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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第七章 南の大国エダルシア
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時計塔での一事

 エダルシア王都を目指して進む一行に大きな問題が起こることもなく、イリスが崖から落ちた一件から十日程が経つと周囲の景色も大分様変わりしてきた。

 ストレアル山脈を越えてエダルシア領に入ったばかりの頃は山肌に添って様々な果樹が植わっており、平野に降りるにつれて辺り一面金色の稲穂が広がっていたが、遠くにエダルシア王都が見える位置まで来るとその風景はすっかり都会と言った様相を呈してきていた。


 それまでは農業大国を体現したかのような農耕地帯ばかりだったものが、今では多くの建物が所狭しと立ち並ぶ街並みになっている。街道に添って建つ家はそのほとんどが何かしらの商いをしており、その店先を覗けば見たこともないような柄の織物や民芸品なども取り扱っていた。貿易によってもたらされた他国の物なども多く出回っているのだろう。流石貿易大国と言ったところだ。

 農業と貿易業で民の働き口が保障され生活も安定しているのだろう。町は活気に満ちており、人々の暮らしぶりを見れば生活が潤っているのが分かった。


「……大きい」


 行く先を見上げれば、街道から少し脇に外れた処に大きな塔が聳え立っているのが見えた。この距離から見てもこれだけ大きく見るのだ。傍で見たらかなりの大きさの塔だろう。

 この塔はどうやら時計塔のようで、街道に面した上部の壁面に大きな時計が造り付けられているのが見えた。イリス達がいるところからはまだ遠く先にあるにもかかわらず、それでも時計の針が何処を指しているのかが分かる程大きな時計塔だった。

 また時計塔の最上部はアーチ状に四方の壁がくり抜かれており、その中には鐘があるのが見えた。それこそ時計の針が見えない遠くの場所に居ても、鐘の音で時間を知ることが出来るように造られているのだろう。


「これから王都まで、ずっとこんな街並みが続くのかしら」


 ふと疑問が口をついて出てしまっただけで誰に向けた言葉という訳でもなかったのだが、イリスの隣を歩くエイミアにはその呟きが聴こえたようで、ニッコリと笑いながらエイミアがイリスの顔を覗き込んできた。


「そうだよー。私も最初に来た時は驚いたんだけど、王都に近付くにつれてどんどん賑わっていくし華やかになっていくよ。それで、この後に綺麗な工芸品の店が……」


 一度ヴォルターと共にエダルシア王都まで行っているので、指を一本立てて説明するエイミアは物知り顔だ。

 尚も続く詳細な説明を耳の端で聴きながら、イリスは真っ直ぐに南に伸びる街道の先を見つめた。

 街並みは街道に沿うような形で縦に長く続いており、街道から東西にだいぶ離れると再び農耕地が広がっているようだが、街道沿いは沢山の家々が立ち並んでいた。


(すごい。こんな街並みがこれから王都までずっと続くんだ)


 イリスの良く知るサンスタシア帝国の帝都も大変栄えた街であり、ロードベルク城を中心に円形状に帝都が形成されているのだが、エダルシア王国はこのように街道に沿って細く長く街並みが続いていくようだ。

 国によって文化や慣習など様々な違いがあるが、街の造り一つとってもこうも違いがあるのかと、イリスは物珍し気に辺りを見回しながら感嘆の溜息を吐いた。


「……だから、何処か素敵なお店があったら買い物しようね!」


 不意にエイミアがイリスの手を取り、両手で包み込みながら満面の笑顔を見せた。

 

「え……えぇ」


 話の途中で考え事をしてしまっていたが、エイミアはどうやらイリスに何かを打診していたらしい。咄嗟に返事をしてしまったがそれを了承と取ったようで、エイミアは満足そうに微笑むと足取りも軽く前を行くリュカに報告に行ってしまった。

 すでに決定事項と言わんばかりに愉しそうに店先を覗き込みながらリュカの隣を歩くエイミアの後ろ姿を見ていると、聞いていなかったとは言いにくくイリスは眉根を下げた。


(……まぁ、買い物をしようっていう話の続きみたいだから、大丈夫かな)


 短く息を吐き出し気持ちを切り替えていると、突然前方から甲高い悲鳴が聴こえた。


「きゃぁぁぁー!!」

「時計塔にっ!!」

「!」


 前方の騒然とした雰囲気に一気に緊張が走る。見ると、街道にいる人々が全員足を止めて遠くに聳え立つ時計塔を見上げたり指差したりしていた。 

 人々の視線に促されるように、イリスも時計塔を見上げる。すると時計塔の最上部の鐘楼の処に、何かがいるのがこの位置からでも見て取れた。


「……っ!」


 鐘楼のアーチ状にくり抜かれた壁の処にいたのは、人影だった。白髪で身長はそれ程高くないことが分かるが、この位置からではそれ以上の詳細は分からない。

 アーチ状の壁の縁辺りにその人物は立っているようで、体勢を崩したら今にも真っ逆さまに落ちてしまいそうな状態だった。


「ッ、イリス!!」


 そこからのイリスの行動は早かった。

 前方にいたリュカが物音に気付いて後ろを振り返った時には、イリスは背負ったフラッデルのベルトに手を掛け地面にフラッデルを落としていた。そして地面に落ちたフラッデルに足を乗せるやいなや起動し、地面を蹴っていたのだ。

 リュカが呼び止めた時にはすでにイリスが上空に飛び立った後だったくらい、それは瞬く間の出来事だった。最前列と最後尾にいたレオンとロイが止める間などあるはずもなく、最早イリスの姿は遥か上空だった。


「……」


 飛び立ったイリスの後ろ姿を見つめていたレオンは、半ば諦めた様に一つ溜息を吐くとそのまま時計塔に向かって走り出した。


「おい!レオン!!」


 後方で状況が呑み込めずリュカが叫んでいたが、レオンは構うことなく走った。


 今回のことはイリスの性格からすれば当然の行動だ。サンスタシア帝国での騎士時代から見慣れた光景である。

 イリスは困っている人を放ってはおけないのだ。それはエイミアを助けた時と同じく、どんな時であっても自分の身の安全よりも他人の人命を最優先にしてしまう。それを止めさせようとすることはもう諦めているし、そんなイリスを助け支えながらイリス自身の身を護ってやる事が自分の役割だとレオンは考えていた。


「心配しなくても、きっと間に合うよ」


 レオンが走り出すと、直ぐにロイが追い付いてきた。

 飛び降りようとしている人物を助けることなど、イリスには容易い。だが、間に合わず助けることが出来なかった場合のイリスの心情の方が心配だった。

 並走するロイは大丈夫だと言い聞かせるように力強く微笑む。だが時計塔はかなりの高さがあるとはいえ、人が転落すれば地面までは一瞬だ。距離的には間に合うか微妙なラインだった。

 

 脇道に入り、空を見上げて時計塔の位置を確認しながらレオンとロイがひた走る。すぐ後ろにはヴォルターがついてきているようだったが、リュカとエイミアの姿はなかった。走って追いかけていたとしても、騎士の脚力には追いつけないのだろう。


 時計塔の周囲には人だかりができているようで、前方には人垣ができているのが遠くに見えた。群衆は一様に上を見上げ、何かを騒いでいるようだった。


「きゃあぁぁー!!」

「やめろぉー!!」


 その時、時計塔の下にいる人々から悲鳴と怒声が上がる。言葉として認識できないような声が辺りを覆い尽くし、その場は騒然となった。


「うあぁぁ」

「きゃあぁぁ」


 視線を上げたレオンの目に、空中を飛ぶイリスの後ろ姿の直ぐ目の前で、今まさに時計塔から転落しようとしている人物の姿が映った。


(っ!……なんだ?!)


 危機を目の前にして息を呑んだその時、一瞬鋭い気配が一気にブワッと膨れ上がり、レオンは即座に足を止めて後方を振り返った。

 隣と後ろでは同じく足を止めたロイとヴォルターが油断なく周囲を見回している。レオンが今し方感じた不穏な気配を同じく察知したのだろう。レオンも警戒心を強め周囲をぐるりと見回すが、先程一瞬湧き上がった気配は跡形もなく消え去っていた。


(なんだ?見張られている?)


 それは例えて言うならば、隠していた気配が一気に解き放たれた様な、そんな気配だった。それも一人や二人ではない。一瞬すぎて正確には分からなかったが、かなりの人数の気配だった。


 訝しげに周囲を見回すも、もう気配の跡形も残っていない。先程までのように綺麗に気配と存在を隠しているようで、その末端を掴むことすら出来なかった。

 周囲を訝し気に睨んでいると、同じ様に周囲を見回していたロイが険しい顔付きで声を掛けてきた。


「レオン」


 呼び掛けに振り返る。ロイは鋭い視線でこちらを睨んでいた。その視線だけで、何を言わんとしているのかが分かった。


「殺気は感じないが嫌な予感がする。行こう」


 こちらを一瞥もせずに、ヴォルターが周囲を警戒したまま告げる。ヴォルターに指示される事に対してレオンは若干不満を感じたが、今はそれどころではない。

 ヴォルターの言うように、取り囲むようにあった気配は殺気を放ってはいなかったが、イリスを狙っている事だけは確かだろう。そうなれば、時計塔の上に居た人物も囮である可能性が高い。


「行くぞっ」


 漸く三人に追いついてきたリュカとエイミアが遥か後方を走っているのを視界の端に捉え、レオンが大声で告げると後ろを気にせず再び走り始めた。

 時計塔から人が飛び降りたのがこの路地からでも見えて慌てふためいていたリュカとエイミアは、状況が全く呑み込めないのに何の説明もないまま再び走り出したレオン達に戸惑う。


「え、行くって?え?!」


 理由も分からず、走り出した三人にリュカが声を掛けるがもう誰も振り返ることはない。三人は目の前の時計塔には向かわず、脇の路地に入っていく。何処か目的地があるようだ。


 しかし、こうなるとリュカでも状況を察することができた。三人はイリスの身に何かが起きることを警戒しているのだ。もしかしたら、もう何かが起こっているのかもしれない。

 リュカには人助けの為にイリスが飛び立ったようにしか見えなかったが、あの三人が慌てて後を追うということは、何かがあるのだろう。


「俺達も行こう」


 肩で息をしながら理由も分からずに走らされて憤慨しているエイミアに声を掛け、リュカも走り出す。イリスに危険が及ぶのなら、何としても助けてやりたいのはリュカも同じだ。


「ちょ、何なのよ!もう!!」


 後ろでエイミアが喚いているが、放っておいてもついて来るだろうとリュカは三人を追って走った。脇道に入られてしまったので、姿を見失ったらリュカには探しようがないのだ。


 そこでふと、イリスが崖から落ちた時にレオンから掛けられた言葉がリュカの脳裏を掠めた。


 ――じゃあお前は、落ちたのがあのエイミアって女でも崖に飛び込んだのか。


(……そりゃ、助ける、だろ……?)


 この問いについて答えを出そうとするといつも考えが纏まらないのは何故なのか。

 リュカの後方では、尚も何かを喚きながらエイミアが走って付いてきている。放っておいてもいずれ追いついて来るだろうが、現状置いていかれてエイミアが困っていることは確かだ。けれどリュカは今、エイミアに手を差し伸べていない。


 それは、イリスの方が命の危険があるからだろうか?そうかもしれない。あの手練れの三人が血相を変えてイリスの元へと駆け出したのだ、只事でないことだけはリュカにでも分かる。

 けれどそれこそあの三人が付いているのだ。そうそう危険な目にも遭わない気がするし、もし何らかの危険があるのならば自分が行く方が足手纏いまであるだろう。


(じゃあなんで、俺はイリスの元に向かっているんだ?)


 イリスを助けたい。それは疑いようのない事実だが、その想いがいったいどこから来ているのか分からずモヤモヤしたものが頭の中を埋め尽くしている。だが今はそんな時ではないと頭を振って、余計な思考を遮った。


 気を取り直し、視線を前を行く三人に戻す。

 時計塔から人が落ちた時に、イリスがそれを助けようと急降下したところまではここからでもはっきりと見えた。だがその後どうなったのかは、立ち並ぶ家々が邪魔をしてこの位置からでは確認できなかったのだ。

 

(どうかイリスも落ちた人も、無事であって欲しい)


 祈るような気持で前方を見据え、リュカはただひたすら前を行く三人を追いかけて走った。





 

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