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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第七章 南の大国エダルシア
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御前試合

「わ……凄い」


 連れてこられた騎士訓練場はその周囲をぐるりと建物に取り囲まれているのだが、この建物は外と訓練場を区切る壁の役割が大きいようで、扉や窓などはついておらず入り口をくぐると吹き抜けの回廊になっていた。

 回廊の距離は短く、ここを抜けた先が出口になっている。そのため入り口をくぐるとすぐ出口の先が見えたのだが、出口の先に広がる訓練場の様子を目にしてイリスは思わず感嘆の溜息を溢した。


 訓練場の周囲を取り囲む建物の上部は階段状の観客席になっているようで、その観客席を埋め尽くす程にエダルシア王国の騎士達が集まっていたのだ。騎士達はすでに準備万端とばかりに、イリス達の到着を待っている。


 迷いなく歩を進めるガルーラ国王に続いてイリスも立ち止まることなく前に進む。

 回廊の出口に差し掛かると観客席に集まった騎士達からも訓練場に入ってきたイリス達の姿が見えたようで、その姿に気付いた騎士達から歓声があがった。


「「「うおぉぉぉぉぉ」」」


 イリス達の姿が全方向から完全に見えるようになると、歓声が一気に膨れ上がりそれは怒号のように鳴り響いた。

 イリスはぐるりと周囲を取り囲む観客席を見上げた。一斉にあがった歓声と観客席を埋め尽くす騎士達の圧巻の景色に、思わず息を呑む。

 大勢の観客が見ているこの状況で御前試合を行うなど、最早闘技場の剣闘士のようだった。


「まぁ見られてはおるが、そう気にするでない。いつも通りに戦ってくれればよい」


 周囲の様子に呑まれているイリスに気付いたガルーラ国王が、イリスの肩にポンと手を置くと抑揚に微笑んだ。

 だがイリスの後方ではそんなガルーラ国王の言葉に、レオンが「よく言うよ」とぼそりと呟いていた。確かにこちらとしてはやりたくもない御前試合に駆り出されているわけだが、一国の王の命令だ、イリス達に断る術はない。レオンの愚痴がガルーラ国王の耳に届いていないことを祈りたいところだが、この距離なのでそれは無理だろう。

 だがガルーラ国王は御前試合が余程楽しみなようで実に機嫌が良く、そんな不敬な物言い一つに目くじらを立てる気はないようだ。


「では早速始めようと思うんじゃが、構わんかね?」


 ガルーラ国王がイリスに問う。断る理由もないので、イリスは首肯すると後方を振り返った。


「じゃあレオン、ロイよろしく。危なくないように、リュカとヴォルターさんは壁際にいてね」


 いつも通りの訓練を行うつもりで何気なくレオンとロイに声を掛けたのだが、その言葉にガルーラ国王は驚愕の表情を見せた。


「なっ、待てまて。二人を同時に相手するつもりか?」

「はい、そのつもりです」


 驚きの声を上げるガルーラ国王に、イリスは当然とばかりに答える。

 だがガルーラ国王は、先程河川敷での戦いでイリスが複数人を相手にしているところを見たにも関わらず、それでも納得しかねているようだ。

 イリスが困っていると、そこにロイが歩み寄ってきた。ロイはイリスに向かって穏やかに微笑んだ後、視線をガルーラ国王に向けた。


「恐れながら国王陛下。驚かれるのも無理はありませんが、これが通常の訓練ですので」

「なんと……凄いのぅ」


 ガルーラ国王がまじまじとイリスを見つめてくる。その視線が気恥ずかしくてイリスはサッと視線を逸らした。

 

「では、その凄さをもう一度近くで見させてもらおうかの」


 回廊脇の壁際にガルーラ国王とオリバーが下がる。その様子を目にして、イリスの後方に居たヴォルターとリュカも後に続いた。


「イリス、怪我すんなよー」

「リュカじゃないから大丈夫ー」


 去りながらこちらを振り返ったリュカが気の抜けた応援をしてきたので、イリスは同じ調子で言葉を返した。

 リュカは大勢の前だというのに誰よりそれを気にした様子が見られず、本当にいつも通りだ。空気を読まず平常通りというのは、こういう常とは違う場面では人に安心感を与えるのかもしれない。

 リュカの言葉に手を振って軽口を返したイリスだったが、直ぐに気持ちを切り替えると遠く前方に陣取った二人に視線を向けた。


「……」


 対峙するのがレオンとロイであるというだけで、大勢の観客が自分を見ていることも、ここがエダルシア王国であるということも忘れ、いつものサンスタシア帝国の訓練場であるかのような気がしてくるのだから不思議だ。

 だが、お互い手の内を知っている相手だ。一つでも気を抜いたら負けが確定する。


 イリスは胸の前のベルトの金具を外してフラッデルを地面に下ろすと、直ぐに足を乗せて起動させた。

 そして背中の剣をスラリと引き抜き、剣を身体の脇で構えて前傾姿勢を取る。


(レオンとロイに奇襲攻撃は効かない。お互い手の内を知られ過ぎている)


 初めて対戦する相手であれば、剣を前方に一直線に構えて一気にフラッデルで距離を詰めれば、剣先が矢のように飛んでくる錯覚に大抵の相手は怯む。その隙を突くといった奇襲戦法が効くのだが、レオンとロイ相手ではそれが通じない。

 イリスは出来るだけ空気抵抗を失くし、極限まで初速を追求した構えを取った。


 フラッデルでの戦闘においてイリスがほぼ無敵なのは、要はフラッデルでの戦闘というものが確立しておらず、相対した敵にとってそれがどんな動きであれ初見の業であるからに他ならない。

 見たこともない戦い方に対して、相手は絶対的に後手にまわざるを得ず防戦一方になってしまうのだ。イリスはその隙を突くのを得意としていた。


 だがフラッデルで戦うイリスと常に鍛錬を重ねているレオンとロイにはそれが通じない。イリスはどこかで二人の動きを崩し、隙を作る必要があった。


「始めっ!」


 双方睨み合う状態で、ガルーラ国王の号令がかかる。イリスは迷わずペダルを踏み込んで一気にその距離をつめた。

 この状態で突っ込んで勢いを利用して切りつける戦い方も、相手の目の前で宙返りをして後方に回り込む戦い方も、どちらもレオンとロイには知られ尽くしている。ならばどうするか。


(じゃあ、これはっ!)


 イリスは右側に立つロイに標的を定めると、その目の前で身体を傾け地面に手を付きその勢いのまま横回転でロイの後ろに回り込もうとする。


「あれはっ!自分と戦った時の!!」


 オリバーの驚愕の声が戦っているイリスの耳にまで届いた。先程河川敷で戦った時も、今回とは違うが横回転するような動きがあったので気になったのだろう。


「ったく!相変わらず見たことのない動きを次々、とっ!」


 しかしイリスと対戦し慣れているロイはすぐさまその動きに対応し、イリスが回り込む先であろう後方に向けて剣を振り下ろした。

 それを予測していたイリスは剣を地面に突き刺して無理にフラッデルを止めるとそのまま足を振り上げてフラッデルの底面でその一振りを受け止めた。


 ガギィンという大きな金属音が辺りに響く。先程の大歓声が嘘のように、今は誰一人として騒ぐ者もなく場は静まり返り、誰もが息を呑んで戦いの様子に見入っていた。

 剣戟の音とフラッデルの起動音だけが、この広い訓練場内に響いている。


「!」


 フラッデルでロイの一撃を受け止め剣を地面に突き刺した状態のイリスに、間髪入れず上からレオンの一太刀が降ってくる。


「危ないっ!!」


 思わず上がった声はガルーラ国王のものだった。だがイリスとしては、ここまでの流れは最初から想定済みだ。

 イリスは足を押してロイを跳ね除けるとその反動で弧を描くようにして宙返りしレオンの一太刀を躱す。

 ちょうど空中で逆さ吊りの状態になった時にイリスが地面に突き立てた剣を引き抜こうとすると、それを見越してそこにレオンとロイの一振りが左右から迫ってきた。

 二人もここまでは想定済みという訳だ。

 

「イリスっ!!」

「殿下!!」


 傍から見れば絶体絶命のような状況に、リュカとヴォルターの悲鳴に近い声があがる。

 

(もう!ヴォルターさんまた殿下呼びしてる!)


 こんな状況でもイリスの頭の中は冷静そのものだ。なにせ、絶体絶命でもないしいつもの訓練通りですらある。大体いつもこんな調子なのだ。


 この大勢の観客がいる場での殿下呼びには少々、というか結構気を取られたのだが、観客の騎士達は戦いの様子を固唾を呑んで見守っており誰もヴォルターの言葉など気にしている様子はなかった。

 そのことに安堵すると、イリスは再び意識を戦闘に戻した。


 迫りくる太刀を見据えながら、冷静にこの難を逃れる術を考える。普段なら剣を引き抜き、フラッデルを動かし上か後方に逃げて一旦距離を取るところだ。


(……じゃあ、逆に!!)


 イリスは抜こうとしていた剣に一気に体重をかけて更に地面に押し込み下に逃げる。


「なっ!!」


 その動きは今までに試したことがなく全くの予想外だったのだろう。レオンが驚愕に目を見開いていた。

 だが突如としてイリスがその場にいなくなったことで、レオンとロイはお互いの剣でお互いを切りつける寸前だ。地面に逃れたイリスはまた足を垂直に突き上げ、逆立ちのような体勢でフラッデルを使い二人の一撃を受け止めた。


 ガアァンと物凄い音が響く。両側からの太刀を浴びたフラッデルの音だ。

 一撃を防がれた勢いてレオンとロイが一歩下がったところで、イリスは宙返りをして体勢を戻すと地面に深く刺さった剣をぐっと力を込めて引き抜いた。


「まだまだいけるでしょう?」

「言ってくれる」

「イリス、また腕を上げたんじゃない?」


 ロイの言葉に素直に嬉しくなる。空中で一振りして剣に付いた土を払うと、イリスは再び剣を構えた。



 目の前では見たことも無い剣戟の応酬が続いている。剣同士のぶつかるキィンという高い金属音に混じって、時折ガンッというフラッデルと剣がぶつかる重厚音が響く。


「なぁオリバー、儂は今何を見せられておるのだ?」

「……分かり、ません」


 ガルーラ国王の隣に呆然と佇むオリバーは、自国の王から問われたにも関わらずガルーラ国王の方を見もせずに答えた。本来なら不敬に問われるところだろうが、今はそんなことにはならないだろう。

 ガルーラ国王もオリバーも、今は片時もイリス達の戦いから目を離すことが出来ないのだ。

 目の前で繰り広げられる剣戟が現実のものとは思えず、最早呆然と眺めることしかできていなかった。

 

「サンスタシアの若造め、どうやってこんな力を身に付けさせたんだ……」


 国王の呟きは、ちょうどその時観客席から沸き起こったどよめきで掻き消された。


 視線の先には、イリスにフラッデルで剣を弾き飛ばされたロイと、その首筋にイリスから剣先を向けられて身動きの取れないレオンが立っていた。

 勝負がついた瞬間だった。






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