閑話 密命と代償 3
今回のお話でオリバー視点のお話は終わりになります。
内容に人が死ぬ表現が含まれますので、不快な方はご遠慮ください。
逃げ惑う人々を避けて何とか王都に辿り着くと、王都内はそれ以上に混乱していた。
大通りは王都から離れようと郊外へ逃げる人々で混雑しており、あちらこちらで悲鳴や怒号、子供の泣き叫ぶ声などが響いている。だが誰も他人に構う余裕など無く、一刻でも早く炎に包まれる王城から逃れようと王都の外に向かって一心不乱に駆け抜けていた。
私達はそんな人混みを避けるように、路地裏を使いながら王城を目指した。
部下の話によれば、王城での不穏な動きを察知した斥候が王城の外から様子を探っているうちに、連絡が途切れたのだという。
逃げ惑う人々とは逆走になるのでなかなか思うように進めなかったが、私達はそれでも何とか城門脇まで辿り着くことが出来た。
『ジェームズとロバートはここで待機。何かあったら無線で連絡をするんだ。イーサンとセオドアは私と一緒に来い!』
『『『はっ!』』』
馬をその場に残る部下に任せ、私は他の部下を連れて慎重に城門を潜った。
そこはもう、何と表現していいか分からない状態だった。
自分がどれほど平和ボケした生ぬるい世界で生きてきたのかを、まざまざと見せつけられるようだった。
城門には門番だっただろう青年の死体が無残に転がっており、先に進むと更に地獄絵図が広がっていた。
襲撃犯が王城内へ侵入するのを何とか阻止しようとしたのだろう。王城前に繋がる道のそこかしこにウィレンツィア王国の騎士服を纏った者達の死体が転がっていた。切り刻まれている者、一突きにされた者、倒れている者は一人としてピクリとも動かず、もうすでに息絶えているようだった。
血の匂いと何かが焼ける匂いで吐き出しそうになるのを必死にこらえ、王城前に広がる庭園の中に身を潜めながら城まで近付く。
すでに城外は制圧し終え城内に攻め入っているためか、城外に襲撃犯の姿は見えなかった。だが、だからと言って油断はできない。部下にも警戒を怠らないよう小声で指示を出しながら慎重に歩を進めた。
連絡が途切れる前まで、斥候は城外の東側に身を潜めていたとのことだったので、その情報を頼りに庭園の生垣に添って身を低くしながら進んでいく。
すると、ふと目の前の城の壁の下部が一瞬動いたような気がした。
『……』
後ろに控える部下達に、移動を止め声を潜めるよう手で合図を送りながら知らせる。無言で頷いた部下達は、黙って指示に従った。
息を殺して、前方の動いた辺りの壁を見守る。木の陰になってよく見えないが、壁の一部が再び不自然に動いた。
それを確認し、私は静かに腰に佩いている剣の柄に手を伸ばした。何時でも抜けるようにしながら油断なく状況を窺う。
『!!』
すると動いた壁の下部が外れ、人一人がやっと通れるぐらいの穴がぽっかりと開いたのだ。
しかも次の瞬間、そこから不意に人の頭が出て来た。その頭は辺りをきょろきょろと見回し周囲の安全を確認すると、穴の中から這い出してきたのだ。
それはお仕着せを来た女のようだった。おそらく城内で働いている女なのだろう。
(城の内部から通じている抜け道か)
だが必死に城内から逃げてきたであろうに、這い出してきた女は直ぐに逃げる様子は見られなかった。
女はもう一度周囲を確認すると、今自分が出て来た穴の中に手を差し入れる。そしてその手をグイっと引っ張ると、その穴の中から女の手に引かれて子供が這い出して来たのだ。
子供の方は頭からシーツのような布を被っていたので、その髪の色や顔などは見えなかった。だが背が低く女の胸辺りまでしかなかったので、子供なのは間違いないだろう。
女の方は格好からして明らかに城で働く者のようだ。しかし城で働く者だからと言って、こんな抜け道を知っているとは到底思えない。
であるならば、後から出て来た子供の方が抜け道を知っていたということになる。城の抜け道を知っている人物など限られる。
おそらく後から出てきた子供は、ウィレンツィア王国の王子か王女なのだろうと容易に想像することができた。
(現国王の子供は双子の王子と王女だったはずだ。もう一人はどうした!)
半ば祈るような気持ちで先程二人が出てきた壁の穴を見つめる。しかし続く者は現れない。その現実が私の心をひどく抉った。
(……戦争は女子供にも容赦がないのか!)
そうと決まったわけではないが、最悪の状況が頭の中に浮かぶ。
ならばせめてこの二人だけでも助かって欲しいと動向を見守っていると、出てきたすぐ先が城を守る城壁になっており、女は城壁の下の方にしゃがみ込んでしきりに何かをやっていた。
(おそらくあそこにも何かの仕掛けがあって、外に出られるようになっているんだろう)
私は周囲を見回し、上空にも視線を向ける。幸いと言うべきかやはり城外の制圧は終わっているようで、城内ではしきりに怒号や悲鳴、剣戟の音などが響いているが、外に襲撃犯の姿は見えない。
(早く、誰かくる前に早く逃げてくれ!)
自身の使命も忘れそればかりを祈る。剣に伸ばしたまま握りしめた拳が汗でじっとりと濡れていた。
『っ!!』
思わず、声にならない悲鳴が零れた。
必死に城壁と格闘していた女が隠し扉を開けることに成功したまさにその時、後ろで女の様子を覗き込んでいた子供の方が急にその場に倒れ込んだのだ。
(どこだっ!)
子供が倒れた向きから予想し、矢などが飛んできた可能性を考えてその方向を見遣る。だが、それらしき狙撃手は見当たらない。
(なら、何が起こった!)
横に倒れる際、頭に被っていた布が外れ短い琥珀色をした髪の毛が覗いた。
髪色からしておそらくあれは、アリスティディス王子で間違いないだろう。
女も突然倒れた王子に対して声にならない悲鳴を上げながら必死にその身体を抱えている。だが、ここからでは何が起こったのか状況がよく分からなかった。
自分でも無意識に駆け寄ろうとしたその時、後ろに控える部下が私を呼ぶ声で現実に引き戻された。
『オリバー隊長!あれではないですかっ!!』
部下の声に視線を向ければ、城の壁沿いを身を低くして歩いてくる人影を見つけた。
その男は斥候に出した部下に間違いなく、その両肩に同じ任務に就いていた部下を二人抱えている。どうやら担がれている二人は負傷しているようだ。
(王子も助けてやりたいところだが、……だがっ!)
ままならない状況に、唇を噛む。
本来であれば、部下を助けることがもちろん最優先だ。担いで運ばれている部下達は自力では歩けないほどの怪我を負っているようだし、怪我の程度も分からないので直ぐに救出しここを離れ、安全な場所で治療しなければならないだろう。
だが目の前に、同じく倒れて動けない王子がいる。襲撃犯がまだ外にいない今なら助けてやることが出来るかもしれない。
しかし襲撃犯はおそらくドルシグ帝国、もっと言えば己の兄達をも殺して帝位に就くような残忍で狡猾なエルヴィンだ。何の目的でエルヴィンがウィレンツィア王国を襲ったのかは分からないが、王子をみすみす逃すとは思えない。王子がいないと分かれば必ず追手がかかるだろう。
そうなると王子を助けたがために、部下の身も危険に晒してしまうことになりかねない。
(……だがっ!!)
城壁のところで未だ王子を抱え蹲る女を見遣る。それならば誰があれを助けるというのか――。
『隊長っ!!』
背中に焦れた部下の声がかかる。いつ襲撃犯が我々に気付くとも限らず、このままでは危険だった。
『……救出対象者を特定。保護し次第、直ちにここを脱出する。敵への警戒を怠るな』
『『了解』』
私の指示を受けて、部下たちが周囲を注意深く確認しながら救助に向かって動き出す。
私も行動に移る最後のその瞬間、もう一度振り返って女を見た。だがその時にはもうすでに、城壁の隠し扉の向こうへ逃げたのか女の姿はそこには無かった。
(王子はどうなった?怪我の具合は?このまま女の足で何処へ逃げるというのか?)
思う事は沢山あった。だが、私には目の前の使命があった。
結局はそう自分に言い聞かせて、無理矢理自分を納得させた。
そうして私は、惑う心に蓋をしたのだ。
エダルシア王国に戻ってから、私はその時の全てを陛下に包み隠さず報告した。
私の中であの時のことは、後悔しかなかった。助けられる命がそこに二つもあったのに、助けることが叶わなかったことがずっと心の中で引っかかっていた。
騎士だとて全ての人を助けられるわけではない。助けられなかったというのは、自分の独りよがりで傲慢な物言いなのかもしれない。
だがそれでも、あの時あの二人を自分が見殺しにしたという思いがいつまでも消えなかった。
報告を聞き終えた陛下は執務机から立ち上がると、真っ直ぐに私の前まで歩いていらっしゃった。
『!』
陛下はただ黙って、私を抱きしめて下さった。背中に回された腕が力強く、でもどこか温かかった。
そのまま私は陛下の胸をお借りして、ただただ涙を流し続けた。
私を抱きしめる陛下は何も言わない。けれど、私の懺悔を陛下が一緒に背負ってくれているような気がして、陛下の懐の広さにただ甘えながら私は泣き続けたのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
「良かったのぅ、オリバー」
八年前のあの日と同じ状況だが、胸を締め付ける想いはあの時とは全く違っていた。
「生きて、いた、んです、ね」
流れる涙で上手く言葉が出てこない。だが、陛下にはそれでも伝わったようだった。
「ああ。それも立派に育ったもんじゃ。サンスタシアの若造もなかなか見どころがあるかもしれん」
揶揄うようにそう言って陛下が笑う。釣られた私も涙を流しながらも口角が上がった。
そんな私に安心したように一つ頷くと、陛下は抱きしめて下さっていた腕を離して人一人分の距離を開けると、真剣な眼差しを向けてきた。その表情に、私も服の袖で涙を拭うと居住まいを正す。
「オリバー、現在のドルシグ帝国の不穏な状況は理解しておるな」
「はっ」
「……今度こそ助けてやれ」
「!!」
陛下の言葉に目を見開く。
驚いた私の顔がよほどお気に召したのか、陛下は先程までの真剣な表情を崩してニヤリと嗤った。
「同じ轍は踏まん。今度こそ何かあればドルシグを叩く。お前にはその際の指揮官を任せる。……今度こそ、あの子を助けてやれ」
「っ!承知いたしましたっ!不詳オリバー、この命に代えても必ずや成し遂げてみせます!」
陛下の心遣いが嬉しく騎士の礼を取れば、下げた頭を拳骨で軽く叩かれた。
何事かと思って見上げれば、陛下が愉しそうに笑っておられた。
「命を掛けるのは止めておけ。あの子はきっと喜ばん」
「!」
陛下と顔を見合わせて、笑い合う。きっと、あの少女ならばそう思うことだろう。
悲しい思いはもう、二度とさせたくなかった。
城内の窓から、王城を出ていく一行の姿を見つめる。
陛下からは見送りに行ってきても良いと言われたのだが、その申し出は固辞した。主が忙しいのにそれを放って出掛ける側近はいない。
だが必要な資料を取りに行った帰り、ちょうど王城の正門が見える窓から去り行く一行の姿が見えて思わず足を止めてしまったのだ。
わざわざこの時間にお使いに出されたことを鑑みるに、どうやらこれは陛下のお心遣いなのだろう。
去り行く後ろ姿を眺めながら、十日間という短い滞在期間にも関わらず騎士団内を笑顔と和やかな空気で包んでいった少女の事を想った。
(イリス殿に今後運命が重く圧し掛かるというのならば、その時は今度こそ全力でその助けとなることを誓おう)
離れ行く一行の姿から視線を外し、踵を返して再び歩き始める。
無意識に書類を持つ手にぐっと力が入る。私は気を引き締め直すと、陛下の待つ執務室へと急いだのだった。




