと迫力がすごいな」
瞬く間に積み上げられた木箱を丸っとすべて飲み込んで、炎は勢いを増し更に爆ぜる。
何かが爆ぜた拍子に燃えて脆くなった木箱が音を立てて崩れ、崩れた瞬間炎がぶわりと大きく広がった。
積み荷全体に燃え広がった炎は空高く昇り、ゆうにイリスの三倍の高さはあるだろかというくらい燃え盛っている。その炎の中で、崩れた木箱の残骸が歪に折り重なっていた。
(炎の中……。この、匂い……あそこに……)
眼の前では、最早原型をとどめていない木箱だった物が箱の中身と共に激しく燃えている。
(そう………。あれは木箱の、残骸。あれは決して、あんな物じゃな――)
その時、まるでノイズのように何かがイリスの脳内を掠めた。
靄がかかり、はっきりしない光景。でも目を凝らせばきっと見えてくるはずだ。イリスはそれを以前に見ていたのだから。
だから分かる。炎の中にあるのはおそらく……。
「駄目!やめてっ!!」
「?イリス、どうした!」
頭の中の光景を振り払おうと、頭を両手で押さえ激しく首を振る。
だが次の瞬間、イリスは急にその動きを止めた。
頭を押さえていた手が地面に向ってパタリと落ちる。その動きと連動するように、イリスの身体もゆっくりと傾げその場にバタリと倒れ込んだ。
「っ!イリス?どうした!イリスっ!!」
遥か遠くでリュカの声を聴きながら、イリスの意識はそこで完全に途切れたのだった。




