閑話 思わぬ団結力
今回のお話は、イリス達一行がエダルシア王国を去った後のエダルシア王国騎士団のお話です。
「あ~あ。なんか、あっという間だったよな~」
ここエダルシア王国の王城内にある騎士棟の食堂では、一日の勤務を終えてこれから食事をとる者、これから夜勤に向かうために腹ごしらえをする者などそれぞれが食事を目の前にしているのだが、皆一様に身が入らずどこか気の抜けた思いで溜息を吐いていた。
「十日なんて短いよ!陛下も、もっと頑張って滞在の延長を押してくれても良かったのに!」
「そうもいかないだろうさ。あちらさんも何らかの用事があって本来はここを通り抜けたかっただけなんだから」
「えっ?そうなの?」
「ええ?寧ろお前知らなかったの?」
「いや、俺も知らなかった。ただただサンスタシアから何らかの用事で派遣されてきたのかと」
「あ~あ。もっと一緒に訓練したかったなぁ」
気の抜けた様子で目の前のサラダをフォークでつつきながら、一人の騎士が再び溜息を吐いた。
サンスタシア帝国から騎士の一行がこのエダルシアにやって来たと聞いた時は、最初敵襲かと慌てたものだ。だが蓋を開けてみれば敵どころかとても友好的で、御前試合を経てその一行とは合同訓練を行うことになったのだ。
しかも今まで見たこともないフラッデルを使っての戦闘というものは学ぶことばかりで、合同訓練の十日間など気付けばあっという間に過ぎ去っていた。
だが一行は何らかの用事でエダルシア王国に立ち寄っただけだったようで、ガルーラ国王が提示した十日間という合同訓練の期間が終わるとすぐに、今日の朝この王都を旅立っていった。
結局下っ端になればなるほど大した情報は回ってこない。下の者には最終的に決定した事項のみが伝えられるのが常で、例に漏れず今回も、一行は今日出立するのだということだけが知らされていた。
「でもさ、すごい貴重な経験させてもらったよなぁ。その点は無理矢理合同訓練を取り付けてくれた陛下に感謝!」
「だな」
「俺初めて女の子相手に負けたわ」
「いや、あれは普通の女の子の域じゃねぇだろ」
「そうだな、最早神々しい」
「すごいよな、フラッデルに乗ってるから凄いのかと思ったけど、普通に手合わせしても強いって凄いよな」
「はぁ、イリスちゃん……」
食堂に集まっている面々は誰かが始めたこの話題に皆が耳を傾け、時には口を挟んで盛り上がっている。
今日に限らず、ここ数日の話題は専らサンスタシア帝国からの一行の話、主にはイリスの話で持ち切りだった。
「あんなに強いのに傲慢じゃない上に謙虚っていうか、女の子らしいっていうか、そのギャップにやられるよなぁ」
「それな。しかもすごく丁寧で親切で優しく教えてくれんだよね。めっちゃ分かりやすい」
「そうそう、俺この前イリスちゃんの休暇の時たまたま警邏で王都内を巡視してたんだけどさ、転んだ子供を見てさっと駆け付けて抱き起してあげてたんだよなぁ」
「あ、俺も警邏中に、重そうな荷物持ってるおばあちゃんを助けてあげてるとこ見た」
「いや、それに気付いてたならお前がおばあちゃん助けてやれよ」
「気付いた時にはイリスちゃんが駆け寄ってたんだよ!」
「すごいよなぁ、気遣いが出来る女子」
「声も可愛いんだよな」
「そうそう、あの声で話しかけられるとドキッとしちゃうよな」
「俺なんて『エドワードさん』って名前で呼んでもらったことあるぜ!」
「いや、お前だけじゃねぇよ!俺のことも名前で呼んでくれたし!」
「それを言うなら俺だって!!」
「俺なんて手合わせの時、剣先が腕を掠めたのをすごく申し訳なく思われて、大した血も出てないのにハンカチを差し出してくれたんだよね」
「「「なにぃ!!」」」
イリス談議で盛り上がっていた和やかな食堂が一気に不穏な空気に包まれる。
あまりの周囲の剣幕に押されて、自慢した騎士が慌てて釈明した。
「勿論断ったよ!騎士に怪我なんてつきものだし、それこそちょっと掠ったくらいの切り傷だったし!」
「……そうか。断るというのも失礼な気もしなくもないが、俺らの心情的には許そう」
「しっかし、優しいよなぁ」
「騎士訓練場に舞い降りた天使みたいだった」
「的を射てる!フラッデルを乗りこなす姿はまさに翼が生えているみたいだもんな」
皆が食堂の虚空を見つめて天使の造形、もといフラッデルを華麗に乗りこなすイリスを思い浮かべそうになったところで、誰かがまた話を戻した。
「それにしてもさ、すごいよなぁ。一回しか会って名乗っていないのに、名前を覚えてあの笑顔で呼んでくれるんだもんなぁ」
「……まさに天使」
「俺達の天使」
「いや、少なくとも『俺達の』じゃなくない?サンスタシアの?」
「いや、待て。考えたくはないが、一緒に旅をしていたあの中の誰かのものかもしれないぞ?」
「「「~~~っ!!!」」」
誰かが可能性の話をすると、そこかしこで声にならない呻き声が上がった。
「うぅぅ、やめろよぉ。俺達の妄想を現実に引き戻さないでくれぇ」
「でもあの中の誰かと付き合ってるってことは、あるかもな~」
「えぇ?任務で恋人同士を派遣する?サンスタシア帝国が?」
「恋人同士って知らなかったらするんじゃね?」
「でもさ、イリスちゃんと後二人はサンスタシアの騎士で、もう一人のおっさんも騎士だって言ってたけど、おっさんはサンスタシアの騎士じゃないってこと?じゃあ何処の国の騎士なの?しかもさ、騎士訓練生と訓練してた奴は何者?」
「さぁ?おっさんは怪我で退役でもしたのかも?……いや、めっちゃ元気に動いてたな」
「訓練生はおっさんの息子とか?」
「……」
「ははっ、俺達何にも知らねぇな」
わははっと一斉に笑い声が食堂に沸き起こる。
「まぁ、別に他は誰でもいいんじゃねえ?イリスちゃんは可愛い。はい、それで十分」
「そうだな」
「そうだよ」
食堂にいる皆が一様にがウンウンと頷いていた。
「イリスちゃん、また来てくれるかな~」
「サンスタシアからエダルシアに来る用事ってあんまりないんじゃないか?」
「今までも他国の賓客が来るのはめずらしいからなぁ」
「平和条約の関係で、あんまり偏った国とばっかり関わりを持つわけにもいかないからな。外交自体があんまりないしな」
「うわっ、なんか難しい事言ってる!」
「難しくないわ!お前、建国記も読んだことねーの?」
「流石にこの大陸の子供なら誰でも読んだことあるわ!絵本にもなってるし誰でも最初に知る物語だろっ!」
「イリスちゃん来ないのか~」
「陛下にさ、またサンスタシアとの合同訓練を進言すればいいんじゃね」
「それいい!そうしようぜ!」
「馬鹿かお前。今のこの情勢で敢えて連絡とってそんなことしたらドルシグがどう出るか……」
「ああ……そっかぁ。いい案だと思ったのに」
「逆にこの情勢だ。何かがあったら共同戦線になるかもな」
「そうだな。考えたくはないけど、それはあるかも」
「戦争になんてなってほしくないけどさ、でももしそうなったら、俺自分から志願してイリスちゃんと平和を守るために一緒に戦いたい!」
「俺は寧ろイリスちゃんを守る盾になりたい」
「あ、抜け駆けなんて狡いぞ!それが許されるなら俺だってイリスちゃんを守りたいに決まってんだろ!」
「まぁ、俺達が守る前にサンスタシアの騎士が守るだろうし……本人の方が俺達より強いからな」
「……俺達って無力だな」
「……」
盛り上がっていた食堂が一気にしぃんと静まり返る。
「でもさ、直接は守れないかもしれないけど、俺達が一人でも多くの敵を倒すとか、何かそういう些細な事であってもイリスちゃんの助けにはなるんじゃないかな」
「……そうだな、俺達には俺達にしかできないこともあるかもしれないし、やれるだけの事をして微力でも助けになればいいよな」
「俺、何かあったらイリスちゃんの力になりたい」
「俺も!」
「俺も!!」
俺も、自分も、と次々あがる声はやがて「うぉぉぉぉぉっ」という大きな雄たけびへと変わり、大きなうねりとなって食堂を揺らす。
「俺達の天使の為に!」
「「「おおーっ!!!」」」
「これは一体何の騒ぎなんだ?」
「……さぁ?」
明日の予定変更を伝えようと騎士団の副団長を伴って食堂にやって来たオリバーは、食堂内にいる全ての騎士が立ち上がって天井に向かって拳を突き上げ、雄たけびをあげ続けているのを見て眉を顰めた。
食堂内は異様な一体感に包まれており、訝しげなオリバーの隣で副団長はかなり困惑気味だ。
だがそんな団長と副団長の姿が全く目に入っていない騎士団の面々は、己の拳を天に突き上げ力の限り雄たけびをあげ続けるのだった。
これにて第七章の閑話も終了です。
今回のお話が今までで一番早く書き上がりました。書いていてとても楽しかったです(* ´艸`)
次から第八章に入ります。よろしくお願いします。




