エダルシア王国国王 ガルーラ・ファロ・エダルシア
剣士達が陛下の前に移動し一斉に跪づく。その姿を見て、イリスも剣士達の後方で同じ様に跪き頭を垂れた。
「よい、皆のもの顔を上げよ」
たいして大きな声でもないのに、場の空気を一変させるほどの威圧感ある声がその場に響き渡る。自信に満ちたその表情と声色は、正に一国を統べる王に相応しい威厳に満ちていた。
先程イリスがその御身を抱えてフラッデルで移動していた時には、目尻に刻まれた皺と柔和な笑顔から穏やかな人物というような印象を抱いていたが、最早その面影は微塵も見受けられなかった。
許しを得て顔を上げた剣士達は、一礼するとガルーラ国王の後ろに居並ぶ騎士達の後ろに移動し整列した。おそらく彼らも近衛騎士なのだろう。
(でも、彼等は何のために平服で街に居たのかしら?元々何らかの任務中だった?)
彼等が何らかの任務のために平服で街中に紛れ込んでいたところに、余所者であるイリス達がやって来たので敵か味方かを試したのであれば、特に問題はない。国を護る騎士として当然のことをしたまでだ。
だが、元々イリス達が来ることを知っていて、わざわざ街中に騎士を紛れ込ませて警戒していたのならば話は別だ。
(敵視されている、と思った方がいいのかもしれない)
イリスの前に居た平服の騎士達がいなくなったので、今ガルーラ国王とイリスの前を遮るものは何もなくなり広い空間を挟んで両者が対面する形になっている。
ガルーラ国王を目の前に、イリスはこれからどう話を切り出すべきかを懸命に考えていた。だが相手の思惑が掴めなければ、こちらの出方も難しい。言葉の選択を間違えるとそこで関係が破綻してしまうことだってあるのだ。
とにかく歓迎されていない事だけは確かなので、イリスは頭の中で慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「あのっ、」
「はぁ……」
イリスが言葉を発しようと口を開いたのと、ガルーラ国王が盛大な溜息を吐いたのが同時だった。
その溜息に、イリスは瞬時に身を固くした。まだ何も言ってはいないが、こちらに対して不快感を持っているのがその溜息と険しい顔付きから察せられて、イリスは今までの自分の対応が良くなかったのだろうと焦った。
(どうしよう。本来ならガルーラ国王陛下に乗船の許可を貰わないといけないのに)
本来であれば、エダルシア王国の港から船に乗ってオートレア王国まで向かうために、ガルーラ国王から乗船許可を貰う必要があったのだ。だがそれがなかったとしても、今後ウィレンツィア王国が有事の際には協力してもらいたいし、エダルシア王国との関係が悪化することは避けたい。
だがそれを、自分の行動のせいで破綻させてしまったのではないかとイリスは内心慌てふためいていた。
しかしガルーラ国王は溜息を吐いた後、何故かゆっくりと後ろに居並んだ騎士達を振り返った。
「……何とも不甲斐無い。早急に鍛錬を追加する必要があるのぅ」
その言葉に、居並んだ騎士達は一斉にビクリと身体を震わせると慌てて頭を下げた。
どうやらガルーラ国王の溜息の矛先はイリスではなく、イリスに敗戦を喫した自国の騎士達に向けられていたようだ。
頭を下げた騎士達の中で、最初に号令をかけてイリスに向かってきた隊長と思しき騎士が、一歩前に進み出ると再び頭を下げた。
「申し訳ありません。不測の動きにも対応できるよう、今後鍛錬を追加したいと思います」
「しかしのぅ……。あの動きに対しての訓練などどうやって行うと?同じ事がお前達に出来るのか?」
国王の問いに騎士達が無言でざわつくのが分かった。無理もない。フラッデルを使っての戦闘など、普通は出来るものではないのだ。寧ろその目で見たのも初めてだったことだろう。
「オリバー、誰か出来そうな奴はおらんのか?……そうだな、ジュドー、お前ちょっとやってみろ」
「んなっ!!」
ガルーラ国王はオリバーと呼ばれた先程の騎士に向かって声を掛け考える素振りをした後、後方に控えている青い騎士服を着た面々を見遣りその中の一人に声を掛けた。よく見ると騎士服を着た騎士達の中には、フラッデルに乗っている騎士も数名見受けられる。どうやらフラッデル部隊も控えていたようだ。
その中で、まさかの指名を受けた騎士が頓狂な声を上げた。同じことをやってみろと言われるとは思ってもいなかったのだろう。咄嗟に素で反応してしまったようで、慌てて頭を下げ非礼を詫びていた。
「ですが陛下っ!あの、発言を宜しいでしょうかっ!」
「おう、なんじゃ。申してみよ」
ジュドーと呼ばれた騎士は非礼を詫びながらも、懇願するようにガルーラ国王を見ていた。
「恐れ多くも申し上げます。陛下も今の戦闘を初めてご覧になったことでしょう。常に訓練を重ねている我々でもフラッデルを使っての戦闘など初めて見ました。そのぐらい稀有な技能で……。その、一朝一夕に出来るものではないかと……」
この会話だけで、ガルーラ国王が臣下の話を耳に入れてくれる国王なのだということが分かる。普通なら一介の騎士ごときがこのように国王に進言することなどできないだろう。
サンスタシア帝国のテオドール帝も臣下の言葉に耳を傾けてくれる皇帝だったが、ガルーラ国王も同じような人柄のようだ。
しかし同じなのは話を聞いてくれる点だけのようで、ガルーラ国王は進言に対して受け入れる姿勢は見せなかった。
「だがのぅ、儂は常々思っとるんだ。同じ人間なんだぞ?他の人間に出来るという事は、程度の差はあれ機能的に出来ないという事は無いだろう?」
(間違ってない。間違ってはいないけれど、極論過ぎる!)
聴いているイリスの方が居た堪れない気持ちになり俯いてしまった。
ガルーラ国王の理論は、例えば宙返りが出来る人間がいるのならば、同じ人間なのだから皆できるだろう、ということだ。勿論人間としての機能的には出来なくはない。出来なくはないが、それには体力や筋力や平衡感覚など、様々な要素が絡んでくる。決して、誰でもが同じようにできる訳ではない。
フラッデルを使っての戦闘も同様だ。元々は腕力や腕の長さ、力でどうしても男性に劣ってしまうイリスが、それを補う為に取り入れた戦法であって、自身の軽量さと柔軟性があってこそ成り立っている。逆に言えば、大柄な重量級の男性騎士には、到底成し得ない戦法なのだ。
しかしイリスがあれこれ思考を巡らせているうちに、どうやら一回やってみようという流れになったようだ。どうしてそんな結論になったのかは分からない。分からないが、きっと国王がごり押したのだろう。
見るとジュドーが、ガルーラ国王とイリスの前の広い空間に出てきていて、すでにフラッデルを起動させていた。
より近くに来たことでジュドーの様相がイリスから良く見えた。レオンやロイより年上の二十代前半位の青年だ。騎士にしては細身の部類に入るため国王から名指しされたのかもしれないが、だからと言って女性のように華奢という訳でもない。
悲壮な面持ちでフラッデルに足を乗せたジュドーが発進させる際にちらりとこちらを盗み見、イリスと目が合う。その縋るような眼差しに、イリスは益々居た堪れなくなった。
(なんか……本当にごめんなさい!)
イリスが悪いわけではないが、間接的にはイリスのせいだろう。申し訳なさが募る。
それでも国王の命令に背くわけにはいかないジュドーは、フラッデルのペダルを踏み込み一気に上空へ飛び上がった。
「そうじゃ、そこで一回転!」
声援を送るように、口元に手を当て国王が上空のジュドーに大声で指示を飛ばす。その声に、懸命に応えようとジュドーが僅かに重心を左に傾けた。
頭を下にして一回転をするのは恐怖が勝ったのだろう。それでもジュドーは果敢に横回転を試みたようだが、あまりの恐怖に即座に根をあげた。
「っ!無理です!申し訳ありませんっ!!」
「まだ何もしとらんじゃろうが!」
ジュドーとしては精一杯身体を横に傾けたのだろうが、下で見ているガルーラ国王には大した傾きには見えなかったようだ。
しかし空中で姿勢が傾くというのは想像以上に怖いものだ。まして、フラッデルは足が固定されているだけで上体は何かに支えられているわけではない。僅かに重心が移動しただけで落下が脳裏を過る。根性でどうにかできるものではなかった。
(本当にごめんなさい、ジュドーさん!)
何とか国王の暴挙を止めてあげたいところではあるが、ここでイリスが「普通の人には無理ですよ」など言おうものなら自分の才をひけらかしているように取られてしまいかねない。
そういう不遜で非常識な人間だと取られかねない言動は今後のためにも避けておきたかった。イリス個人のせいでエダルシア王国との間に軋轢を生みたくはない。
どうすべきかイリスが思い悩んでいると、ガルーラ国王の後に居並んだ騎士達の更に後方から声があがった。
「恐れながら申し上げます、ガルーラ国王陛下。あれはイリス以外の人物には無理です」
エダルシア王国の騎士達にその動きを止められていたロイが、前に進み出るとガルーラ国王に頭を下げた。
「勿論、そちらの騎士が劣っているという意味ではありません。ですが、我々には到底無理な話なのです。女性特有の華奢な体形と柔軟さがあるからこそなせる業なのですから」
ロイの言葉に、同じく進み出たレオンが続いた。
「さらに申し上げますと、フラッデルと剣技を組み合わせるというのはまた別の技能であり、イリス特有の業になります。自国の優秀な騎士に怪我を負わせないためにも、この挑戦は即刻中止すべきです」
「!」
丁寧な言い回しではあるものの、レオンの言葉は結果としてイリスの優位性とエダルシア国王の浅慮を指摘しており、イリスは焦った。これでは不敬罪に問われても文句は言えない。
しかしイリスの心配をよそに、それを聞いたガルーラ国王は一瞬目を見開いて驚いた後、目を逸らさずに真っ直ぐに見据えるレオンとロイを見て豪快に笑い出した。
「あっはっはっ!……だそうだ。もうよい、ジュドー。戻って来い!」
ジュドーが明らかに安堵の表情をし地上に帰還すべくフラッデルの高度を下げ始める。それを視界の端に捉えると、ガルーラ国王は再びレオンとロイに視線を戻した。
その表情は笑んでいるものの、瞳の奥が笑っていなかった。
「さてサンスタシアの若造共。一国の王である儂に臆せず、豪胆にも進言する気概のある奴は嫌いではない」
そこで一旦言葉を区切ると、ガルーラ国王は顔から笑みを完全に消しレオンを鋭く睨み付けた。
「じゃがな、それでは通じないことが殆どだと心得よ。己の責で国際問題を引き起こすつもりか」
国王は怒気を帯びた声で静かに告げる。それはまさにイリスが懸念していた事であった。
だがそんなガルーラ国王に一歩も怯むことなく、ロイが一礼すると真っ直ぐに国王を見つめた。
「非礼は承知の上です。お望みであればこの身でどんな処罰もお受けしましょう。しかし尊き身分でありながら自らも剣をとられたガルーラ国王陛下であれば、ご自身の抱える騎士に不当な負傷を与えることなどないと考えました」
「……っ、くくっ」
ロイの言葉に、ガルーラ国王は厳格な表情をなんとか保とうと試みたようだが、堪え切れずに再び笑い声を上げ始めた。
「っ、わはははっ!何を言っても無駄と言うわけか」
ロイの隣にいるレオンも一礼をすると、真っ直ぐにガルーラ国王を見据えた。
「護るものの為に命をかけるのが、騎士の本懐です」
レオンの真摯な視線を受け、ガルーラ国王はチラリと視線をイリスに向けた。
「成程な。忠誠心の強い騎士がおるようだのぅ」
小さく呟かれたその言葉は、今回のことが二国間の軋轢に発展するのではないかと焦っているイリスの耳には届かなかった。
一人あたふたしているイリスに肩を竦め小さく息を吐き出した後、ガルーラ国王は再び声を張り上げた。
「儂はこの目で見たものしか信じん」
そこで一旦言葉を区切ると、片方だけ口角を上げてニヤリと嗤った。
「儂が実際にこの目で見て確かめたことが全てた。お前さん達のことはこれでよく分かった」
国王は眼の前の空間を薙ぎ払うように片手を一振りする。その合図に合わせて、居並んだ騎士が一斉に居住まいを正した。
「そなた等を歓迎しよう!我がエダルシア王国へ」
ガルーラ国王が真っ直ぐにイリスを見据えたまま良く通る声を響かせる。
その後ニカッと歯を見せながら、国王は歳を感じさせない程の大声で快活に笑った。




