王城前での一悶着
馬車に揺られ一時間程が経った頃、イリスとガルーラ国王を乗せた馬車はエダルシア王国の王城の門をくぐった。
城門の先には広大な庭園が広がっており、色とりどりの様々な花が咲き乱れている。その庭園の先に、エダルシア王国の王城であるフィディーノ城が聳え立っていた。そして庭園の真ん中を突っ切るようにして、王城前まで石畳の舗装された道が通っている。その道の上を馬車は滑るように走っていた。
イリスは馬車の窓越しに、美しい庭園を眺める。今は寒期に向かう時期ではあるが、南に位置するエダルシア王国ではまだまだ気温は暖かい日々が続いている。温暖な気候ゆえに、花々も長く咲きほこれるのだろう。
そして次にイリスは、庭園の先に聳える王城を見た。赤茶色をした石が主に使われた王城はサンスタシア帝国のロードベルク城とはまた違った趣で、イリスはつい見入ってしまっていた。
「我がフィディーノ城もなかなかのもんじゃろう?……さて、そろそろ到着じゃ」
「あっ、いえっ、はい、分かりました」
視線だけを僅かに動かしてこっそり眺めていたつもりだったのだが、ガルーラ国王には見透かされていたようだ。だが慌てるイリスを気にした様子もなく、ガルーラ国王は馬車が停止すると同時に座席から立ち上がるとすぐさま扉に手を掛けた。
「お前達喜べ!フラッデルでの戦闘をもう一度見れるぞ!」
馬車の扉を開けるや否や、馬車の前に整然と立ち並んだ騎士達に向かって声を張り上げる。ガルーラ国王は年齢を感じさせない身のこなしで、そのまま颯爽と馬車から飛び降りた。
「……!」
続けて降りようとしたイリスに向かって、馬車の外から手が差し伸べられる。
見ると、手を差し出してくれていたのは王の側近であるオリバーだった。馬車の中でガルーラ国王から色々とエダルシア王国のことも説明されたのだが、オリバーは騎士団長であり王の側近なのだという。
宰相などももちろんいるのだが、自身も若かりし頃剣を振っていた武人であるだけに、ガルーラ国王は騎士団長であるオリバーの方が何かと相談しやすくまた重宝しているのだという。
要はこの奔放なガルーラ国王に、最も振り回されている人物だということだ。イリスは心の中で、オリバーに深い尊敬と憐憫の想いを抱いた。
「ありがとうございます」
差し出された手を取り、地面に降り立つ。
ドレスでもないパンツ姿であるし、何より一介の騎士として同乗していたのに令嬢のように手を引かれて降りるのも憚られたが、断ることの方が失礼だろうと素直に差し出された手を取った。
そうしてガルーラ国王の一歩後ろに控えたイリスは、そっと視線を左右に動かして周囲を確認した。
(……良かった。エイミアさんもいた)
整然と立ち並ぶ騎士達の後ろに、レオンやリュカ達と共にエイミアの姿を見付けてイリスはそっと安堵の息を吐いた。
置いて行かれることはないと思ってはいたが、馬車に乗り込む段階でこちらに追いついていなかったエイミアのことがずっと心配だったのだ。
イリスがひっそりと安堵していると、目の前に立つガルーラ国王が静かに息を吸い、そして城門の外までよく通る声を響かせた。
「今から全員、騎士訓練場に集合せい!」
その言葉に、立ち並ぶ騎士達に一斉に動揺が走った。
王の御前であるにも関わらず、それは徐々に大きなざわめきとなって広がっていく。だが、それも仕方がないだろう。先程河川敷で、イリスのようなフラッデルでの動きが可能かどうかを試みて失敗したばかりなのだ。それなのにまた誰かが実験台となって、もう一度やってみることになるかもしれないと思ったら誰もが気が気ではないだろう。
騎士達の心内を察してか、馬車の傍に控えていたオリバーがガルーラ国王に近付くと跪いて頭を下げた。
こうしてガルーラ国王の暴走を止めるのも、この人の役割なのだろう。
「お言葉ですが陛下、先程イリス殿の戦術はイリス殿にしかできないと判明したばかりではありませんか」
オリバーの言葉を聞いて、ガルーラ国王の前に立ち並ぶ大勢の騎士達からは、無言であるにも関わらず「そうだ、そうだ」という大合唱が聞こえてくるかのようなざわめきが伝播していた。
その様子が何だか可笑しくて、イリスはつい笑ってしまいそうになるのを唇を引き結んでぐっと堪えた。
エダルシア王国の騎士団には、何というか不思議な団結力があるようだ。
「それは知っておるわ。儂は何も、お前達にもう一度やってみろとは言っとらん」
当然とばかりに頷いたガルーラ国王だったが、その様子にその場にいた誰もが、では何をするのかと首を捻った。
だが馬車の中で約束を取り付けられたイリスだけは事情を知っていて、思案顔で居並ぶ騎士達の後方に居るレオンとロイを見ていた。
イリスの視線に気付いたレオンとロイがイリスの方を見つめてくる。その顔は多くの騎士達と同じく困惑しており、まだガルーラ国王の言葉の意味を理解できていないようだったが、イリスは言葉は発せず口の動きだけで「ごめんね」と先に謝罪を伝えた。
「陛下、どういうことでしょうか?」
見かねてオリバーが訊ねると、ガルーラ国王はふふん、と得意気に笑った。
「我がエダルシア王国騎士団ではあのような戦い方は出来んが、どんな相手でも対応できるように対策しておく必要がある。じゃからフラッデルとの戦闘を見て、その対策を学べばよいと思っての」
「……イリス殿と誰かを戦わせて、それを見て学べ、ということでしょうか」
「そうじゃ、御前試合をするぞ!」
ガルーラ国王のその一言にオリバーは目を見開いて驚いた後、頭を抱えた。
「そうは仰いましても、イリス殿とどなたを戦わせるおつもりで?先程数で押しても無理なことも証明されましたが……」
オリバーが視線をガルーラ国王から斜め後ろに控えるイリスに移したので、不意にイリスはオリバーと視線がかち合った。
「……」
先の河川敷での戦いで騎士達を率いていたオリバーは、初めて見るフラッデルを使っての戦闘に対応しきれずイリスに負けを喫してしまった。だが、それを初見の技だからと言い訳をすることなく、負けは負けとしてしっかり受け止めているようだ。それ故、数でイリスに対抗しても無駄だと冷静に状況を分析できている。
騎士達を率いる騎士団長としては、相手との実力差をしっかりと見極める力も必要だ。でなければ、実力差があり過ぎる相手に対策なく挑み、部下を無駄死にさせてしまうことにも繋がる。戦闘では冷静に相手を見極め、その力量差に応じて作戦を立て挑まねばならない。
居並ぶ騎士達からも、再びざわめきによる「そうだ、そうだ」の大合唱が聞こえていた。言葉は発していないのに言いたいことが伝わるのが不思議だ。
だがそれを聞いたガルーラ国王は、抑揚に頷いた。
「儂は別に、お前達に戦えとは言っておらんわ」
「では一体誰と戦わせようと……まさかっ!ご自身ではありませんよね!?お止めください!お身体に触りますっ!!」
最も危険な想像に至りオリバーが慌てるが、当のガルーラ国王は手でそれを制して言葉を続けた。
「儂ではもう歯も立たんじゃろうて。そうではなく、サンスタシアの騎士にお願いすればよかろう?」
「!」
ガルーラ国王の言葉に、オリバーのみならず名指しされたレオンとロイも驚きに目を見開いていた。しかしすぐに状況を理解したようで、レオンは頭を抱え、ロイは諦めたように息を吐くと肩を竦めた。
二人には申し訳ないと思うのだが、どうしてもとイリスは馬車の中でガルーラ国王に押し切られてしまったのだ。ガルーラ国王は剣のことになると探求心が抑えきれないようで、あの圧にイリスも負けてしまったのだ。
「これで分かったようじゃな。では皆の者、このまま移動するぞ」
「えっ!今からですか!?」
流石に御前試合ともなれば色々と準備も必要だ。まさか今から直ぐに行うとは思わずにイリスが問えば、ガルーラ国王はいい顔でイリスを振り返るとニヤリと嗤った。
「当たり前じゃ。もう一度見たいのじゃから、今から行うに決まっておろう?」
「……」
こうなってはこれはもう決定事項で、覆ることはないだろう。イリスの隣では同じく頭を抱えたオリバーが半ば諦めたように溜息を吐いていた。
「警護の騎士は城壁と各城門の見張りだけを残し、城内の警護や護衛は各一名を残して出来るだけ集合せい!非番も夜勤明けも全て叩き起こせ。分かったな!!」
愉しそうに指示を出すガルーラ国王の言葉を聞いて、イリスはそっと溜息を吐いた。
とんでもない大事になってきて、イリスは他人事のように虚空を眺め現実逃避に浸る以外なかった。
騎士訓練場は王城の西側に位置しているようで、一行は王城を横目に見ながら西日が差し込む庭園の小径を歩いていた。
先程は馬車を降りるや否やの騒動だったので王城をじっくり眺める時間もなかったのだが、今はゆっくりと騎士訓練場まで歩いて移動しているため、イリスはまじまじとフィディーノ城を眺めていた。
「どうかね?サンスタシアのロードベルク城もなかなかじゃが、我が城もよかろう?」
イリスが王城を見上げていることに気付き、隣を歩くガルーラ国王が声を掛けてきた。
「ええ、そうですね。ロードベルク城は重厚感がありますが、フィディーノ城は主に赤茶色の石が多く使われているので、色鮮やかで温かみがありますね」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
イリスの言葉にガルーラ国王が満足げに頷く。どうやらこの城は王の自慢のようだ。
御前試合の準備のためにオリバーが更に詳細な指示を騎士達に告げると、立ち並んだ騎士達はその命に従って方々に散って行った。
そうして、準備には時間を要するだろうからとイリス達はガルーラ国王自らに案内してもらいながら、騎士訓練場までの道をゆっくりと歩いて向かっていた。
ガルーラ国王と並ぶようにしてイリスが歩いているのだが、その斜め後ろにはオリバーが控えている。更にレオンとロイ、リュカとヴォルターが後に続いていた。ちなみにエイミアはこの場にはいない。
流石に皆を追いかけて街中を全力疾走したのが体力的に相当きつかったのだろう。河川敷から王城までは馬車での移動だったが、他国の馬車で緊張もあり心身共に休まらなかったようだ。
今晩はガルーラ国王の計らいで客室を用意してもらえることになり、エイミアはすでに客室に下がっていた。
「さぁ、もうすぐじゃ!楽しみじゃのぅ」
突然イリスを振り返ったガルーラ国王が、少年のような屈託のない顔で微笑む。
見ると庭園の高木の先に、開けた場所と建物が見えてきていた。おそらくあれが騎士訓練場なのだろう。
ガルーラ国王は足取りも軽く、意気揚々と見えてきた建物の場所に向かって歩を進めている。本当に御前試合が楽しみなようだ。
そんなガルーラ国王の様子に苦笑しながら、イリスは黙ってその後に続いた。




