王城へ
ガルーラ国王は居並ぶ騎士達を振り返ると大声を張り上げた。
「王城へ移動する!」
「「「はっ」」」
相変わらず老齢であるはずなのにどこから出ているのかと思う程の声が、その場の空気を支配する。騎士達はその声に応えるように威勢の良い返事を返すと、即座に動き始めた。
「陛下。陛下はどのようにして王城まで向かわれますか?」
騎士団長と思われるオリバーが周囲の騎士達に向かってあれこれと指示を飛ばし終えると、ガルーラ国王の隣に侍り問いかけた。
「そうじゃなぁ。来た時のように馬では込み入った話も出来んし、仕方がないから馬車に乗るかのぅ」
ガルーラ国王は腕を組んで思案した後、嫌々という態度を前面に押し出しなが溜息を吐き出した。どうやら会話から察するに、ガルーラ国王は馬車に乗ることが好きではないようだ。
「さて、サンスタシアからの客人。同行を願えますかな?」
「えっ、あ……」
目の前で繰り広げられていたガルーラ国王とオリバーとのやり取りに気を取られていたイリスは、急に話を振られて口籠ってしまった。
「おそれながらガルーラ国王陛下、発言を許可頂けますでしょうか」
後方から上がった声に、ガルーラ国王とオリバーが声の主を振り返る。見るとレオンがこちらに向かって頭を下げていた。
先程の会話からレオンとロイのことを気に入った様子のガルーラ国王は、頭を下げるレオンを目に留めると豪快に笑った。
「わはははっ。そんなに警戒せずとも取って食いはせん。何かあるなら申してみよ」
「はっ。ありがとうございます」
その言葉に顔を上げたレオンは、僅かに視線を動かしイリスの方を見た後、視線を目の前のガルーラ国王に戻した。
「我々はサンスタシア帝国からやって参りました。元よりガルーラ国王陛下にお願い致したいことがあり、これから王城へ向かう予定でおりました」
何故かは分からないがガルーラ国王はイリス達がこの街に来る前からこちらの動向を窺っており、イリス達を待ち伏せしてその為人を試したようなのだが、その理由は不明だ。
だがイリス達は元々エダルシア王国の王城へは用事があり向かうつもりでいたこと、エダルシア王国に害為す存在ではないことをレオンが伝えたのだが、ガルーラ国王はそれを聞いても愉しそうに笑んだだけで真剣に話を聞いてくれる様子はなく、レオンに向かって軽く片手を振ってそれをあしらった。
「ああ、よいよい。おおよそのことは知っておる。そう警戒せずとも良いわ」
(……何をどこまで、知られているのかしら)
やはりイリス達の動向は知られていたようだ。だが、何を知られていて何を隠すべきかが分からない現状では、警戒しなくていいと言われても警戒せざるを得ない。
イリスが警戒心を強める中、ガルーラ国王は隣に侍るオリバーの耳元で二、三何かを囁いた後、再びイリスに向き直った。
「それで?儂との同行をお願いしてもよろしいかな。お嬢さん」
「へっ、……私、ですか?」
王城への同行はイリス達全員に向けられた言葉だと思っていたのだが、そうではなくイリス個人に向けられた言葉だったのだと気付き、イリスは面食らって間の抜けた声が零れた。
だが、一国の王からの言葉だ。イリスに拒否権などあろうはずもない。
それが相手方も分かっているからだろう。ガルーラ国王は尚も愉しそうに笑うと隣に侍るオリバーに指示を出し、馬車の準備を急がせている。そうして意識がイリスから僅かに外れた隙に、イリスの下にレオン達が駆け寄って来た。
無論駆け寄るレオン達の動きは相手方も察知しているが、この場から逃げ遂せるとは思っていないからか特にイリスとの接触を止められることなかった。
「大丈夫か?イリス」
「うん、平気。怪我とかは特にしていないよ」
「いやいや、怪我がどうこうじゃなくて」
真っ先にリュカが訊ねてきたので大丈夫だと答えたイリスだったが、どうやらそういうことではなかったようでリュカが呆れたように溜息を吐いた。
だが、国王からの依頼は命令と同じだ。一介の騎士に断る権利はなく従うしかない。
それでもイリスは自身が困難な状況に陥ることはそれほど苦ではないのだが、自分が引き起こしたことによって他人が困難な状況になることの方が辛い。
今回ヴォルターは、今後ウィレンツィア王国が有事に陥った際にはエダルシア王国に協力してくれるよう要請している。先程のイリスの件が今後のウィレンツィア王国にとって不利に働いてしまうのではという懸念が過った。
「……」
イリスがチラリと、レオンの後ろに佇んでいるヴォルターを盗み見る。だがヴォルターはずっとイリスを見つめていたようで、盗み見ただけだったのだがしっかりと視線が合ってしまいイリスは気不味くなって慌てて目を逸らした。
そんなイリスの様子を見て、ヴォルターはイリスが考えていることを察すると安心させる様に優しく微笑んだ。
「イリス様がお気になさることはありません。もしエダルシア王国の協力が得られなかったとしても、それはイリス様のせいではありません。……尤も、そんな事にはならないと思いますが」
根拠もないのに自信たっぷりにヴォルターが微笑むので、自分のせいで印象が悪くなってしまったのではないかという危惧は消えないが、イリスは少しだけ安堵し詰めていた息を吐き出した。
少し気持ちが落ち着いたところで周りが見えてくるようになると、イリスはふとこの場にいない人物に気付いて周囲を見回しその人影を探した。
「ところで……エイミアさんは?」
周囲を見渡しても、エイミアの姿がなかったのだ。
その言葉にレオンは関心なさげに肩を竦め、ロイとヴォルターは顔を見合わせる。そんな一同の様子にイリスが首を傾げていると、リュカが申し訳なさそうに頭を掻きながら言いにくそうに口を開いた。
「あー……一大事だったからさ、置いてきちゃったんだけど、走って追いかけてきていたし、そのうち追いつくんじゃないかな?」
「ええっ?!」
あまりのことについ非難めいた視線でリュカを見てしまったが、リュカのみならず他の面々も同罪だろう。騎士であるレオンとロイの走りにリュカですらついて来られていないのに、鍛えているわけでもないエイミアではついて来られるわけがない。
「……迷子になっていないといいけど」
「そこは大丈夫でしょ。相当な騒ぎになっていたからね。見失うことはないよ」
イリスの表情から思考を読んだようで、ロイが言葉を被せてくる。
全く大丈夫な気はしないが、これだけの大騒動だったのだ。確かに見失う事はないかもしれない。
(何でか皆、私の心配をするんだよね。……別にそんなに弱くないと思うんだけどな)
自分で言うのもなんだがイリスのことが第一のような面々の中にいるせいで、エイミアにしなくていい苦労をさせているような気がしてならない。
申し訳なさにイリスが頭を抱えていると、更に頭の痛い事案が舞い込んできた。
「……えぇ」
目の前に、華美ではないものの造りのしっかりとした、明らかに質の良い豪華な馬車が停まったのだ。聞かずともイリスを迎えに来た馬車だろうということが察せられて、イリスは思わず頭を抱えた。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
ガチャリと音がして馬車の扉が内側から開かれると、中からイリスに向かって手が差し伸べられる。
その皺が刻まれた無骨な手は、紛れもなく先程まで目の前に居たガルーラ国王のものだった。
「降りてエスコートせず申し訳ないが、年寄りなものでここからで許して貰えるかな?」
「いえ、……ありがとうございます」
顔に更に幾つもの皺を刻みながら、ガルーラ国王が微笑む。
出された手を取らないわけにはいかず、イリスは意を決するとその手に自身の手を添えた。
イリスが馬車に乗り込むと、脇に控えていた騎士達が扉を閉めようと動く。
その動きを見て、まだ座面に腰を降ろす前だったイリスは慌てた。
「あのっ、他の……」
扉に手を掛け閉まるのを防ぎながら言葉を紡ぎかけて、イリスは振り返って見たガルーラ国王の表情に気付いてはっと息を呑んだ。
その視線は鋭くイリスを射抜いており、先程の柔和な笑顔などどこにも見当たらなかったのだ。
「心配せずとも全員纏めて他の馬車で王城に連れて行く。手荒な真似はせんと誓おう」
そこで一旦言葉を区切ったガルーラ国王は、鋭い視線のまま片側だけ口角を上げて不敵に微笑んだ。
「なんなら尊いお嬢さんに配慮して、お嬢さん用にもう一台馬車を用意させようかの?」
「!!」
その「尊い」が、全てを物語っていた。
(私の出自を知っている!)
イリスが息を呑んで向かい側に座るガルーラ国王を見つめていると、ガルーラ国王は扉の外にいる騎士達に視線で合図を送った。それに応え、馬車の扉が外側から閉められる。
扉に手を掛けたまま中腰の姿勢だったイリスは、ゆっくりと力なく座面に腰を下ろした。
観念して腰を下ろしたイリスを見て満足気に微笑むと、ガルーラ国王は馬車の窓を開けて外に待機していた騎士達に向かって声を張り上げた。
「出発じゃ!お前達、儂が逐一フラッデルでの戦闘の極意を聞いておいてやるからの。鍛錬を愉しみにしとれ!」
この発言は、イリスを国王と同じ馬車に同乗させることに疑問を抱かせないための周囲への方便なのだろう。
自らも騎士として剣を振るい、自身がその目で見たものしか信じないと豪語するガルーラ国王であれば、未知なる戦い方をするイリスに興味を持って話を聞きたがったとしてもあまり疑問に思われないのだろう。その気遣いにイリスは感謝した。
まだ確定もしていない状況で大勢の人に、イリスが自国の王と馬車を同乗する程の尊い身分の人物かもしれないということを勘繰られる訳にはいかない。
(さて、どうしょうかな……)
密室となった少し薄暗い馬車の中で、尚も窓の外の騎士達を眺めながら愉しそうな笑みを浮かべているガルーラ国王をチラリと盗み見る。
ガタン、と音を立てて走り出した馬車に揺られながら、イリスはここから先、何をどうするべきか必死に思考を巡らせていた。




