閑話 密命と代償 2
臨時の国際会議が開催される数日前にサンスタシア帝国入りを果たした私は、陛下の護衛を数十名の部下に任せて、今回の密命を知る部下三名と共に別行動を開始していた。
国際会議は毎回ウィレンツィア王国で開催されるのだが、それは千年前の世界大戦を経て「世界の力」が封印された国であり、平和の象徴たる場所だからである。
平和の象徴というのはただの飾り文句でも何でもなく、真実ウィレンツィア王国という国は国として発展することを望まず、牧歌的に自然を愛し暮らす国なのである。国民も皆そんな国を愛し、敬っている。
およそ三十年に一度開催される国際会議とは異なり、今回は臨時開催の国際会議となる。
普段の国際会議であれば会議の数日前から各国の要人がウィレンツィア王国に滞在し晩餐会なども開催されるのだが、今回は臨時の国際会議のためそのようなことは行われない。
臨時の国際会議は何か早急に検討すべきことがあった場合に開催される会議で、最初から議題が決まっており、もっと言えば結論も決まっていることが多い。そのため馬車で駆けつけられる距離にあるドルシグ帝国は会議当日に、エダルシア王国とオートレア王国はサンスタシア帝国に滞在させてもらいそこから会議当日にウィレンツィア王国入りすることが多かった。
今回の会議では近年移動手段として一躍脚光を浴びるようになったフラッデルについての話がなされる予定だ。
現在の平和条約では国家間をまたぐ移動は馬車か馬、徒歩に限られているのだが、フラッデルも是とするか否とするかというものだ。無論、是として法案が通るだろう。
この大陸は千年前に世界大戦が起きて一度滅んでからは、子々孫々に至るまでその教訓をよく心に刻み込んでいる。
生まれた子にはまず親から寝物語として世界大戦の話、そして一度滅んだ人類が再び立ち上がる話が語って聞かせられる。そして大きくなって学校に通うようになると、建国記として詳しい史実を授業で学ぶようになる。いかに戦争が愚かで、悲惨で、何も生まないのだという事実を幼い頃から繰り返し刷り込まれるのだ。
これだけ聞くと洗脳のようだが、これは戦争を繰り返さないための教訓なのだ。戦争は百害あって一利ない。誰だって戦争などしたくはないし、しない方がいいのだ。
しかし千年前の世界大戦後に締結された平和条約はどうしても時代の流れにそぐわない部分も出てきてしまう。それをその時代に合わせながら均衡を崩さないように改定していくのが臨時の国際会議の役割である。
そして今回、この臨時の国際会議にドルシグ帝国からは第三皇子のエルヴィンが出席することが伝えられていた。
なぜエルヴィンが出席するのかと言えば、現皇帝である第一皇子が急遽来られなくなったため、とのことだった。
(第三皇子エルヴィン……)
エルヴィンは前回の国際会議の際も、現皇帝に付き従ってウィレンツィア王国へ来ていたはずだ。
現皇帝が側近として連れてきた他の皇子達とは異なりあまり目立たない印象ではあったが、その裏で何を考えているのか底知れないものを感じたのでよく覚えている。
そのエルヴィンは「初めての国際会議なので遅れずに参加し役目を果たしたい」とのことで、国際会議が行われる前日である、今日からウィレンツィア王国入りしていた。
ウィレンツィア王国の王都の近くで野営をしており、当日直ぐに向かえるようにするのだという。
(王都までは目と鼻の先……。本当に何かが起きそうだな)
私は嫌な想像を掻き消すように首を振ると、夜も更けたウィレンツィア王国の領土内を王都に向かって馬で駆け抜けていた。
陛下から命を受けた間諜の救出作戦は、数時間前に無事成功していた。
今回の国際会議のためにエルヴィンが大量の兵士と共に外遊に出たことで、思っていたよりもドルシグ帝国内の警備が手薄だったのが功を奏したのだ。
それでも追っ手に気付かれ何度か戦闘になったりもしたが、なんとか無事に間諜を逃がすことが出来た。
だが私はすぐに陛下の下に戻らねばならず救出した間諜は部下二名に任せ、私は部下を一名だけ連れて闇の中、馬を急がせていた。
(……?)
王都が視界の先に見えてくるにつれて、さっきから微かに漂っていたきな臭い匂いが強くなってきた。何処かで火事でもあったのかと周辺を見渡すも、それらしい火の手はあがっていない。
(気のせいか?)
気を取り直してひたすら馬を走らせる。ドルシグ帝国の者が何かを仕掛けてくるような予感がして気が急いていた。
――カアァァン!カアァァン!!
『何だっ!』
『オリバー隊長、城の方からです!』
警鐘の音が静寂の闇夜の中に響き渡る。その後には人々の泣き叫ぶ声、喚く声などと共に剣を交える金属音が風に乗って微かに聞こえてきた。
空を見上げると、王城から煙が上がっている。それは瞬く間に燃え盛る炎となって、王城の後方から火の手が上がった。
『ウィレンツィア王国に攻め入っているのか?まさかっ!』
動揺する部下を手で制し、声を潜めるよう指示を出す。
王都内はすでに大混乱なようで、悲鳴を上げながら王都から逃れてくる人々の姿が見えた。
(エルヴィンは世界を相手に戦争を始めるつもりなのか?)
これはきっとドルシグ帝国の仕業だろう。
まだ可能性として、ウィレンツィア王国側に原因があり大きな火事が起こっただけという事故の可能性も捨てきれないが、風に乗って流れてくる微かな剣戟の音から察するにその可能性は限りなく低いだろう。
元より不穏な動きがあったドルシグ帝国だ。何かを仕掛けてくるとは思っていたが、まさか大胆にも国際会議のために各国の要人が近隣に集まっているこの状況でウィレンツィア王国に攻め入ってくるなど思ってもみなかった。
だがこうなってしまった今、ウィレンツィア王国には大した軍事力はない。ドルシグ帝国の戦力がどのくらいかはまだ分からないが、おそらくウィレンツィア王国軍だけでドルシグ帝国の相手をすることは出来ないだろう。
しかし各国の要人とて護衛騎士を連れてきているが、ドルシグ帝国相手に戦える程の一個中隊が揃っているわけではない。
(先ずは一番近いサンスタシア帝国から出撃してもらい、エダルシア王国にも無線で連絡を入れて……)
どう応戦するかを考え始めた思考を、頭を振って切り替える。
(今はそんなことを考えている場合じゃない。一刻も早く陛下の下に戻り御身を護ることが最優先だ!)
陛下は今日サンスタシア帝国入りしており、そこから明日ウィレンツィア王国に向かう予定になっている。そのため今ここにはいないはずだ。
『サンスタシア帝国に向かうぞ!』
『はっ!』
手綱を引き方向を変え、サンスタシア帝国に向けて馬を走らせる。するとその時、サンスタシア帝国に続くドナの森を抜けてこちらに駆けてくる数頭の馬を見付けて息を呑んだ。
(まさか、陛下がウィレンツィア王国内に居るのか?)
必死の形相で馬を走らせ近付いてくるのは見慣れた部下だった。
サンスタシア帝国方面から馬で駆けて来て今まさに渦中のウィレンツィア王国へ向かおうとしている姿に最悪の想像が浮かぶ。陛下は普段から破天荒な行動が多いだけに、そんな行動をしていたとて不思議ではないのだ。
あちらも私達に気付いたようで、駆け寄ってくると手綱を引いて馬を止めた。
『オリバー隊長っ!』
『どうした、何があった』
逸る気持ちを抑えて、極めて冷静を装って声を掛ける。部下は馬共々荒い息を吐き出しながら、こちらが知りたい情報を手短に述べた。
『ドルシグ帝国がウィレンツィア王国の王城内に攻め入りました!ウィレンツィア王国軍も応戦しているようですが、劣勢のようです。連絡を取っていた斥候と先程から連絡が取れなくなり、今から救出に向かうところです』
こちらとしても、ドルシグ帝国が何かを仕掛けてくるのが分かっていて何もせずにいたわけではない。ウィレンツィア王国内に斥候を送り込みドルシグ帝国の動向を探らせ、陛下の護衛騎士とは別の部隊をウィレンツィア王国領土内に配置して有事の際には直ぐに動けるようにしていた。
だがその斥候と連絡がとれなくなり、この者達は別部隊の野営基地から急ぎやって来たのだ。
『陛下はっ?』
『予定通り、サンスタシア帝国のロードベルク城にいらっしゃいます。ご無事です。斥候の救出の命を受けております』
先ずは陛下の御身が安全な場所にあるということに安堵しながらも、混乱の渦中であろうウィレンツィア王国の王都を振り返った。
真っ暗な闇夜を煌々と照らすように王城の後方で大きな火柱が上がっている。王都から逃れてくる人々は一様にサンスタシア帝国に助けを求めるべくこちらに向かって走ってきており、もうすぐそこまで迫っていた。この混乱に巻き込まれれば、身動きが取れなくなるだろう。
『私も一緒に向かおう!現状の把握は二の次だ。先ずは斥候の救助を最優先する』
『『『はっ!』』』
私は短く息を吐き出すと、先頭に立って馬を走らせ始めた。




