王都散策
「やっと!やっとよ!今日はゆ~~っくり楽しみましょうね!」
スキップするかのように足取りも軽やかに歩き始めたエイミアは、後ろを歩くイリスを振り返った。
今日はやっと訪れたイリスの休日だ。そんな日をエイミアが逃すはずもなく、以前約束した通り自分と一緒に買い物に行こうと言い出したのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
あの御前試合の日から、十日が経っていた。
御前試合の翌日は覚悟して早朝訓練に臨んだイリスだったが、その時は騎士訓練場にそれ程多くの騎士が集まっていた訳ではなかった。
ほっと胸を撫で下ろしたイリスはリュカの早朝訓練をレオンとロイに任せて、自分はガルーラ国王から直接頼まれた手前、居合わせた騎士達から請われるままに手合わせをしたり、フラッデルを乗りこなす際のコツなどを答えるように努めた。
そんなこんなでその日の朝の訓練は終わり、この位であれば何とか……と思った矢先、朝食の際に事件は起こったのである。
早朝訓練が終わると伝令の騎士がやって来て、『国王陛下が皆で朝食を一緒にと仰せです』伝えに来た。
いくら客人とは言え、イリス達は国賓などではなく一介の騎士でしかない。本来なら騎士棟の食堂などでも十分である。だが国王自らの申し出をどうするかイリスが悩んでいると、その会話を後ろで聞いていたエイミアが間髪入れずに口を挟んだ。
『私は無理よ、絶対行かない!私みたいな一般人には畏れ多いっ!』
確かに一国の王と食事を共にするなど、エイミアでは荷が勝ちすぎているだろう。普段から護衛や報告でテオドール帝と話す機会の多かったイリスでさえ、他国の王との会食など本当なら遠慮したい案件だ。
『……そうですね。申し訳ないのですが、私達も服が訓練で汚れてしまいましたし、御前に上がれる姿ではありませんので辞退させていただけたらと思います』
良い言い訳が思いついたとばかりにイリスが断ると、伝令の騎士が明らかに慌て出した。ガルーラ国王から必ず連れてこいとでも言われているのだろう。
だが申し訳ないが、本当にこんな格好のまま一国の王と食事を共にすることなど出来ない。
『では、着替えをなさってからでも……』
騎士が食い下がるが、イリスはそれを良い笑顔で断った。
『……汗も流さないといけませんし、それではガルーラ国王陛下をお待たせしてしまいます』
こう言っておけば大丈夫だろう。客人がガルーラ国王を待たせるわけにもいかない。
それ以上返す言葉がなく伝令の騎士が困っていたが、イリスとしてもこれは譲ることができない。申し訳ない気持ちになりながらも、イリスは毅然とした態度を貫いた。
結局困った伝令の騎士はイリス達の言葉をそのままガルーラ国王に伝えたようだ。ガルーラ国王は不満そうであったらしいが最終的には納得してくれ、イリス達は騎士棟で食事をとることになった。
だが朝食後には今後の話があるので執務室に来るように言伝られた。イリス達としてもガルーラ国王から出航許可を得なければならないので、それには素直に応じることにする。
そんなわけで何とか騎士棟の食堂で他の騎士達と共に食事をとることになったのだが、食事をとり終えたその時、突然イリス達のテーブルに一人の騎士がやってきたのである。
『あのっ!自分、夜勤明けで勤務から上がったところなんですっ!……その、この後手合わせお願い出来ないでしょうかっ!』
食事が終わるのを見計らってイリス達のテーブルまでやってきた年若い(と言ってもレオンやロイと同じ位の年齢の)騎士が、イリスに直談判に来たのだ。
その瞬間は、熱心だなぁ位にしか思わなかったのだが、直後、それを見た他の騎士達が一斉にイリスを取り囲んだ。
『お前っ、ズルいぞ!……自分もお願いします!』
『抜け駆けしやがって!自分はこれから勤務なんで今からは無理ですが、夕方は何時まで訓練されるんですかっ!』
『お前はいいだろ!今朝いたんだろうが!!自分はまだ一回も手合わせ出来ていないので、お願いします!』
『自分もお願いします!早朝から訓練すると思わず間に合わなかったので!』
食堂は一気に喧々諤々とし、イリスそっちのけで取り囲む騎士達の間で我先に約束を取り付けようといがみ合いが始まってしまった。
何重もの人垣にテーブルは取り囲まれてしまい、テーブルに座す面々は身動きすら取れない。
どうやら騎士達は、早朝からイリスが訓練をすると思っていなかったようだ。
(だからそんなに人が多くなかったのか)
昨日の御前試合の感じだと相当な人数が早朝から集まるのではと懸念していたのだが、騎士達にとっては予想外の時間の訓練だったようだ。偶然居合わせた騎士だけがその幸運にあやかったのだ。
だが結局、そのせいで一回イリスとの訓練を逃したと多くの騎士達が殺気立っている。
どうやってこの事態を収めようかと困惑していた矢先、食堂に現れた人物の一声で場は一斉に静まり返った。
『お前達!何をしているっ!!』
テーブルに詰め寄りイリス達を今にも押し潰しそうな勢いだった騎士達は、その声に皆一様にピシッと姿勢を正して固まった。
静かになった食堂に、その人物がこちらに向かって歩いてくる足音だけが響く。
人垣が自然と割れて出来上がった道を、その人物は悠然と歩いてイリス達の座るテーブルの処までやって来た。
『朝から我が国の騎士共が迷惑を掛けたね』
『おはようございます、オリバー騎士団長』
身動きが取れるようになったイリスが椅子から立ち上がって一礼をすると、テーブルに座す他の面々もそれに習って立ち上がり一礼をする。それに一人出遅れたエイミアが、ガタガタと音を立てながら慌てて椅子から立ち上がると同じように頭を下げた。
オリバーは片手を挙げ、立ち上がった面々を制する。それを受けてイリス達は再び椅子に腰をかけた。
『いや、非礼を詫びねばならないのはこちらの方だ。朝から訓練に付き合ってもらったのにも関わらずこの騒動だ。休憩時に申し訳なかったね』
『いえ、確かに今朝から訓練を行うとは言っていませんでしたので。寧ろ、早朝から許可も得ず訓練場をお借りしてしまい申し訳ありませんでした』
イリスが謝罪を述べると、オリバーはゆっくりと首を横に振った。
『なに、構わんよ。こちらこそ騎士達に通達もしていなかったので混乱を招いてしまい申し訳なかった。……陛下からの伝言は聞いているだろうが、今後のことについて話を詰めたい。昼前に時間を貰いたいのだが、大丈夫だろうか?』
どうやらオリバーはこの後の予定を伝えてに来たようだ。否やは無く、頷きを返す。
『ありがとう。では時間になったら使いの者をやるから、それまでは客室で待っていてくれ』
『えー!!』
それは即ち食後の訓練がなくなったことを意味しており、騎士達はガクッと肩を落とし落胆の声をあげた。
そのあからさまな声を聴いたオリバーは今までの柔和な表情から一転、鋭い目つきになり周囲に居る騎士達をぐるりと見回した。
『そんなに訓練が好きだったとは知らなんだ。ならばこれから俺がみっちりしごいてやろう。イリス殿の今後についてはこれから詳細を決める。くれぐれも勝手な真似はしないように。以上だ!』
『『『はいぃっっっ!!』』』
地を這うような低音で凄まれ、直立不動のまま一斉に返事をした騎士達が雲の子を散らすように散会する。
それをイリスは苦笑して見送るしかなかった。
そうして結局、国王との話し合いを経てイリス達のエダルシア王国の滞在は十日間程となった。
ガルーラ国王としては少なくとも一か月くらいは滞在して騎士達の訓練に付き合って欲しかったようだが、同席したリュカとヴォルターが革命軍の事情を説明してくれ、レオンとロイがエダルシア王国最大の貿易商の会頭であるアレクからの紹介状があり、オートレア王国への定期船に乗せてもらう手筈になっていることを伝えてくれたため、次の定期船の出港日の前までの滞在で承諾してもらったのだ。
こちらとしても、定期船の航行日まではどうせエダルシア王国に滞在するのだから、その時間をエダルシア王国騎士団との合同訓練に使う事に否やはなかった。
だが合同訓練をするにあたって、騎士達の混乱を避けるために早朝訓練は中止すること、その代わりに午前と午後にじっくり時間を設けて訓練をすることが取り決められた。
イリス達がリュカの訓練を早朝に行うのは、日中は移動に費やすためその時間以外訓練に使えないからだ。そのため移動する必要ががない今の状況では早朝の時間の訓練にこだわる必要はなく、それもそのまま受け入れた。
その結果イリスはレオンとロイ、ヴォルターと共に、エダルシア王国騎士団との合同訓練に駆り出されることとなり、リュカはエダルシア王国騎士団の訓練生と共に一日中訓練漬けの日々を送ることになった。
そんな日々が連日続き、交代で一人ずつ休暇を取ろうということになり、六日目にリュカが、七日目にヴォルターが、八日目にロイが、九日目にレオンが休暇を取り、最後の最後、泣く泣く承諾してもらってイリスが十日目の今日、休暇を取ることになったのだ。
イリスとしては一日も無駄にしたくないというガルーラ国王と騎士達の熱意に絆され、十日くらい休暇がなくてもいいと思っていたのだが、休息も必要だというオリバーの一言でこの休暇が実現したという経緯がある。
普段自由奔放にガルーラ国王が周囲を振り回しオリバーがその尻拭いをしている分、オリバーに強く出られるとガルーラ国王は強く出られないようだ。
オリバーに叱られるガルーラ国王の姿に思わず笑ってしまったくらいだ。
だが休みになったからとて特にイリスにやることもない。先に休みを取ったヴォルターもロイもレオンも、休暇の日に結局騎士訓練場に顔を出すので普段と何ら変わらなかった。ちなみにリュカは休暇の日は一日中寝ていた。
イリスも皆と朝食を済ませこの後は騎士訓練場に顔を出そうと思っていたのだが、食事が終わった瞬間隣に座るエイミアに腕を掴まれたのだ。
『約束!忘れてないわよね?!』
掴まれた二の腕にグッと力を込められる。見ると、目が笑っていないのに物凄い良い笑顔でエイミアがイリスを見ていたのだ。
何のことだか分からないと言える雰囲気ではなく、イリスは頷くしかなかった。
そうして買い物に連れ出されたイリスはエダルシア王都の石畳を歩きながら、楽し気に前を歩くエイミアを眺めていた。左右に立ち並ぶ商店を興味深げに覗き込みながら歩くエイミアは非常に上機嫌だ。
この十日間、エイミアは完全に皆と別行動だった。ただ、漫然と王宮で過ごしていたわけではなく、どうせ滞在するのならと王宮医局の手伝いに行っていたようだ。手伝いながら他国の医術を学べる良い機会だと言っていた。
王宮医局側は、最初は突然やって来たエイミアの事を疎ましく思っていたようだが、国王の客だからと渋々受け入れていた。
だがエイミアには医術の心得があり、勝手が違う他国の医局でも仕事を直ぐに覚えてよく働くので、昨日までの九日間普通に戦力として尽力していたそうだ。
(エイミアはすごいなぁ)
歩く振動に合わせて高い位置で結ばれたツインテールの髪が揺れている。その揺れがエイミアの愉しさを如実に表しているようで、そんな後ろ姿を眺めながらイリスはふとそんなことを思った。
エイミアの誰とでも臆することなく話ができる社交性や、こうと思ったら突き進む行動力など、イリスは素直に凄いと思っていた。特に人との距離間が近いのだがそれが不思議と嫌ではなく、気が付くと相手の懐に入り込んでいるのだ。
イリスは自分には無いエイミアのそんな能力を尊敬していた。
「?」
考え事をしていたら、不意に前方を歩いていたエイミアがイリスを振り返ったのでイリスは往来の真ん中で足を止めた。
近付いてきたエイミアがイリスの顔を覗き込む。なぜエイミアがそんなことをするのか分からず、イリスは思わず一歩後退った。
「その顔は……やっぱりなぁんにも気付いていない顔ね!」
「?」
言われていることの意味が分からず首を傾げると、エイミアは「仕方がないわねぇ」と幼子を諭すように人差し指を突き出した。
「さっきからこんなに見られているのに、この視線に気付いてる?」
視線、と言われて周囲を見回す。確かにさっきから、街中を警邏している騎士や騎士の詰め所からやたらと見られているのには気付いていた。
今も目が合った騎士が気まずそうに視線を逸らしたり、逆に気付いてもらったとこちらに手を振ってきたりしている。
「気付いてはいるけど……客人をさり気なく警護してくれているんでしょう?」
放っておかれてもイリス一人で大抵の不測の事態に対応できるが、他国の客人を放っておくわけにもいかないのだろう。街中に配置されている騎士達がそれとなくイリス達の動向を窺っているようだった。
「は?」
イリスの返答を聞いて、エイミアが口を開けて呆れた顔をする。
何故そんな顔をされなければならないのか分からずイリスが少しだけムッとした顔をすれば、エイミアはこれ見よがしに溜息を吐いた。
「はぁ……。もう、分かってないなぁ!皆イリスを見ているに決まってるじゃない!!」
怒ったようにエイミアが頬を膨らませるが、何故怒られるのかが分からない。「客人を警護するために見ている」のと「イリスを見ている」のに何の違いがあるのだろうか?
「もう!鈍いんだからっ!!」
何を言っても無駄だとエイミアが憤慨しているが、それでもやっぱり何のことかイリスにはさっぱり分からない。
だがどうやらイリスに何らかの問題があるということだけは分かり、エイミアの圧に屈したイリスは小さく「ごめんなさい」と呟くしかなかった。




