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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第七章 南の大国エダルシア
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敵か味方か

今回のお話は、時計塔にいた人物が落下する手前からのイリス側のお話になります。

前話の最後からは、少しだけ前のところから話が始まります。

(お願い、間に合って!)


 街道から遠く離れた場所にある家々からでも見えるようにと建てられたのだろう。近付くと時計塔はかなりの高さがあった。

 

 時計塔は平屋建ての建物の中央に細長い塔が聳えており、その塔の最上部の壁面に時計と、その上に鐘楼が造り付けられていた。塔は細いながらもかなりの高さがある。ここから落ちたのならばまず命は助からない。


 距離が近付いてくるにつれて、イリスの目にも時計塔の上に立っているのがどんな人物なのか視認できるようになってきた。

 時計塔の上にいたのは、金髪の老齢の男性だった。遠くから見た時は白髪のように見えたのだが、よく見ると陽に透けるような美しい金髪だった。短く切り揃えられた金色の髪に同じ色をした髭が、皺の多い顔を彩っている。

 しかし六十代後半くらいの年齢には見えるのだが、顔に皺はあれど鍛え抜かれた身体つきをしており、傍から見ても体幹がしっかりとしているのが分かる。若い時に何かやっていたのだろう。その強さが立っている佇まいからも見て取ることが出来た。


 とても世を儚んで飛び降りようとしているような人物には見えず、イリスの思考が一瞬止まる。

 するとその時、時計塔の上に立っていた老人がイリスの方を振り返った。ここまで来るとフラッデルの出す駆動音がその耳に届いたのだろう。


「あのっ、……」


 遠目からでもこちらを振り返った老人が整った顔立ちをしているのが分かる。何より醸し出している雰囲気がどことなく上品だった。簡素で一般的な民の平服を着ているが、どう見ても平民でないことは一目瞭然だった。 


「……」


 鐘楼を取り囲む壁は四方を半円状にくり抜かれており、その縁に立つ老人は突然空中に現れたイリスを見ても動揺する素振りはなかった。

 自分がフラッデルで近付くことで相手を刺激してしまうかもしれないとイリスは予想していたのだが、目の前の老人は第三者の登場に驚いて急に飛び降りるでも、飛び降りることを躊躇っているわけでもなく余裕の表情だった。

 だが余談は許されない。いつ何が起こるか分からないのだ。

 イリスは老人が自分を見ても飛び降りそうな素振りがないのを見て対話を試みようと、近付くためにペダルを踏み込み速度を速めた。


「っ!!」


 その時だった。何の前触れもなく鐘楼の壁の縁に佇んでいた老人はイリスを一瞥した後、何故かとてもいい笑顔で微笑んでからスッとその身を前に傾けたのだ。

 ゆっくりと傾いた身体は、重力に引っ張られて地面に向けて真っ逆さまに落ちていく。下からは老人が飛び降りたのを見て、多くの悲鳴が甲高い金属音のような音になって響いていた。


 一気に血の気の引いたイリスはすぐさま気を持ち直してフラッデルの先端を下に向け、落ちていく老人を追って急降下する。


(っ、間に合って!)


 フラッデルの先端を掴みながらペダルを限界まで踏み込み、落ちていく老人を追って猛スピードで地面に向けて突っ込んでいく。

 老人が落下して数秒後、塔の真ん中辺りでイリスは老人より下に回り込むことができ、その身体をなんとか受け止めることが出来た。


「くっ!」


 途端に落下の重力と老人の体重の負荷がイリスの腕にかかり、フラッデルが速度を失い老人を抱えたまま下に落下する。イリスはそれに抗うことなく数秒一緒に落下して重力を受け流すと、再びフラッデルが浮力を取り戻したタイミングでフラッデルを空中に向けて発進させた。

 幸い時計塔には高さが十分にあったので、受け止めた勢いを殺すために一緒に少し下降したが下にいた群衆に接近することはなく、無事に老人を安全に救出することが出来た。


「……ふぅ」


 老人を横抱きにした状態で受け止め、安全な状態で止まれることを確認してから空中でホバリング状態に入り、イリスは安堵の息を吐いた。

 念のため下の状態を確認すると下にいた群衆はすでに避難していたようで、老人が落下するであろう地点を中心に円を描くようにぽっかりと人だかりが割れていたので、誰も怪我などしていないようだった。


「……すげぇ!よくやった!!」

「助かったのね!!」


 一瞬の出来事で何が起こったのか分からないでいた群衆だったが、一呼吸置いてやっとイリスが老人を救出したことを理解する。

 次の瞬間、群衆からは怒号にも似た割れんばかりの歓声が上がった。群衆の拍手喝采に、イリスもやっと救出に成功したことを実感する。


「ほほっ、大したもんじゃ」

「っ!大丈夫ですか?」


 不意に腕の中の老人が愉しそうな声を上げたので、イリスは驚いてその顔を覗き込んだ。

 落ちた際に時計塔の壁に接触などしていなかったので怪我はしていないだろうが、あの場にいたという事は何らかの理由があるに違いない。

 けれど見たところ老人は至って快活そうに笑っており、イリスにはこの老人が生を諦め飛び降りようと思う程の大きな理由があるようにはどうしても見えなかった。


「……そうじゃなぁ、とりあえずこの状況は大丈夫ではないかのぅ」


 老人はイリスに向かって声を掛けた後、ゆっくりと視線を下方に移した。その視線に、何を言われているのかを察する。

 先程はぽっかり空いていたイリス達の真下には人だかりができており、人々は歓喜に沸き興奮状態が続いている。このままここに降り立てば、大変な事態になりかねない。


「場所を移しましょう。このまま移動しても大丈夫ですか?」


 状況に気付いてイリスが声を掛ければ、老人は優しげに目を細めた。イリスはついその笑顔に引き込まれ、しげしげと老人の顔を見つめた。

 その目元には多くの皺が刻まれているが、元は切れ長の鋭い目だったことが窺える。今でこそ柔和な笑顔に見えるため親しみやすさを感じるが、若い時は相当な整った顔立ちにこの涼やかな目元だ。おいそれと声など掛けられない程の、近寄り難い御仁だったのではないだろうかと思われた。


「ほほっ、若いお嬢さんにそんなに見つめられると照れるのぅ」

「っ!すみません、不躾でした」


 イリスが謝罪をすると、老人は「構わんよ」と笑みを深める。気を取り直し、イリスは腕に力を込めて老人をしっかりと抱え直した。


「では出発しましょう。ゆっくり移動しますが、何かあれば声をかけて下さい」


 返事は返ってこなかったが、老人は尚もイリスを見つめ優しげに微笑んでいる。それを了承と取り、イリスはフラッデルのペダルを踏み込んだ。


(何?!)


 イリスが移動を始めた瞬間、周囲から多くの気配がザワリと湧き上がったのを感じた。


 イリスはこの感覚に覚えがあった。

 先程この老人が時計塔の上から身を投げようと片足を出した際にも、周囲から多大な気配が膨れ上がり瞬時に場を覆い尽くしたのだ。まあ尤も、その時はイリスもそれどころではなくて気配の先を察することなど出来なかったが、かなりの数の気配があったのだ。


「……」


 先程は老人の救出が最優先だったのでその気配に構う余裕もなかったが、今回は他に気を回す必要がないので湧き上がったこの気配のことが良く分かる。

 視線を周囲に向け気配の出処を探ると、どうやら時計塔をぐるりと囲むように人が配されているようだった。

 先程沸き上がった気配は瞬く間に消え失せてしまったのだが、今回は隠す気がないようでイリス達を追って来ているのが分かる。少なくとも、相当な手練れが十数人はいるようだった。


(このお爺さんを狙っていた?)


 この老人は恐らく平民ではない。いい暮らしをしている人物であれば、それなりに狙われる理由の一つや二つあってもおかしくはない。けれど気配を一瞬で断てるような手練れがこうして十数人も必要なぐらいの人物なのだろうか。この老人が追われる理由が何なのかが、イリスには分からなかった。


「大したもんじゃ、アレに気付くか。奴等もまだまだよのぅ」

「……お知り合い、ですか?」


 どうやら口振りから察するに、イリス達を追って来ている気配の人物達は老人の護衛か何かのようだ。

 イリスが訝しげに訊ねれば、そんなイリスを面白がるように老人は悪戯顔でニコリと嗤った。


「ああ。儂とお前さんを追っておる。街中では迷惑になるじゃろうから、郊外に出ようかの」

「……分かりました」


 老人は相変わらず良い笑顔をで微笑んでいる。これ以上何かを聞いたところで答えてくれるようには見えず、イリスは仕方なくその言葉に従うことにした。

 いずれにせよ、街中で騒動を起こすわけにはいかない。幸いレオン達もイリスを追って来ているのが気配で分かっていたので、このまま上空の目立つところを移動していればレオン達もイリスを見失う事なくついてきてくれるだろうと思われた。


 イリスはフラッデルの先端を東に向けて進路を取る。このまま南に向かっても、エダルシア王都に続く街道沿いはずっとこのまま街並みが続くとヴォルターが言っていた。であれば東か西に進路を取り、住宅街を抜けるしかない。

 見渡せば街の東側には小さいながらも川が流れており、街道沿いに広がる街並みはそこで途切れていた。河川敷なら、何かが起こったとしても収穫を目前にした田畑の作物を巻き込むこともないだろう。

 イリスは迷わず河川敷を目指して飛んだ。


 徐々にフラッデルを加速させるも、腕の中の老人は驚くでも怖がるでもない。風圧や風を切る冷たさに動じたり身体が強張ることもなく、ただ悠然とイリスに抱きかかえられていた。


(フラッデルに……乗り慣れている?)


 フラッデルに初めて乗ったのならば、普通はこうも落ち着いていられるものではない。最初は何の拘束もなく上空高くを高速で駆け抜けることに、誰でも恐怖が勝るものなのだ。だが、それがこの老人にはなかった。

 フラッデルはかなり貴重な乗り物であり、国に数機しかない貴重な乗り物だ。それは国が違っても同じであり、例外はない。


 この事実は、この老人がどんな人物であるかをある程度……というかほぼほぼ確定するものだった。


(それを踏まえた上で……敵か味方か)


 住宅街を抜け、眼下には河川敷が広がり始める。川幅はそれほどないが、河川敷には割と広さがあった。

 川と河川敷を囲むように堤防が小高く積み上げられているのを見るに、今は川の水位が少ない時期だが、多い時にはこの河川敷も川底になることがあるのだろう。


 イリスは適当な場所を見繕うと、フラッデルに緩やかな傾斜をつけながら降下し河川敷の真ん中に降り立った。

 抱きかかえていた老人の足をそっと地面に降ろすと、老人はすっと背筋を伸ばして立ち上がる。


「世話になったのぅ」

「……いえ」


 そうして立ち上がった老人の背後、先程までいた街並みがある方の堤防を振り返ると、もう追い付いてきたようで十数人の人影が立ち並んでいるのが見えた。


「離れてもらえますか?」 


 イリスの言葉に老人が微笑む。


「この数を一人で相手に出来ると?」

「ええ。問題はないです」

「ほほ。勇ましいのぅ」


 追手を真っ直ぐに見据えたままのイリスを横から眺め、老人が愉しそうに笑う。

 

「では老害は、遠くから観戦するとしようか」


 老人は立ち並ぶ追手の方に向けて歩き始める。その後ろ姿を見つめながら、イリスは気を引き締めた。


(やっぱり()()、だよね)


 予想通りの事態に、イリスは背中に手を回すと剣の柄に手を掛けた。


(さて、敵か味方か)


 イリスの元を離れた老人が、堤防を下って来た追手達の目前に辿り着くとそこで足を止めた。

 老人がゆっくりとイリスを振り返る。少しだけ片側の口角を上げて老人が嗤ったのが、離れた場所にいるイリスからでもはっきりと見て取れた。


「行け!」

「「「はっ!!」」」


 老人の良く通る声がイリスの下まで届く。

 その合図を受けて、立ち並んでいた追手達は一斉に帯剣していた剣を抜くと、その剣先をイリスに向けたのだった。






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