交戦
話のキリがいいところで区切ったので、今回は短めです。
イリスに向かって一斉に抜かれた剣先が、昼の陽光を反射して妖しく煌めく。
「ほほっ、お前達舐められとるぞ。気合い入れていけ」
老人が愉しそうに自身の後ろに立ち並ぶ面々に声を掛ける。声を掛けられた人物達は、その言葉に剣を握る手に力を込めた。
(侮っているつもりは微塵も無いけれど……。ここで抜刀するわけにはいかない)
イリスは無意識に背負った剣の柄に伸ばしてしまった手に力を込めながら、この後どうするかを考えていた。
この大陸には各国間において守られるべき平和条約が存在している。その条約の中で最も重要なものの一つに「不可侵の掟」がある。
現状で何がその条約に抵触するかと言えば、他国で剣を抜くことだ。
だがこれまでも、ストレアル山脈で海賊達に襲われていたアレク・ミュラーを助ける際にもイリスは剣で応戦している。だが、それと今回は完全に状況が違っているのだ。
前回の場合は、アレク・ミュラーを助けるためだった、という名目がある。相手が襲い掛かってきたので仕方がなく、という正当防衛だったと主張することも出来る。
だが今回は、相手が悪かった。
イリスはサンスタシア帝国の騎士であるため、目の前の老人とその老人を護る人達に剣を向ける行為は、エダルシア王国への叛逆、もしくは宣戦布告と見なされる可能性がある。
そうなったら、サンスタシア帝国は他国を脅かす存在として平和条約の下粛清される対象になってしまうのだ。
(……さて、どうするかな)
相手の正体には見当がついているが、敵か味方かはまだ定かではない。けれど、元々イリスはこの人達と敵対するつもりはない。
しかし相手は話し合いに応じてくれる気はなさそうだ。おそらくは言葉ではなく剣を交えることでイリスの為人を知りその実力を計ろうとしているのだと思われるが、例えそうであったとしてもイリスが抜刀することは出来ない。
けれどどうすべきかを悠長に考えあぐねている暇もなく、眼前で剣を構える剣士達の眼光が鋭く光った。
「行くぞ!」
立ち並ぶ剣士達の中で、その中央に位置していた人物が声を張り上げた。おそらくはこの中で一番の実力者なのだろう。
その声を号令に、横並びのまま一斉に剣士達がイリスに向かって突撃を開始する。陣形を崩さず距離を詰め、イリスを取り囲むつもりなのだろう。
(……で、あれば!)
フラッデルを起動させると、イリスは迷わず真っ直ぐ前を見据えてそのペダルを踏み込んだ。
その視線の先に居るのは勿論、先程号令を発した人物だ。
「!!」
一気に詰められた距離に号令を発していた人物が一瞬怯んで足を止める。その左右にいた剣士達も驚きを隠せなかったようで、走り出していた足を止めていた。
(怪我をさせたくはないけれど、それを考慮してあげられるほどこの人達は弱くない!)
体勢を低くしながら近づいたイリスは、相手が怯んだその隙に懐に潜り込む。
たが相手も手練れだ。直ぐに気を持ち直すと懐に入り込んだイリス目掛けて剣を振り下ろしてきた。
ガキィン、という剣と鞘がぶつかる鈍い音が響く。
イリスは胸の前で鞘を留めているベルトを外すと、剣を抜かずに鞘のままで相手の一撃を受け止めていた。
そうして受け止めた剣をそのまま下から鞘を振り上げることで薙ぎ払うと、イリスは体勢をより低くして地面に片手をつく。地面についた手を軸に空中で相手の方に足を向け横向きの体勢を取ると、イリスはフラッデルの底面を利用してそのまま相手の腹を押した。
「ぐぅっ!」
予想外の攻撃に防御が間に合わず、相手の身体が後方に吹っ飛ぶ。
だが休むことなくイリスは空中で宙返りをして体勢を元に戻しながら、今度はふっ飛ばした相手の両脇にいた剣士達の胴体目掛けて遠心力を使って鞘で切り付けた。
未だ嘗て見たこともない戦法に呆気にとられていた剣士達は何が起こったのかも分からないまま、腹に重い一撃を食らって地面に膝をついて蹲る。
イリスは畳み掛けるように鞘の先端を剣士達に向けると、飛び上がった空中から地面に転がった二人目掛けてフラッデルを加速させた。
「っ!!」
高速で近付いてくる気配に、剣士達は蹲っていた体勢からすぐさま顔を上げた。
だが時すでに遅く、上げた視界に映ったのはこちらに向かって加速して来るイリスと自分達に向けられた鞘の先端だった。
先程イリスからの一撃をまともに食らった身体では思うように動けず、また地面に膝を付いたこの状態では逃げることも攻撃を受け止めることも出来ない。
「!!」
迫りくる鞘の先端に剣士達が思わず目を瞑ると、イリスは鞘の先端の軌道を僅かにずらし、剣士達の脇に真っ直ぐ鞘を突き立てた。
剣士達を攻撃することも出来たが、それをするつもりはないと周囲に知らしめるためだ。
「あ、っ……」
剣士達は己が負けたという事実よりも、全くの想定外の攻撃に驚愕を隠しきれないといった様子で、呆けたように自分達の脇の地面に突き立てられた鞘に収まったままの剣と、イリスを交互に見ていた。
最早膝を付いている剣士達に戦意がない事を確認すると、イリスは地面に突き立てた鞘を引っこ抜き周囲を取り囲んでいる他の剣士達を油断なく睨み付けながらぐるりと見回した。
イリスの視線に、周囲にいた何人かが半歩後ろに下がりイリスとの間に距離を取る。するとその様子を見ていた老人が、愉しそうに笑う声が聴こえた。
「ほほっ。……どうした、お前達はこんなものか?」
愉しそうな声であるにも関わらず、それは僅かに怒気を帯びていてイリスは恐怖を感じ身を引き締めた。
それはイリスの周囲にいた剣士達もそうだったようで、老人の一言でイリスに呑まれていた周囲の雰囲気は霧散し、足を止め後退っていた剣士達の士気を上げた。
「うぉぉぉ!」
近くにいる剣士達がイリスに向かって剣を振り上げ突進してくる。イリスはそれに臆することなく、フラッデルで自身も剣士に向けて突っ込んだ。
「くっ!」
先程よりも相手との距離がないので、あっという間に相手の間合いに入る。
だが一度イリスの動きを見たことで、剣士達も直ぐに対応してきた。イリスの下からの攻撃を警戒しているようで構えが低い。
(それなら!)
イリスは相手の眼の前でくるりと宙返りをし迫ってきていた剣士の上を飛び越えた。
「なっ!!」
「!!」
その場にいた全員が足を止め驚愕に目を見開くのをイリスは目の端に捉えながら、空中でちょうど相手の背中を捉えたところで、イリスは逆さまの状態のまま剣士の無防備な背中に鞘の先端を突き刺した。
「うぐぅ!」
潰れたような声を上げて倒れ込む剣士を目の当たりにし、喫驚していた他の剣士達が我に返る。
「くそっ!」
最早最初の隊形は見る影もなく、一斉にイリス目掛けて残りの剣士達が剣を振りかざしてきていた。
このままでは味方同士の剣で怪我を負う危険性がある。イリスは宙返りの体勢も整わないうちにフラッデルを発進させると、イリスを中心に円を描くように集結してきている剣士達の後方に素早く回り込んだ。
「なっ!」
急に背後を取られた相手は振り向く間もなく、剣を持つ腕にイリスの一撃を受けて剣を取り落とす。間髪入れずに、イリスは振り下ろした一閃からそのまま隣にいた剣士の腕めがけて剣を振り上げた。
「ぐっ!!」
二人が剣を取り落としたところで、再び集団の後方に回り込むように移動して一処に人数が固まらないよう留意しながら立ち回ろうと身体を反転させた時、場を一気に支配する程の鋭い声が周囲に響き渡った。
「そこまでだ!」
低く重厚感のある声が辺り一帯に響き渡る。威厳あるその声音に、剣戟の音や集団が動く足音で満ちていたはずのその場が一瞬で静まり返った。
剣を振り上げていた剣士達が動きを止めて剣を収め、姿勢を正す。
剣士達が剣を収めたのを見て、イリスも静かにフラッデルを地面に着地させるとその機能を停止させた。
そうして声がした方を振り返れば、先程までの柔和な表情から一転、威厳に満ちた鋭い顔付きへと変貌した老人がそこには立っていた。
(やっぱり……ね)
イリスは自身の予想が的中していることを確信し、鞘に収まったままの剣を地面に置くと老人に向かって居住まいを正し深々と頭を下げ騎士の礼をとった。
老人の背後には、いつの間にか青い騎士服を着た騎士達がどこからともなく現れており、老人のその御身を守るべく傍に控えていたのだ。
よく見ると騎士達の後方に、レオンやロイ、ヴォルターの姿も見えた。イリスのことを追いかけてきてくれたのだろうがイリスの元まで来ていないところを見ると、おそらく騎士達に留められていたのだろう。
(青い騎士服は、貿易を象徴する海の蒼と、農業を象徴する空の碧を表している。この青い騎士服に身を包む騎士達に護られているとなれば、あの老人の正体は……)
エダルシア王国のみで採れる特殊な染料で染められたエダルシアブルーの騎士服を身に纏う騎士達。そんな騎士達を纏め上げ率いる人物。
(……エダルシア王国国王、ガルーラ・ファロ・エダルシア)
これだけ距離が離れているにも関わらず、イリスだけを真っ直ぐに見据えながら不敵に嗤うその姿は、先程の穏やかな口調の老人の姿を微塵も感じさせないほどの精悍な顔付きだった。




