閑話 それぞれの胸中 2
今回のお話は、イリスが過呼吸で倒れた直後のロイ視点のお話です。
(あーあ、イリスを見守るために見張りを申し出といて、離れてどうすんだよ)
売り言葉に買い言葉で上手い事ヴォルターの掌で転がされた挙句、啖呵を切ってこの場を離れて行くレオンの背中に深い溜息を吐いた。
イリスが倒れたことでレオンは完全に気が動転してしまっていた。本人はそれを表に出していないつもりだろうが、長年一緒にいた身としてはその動揺は手に取るように分かる。
ついさっきも、見張りは一人でいいと言われて直ぐに上手い返しが出来ないでいたくらいだ。いつものレオンらしくない。
そんなレオンの体たらくに呆れつつヴォルターの言葉に焦りながらも、内心の動揺は綺麗に隠しながらそれっぽい言い訳を並べ立てた。実際イリスの顔色は良くないし、全くの嘘という訳でもないからいいだろう。
ヴォルターが革命軍を取り仕切っている人物だというリュカのお墨付きがあったとしても、自分としては今日出会ったばかりの人物にイリスを任せて身体を休めるなんて選択肢は無かった。
言い方は悪いが、寝首を掻かれることだって想定出来る状況だ。
普段ならレオンだって、そうした事態を想定して冷静に相手に対応していただろうが、今日は完全に冷静さを欠いて相手の言葉に言いくるめられそうになっていた。
(本当に大丈夫か?ちょっと落ち着けって)
離れた所にある木立の処までくると、適当な木の幹に背中を預けて凭れ掛かったレオンを見てさらに深い溜息を吐く。
(冷静に考えてみろよ。この距離で二人見張りが立つなんて完全におかしいからな?二人で立つ程警戒しなければならない場所でもないし、何より二人で立つならもっと離れなきゃ意味がないからな?離れたら離れたでイリスの様子が分からないから離れてもらいたくはないが、ならこんな微妙な距離を開けずに何と言われようとこの場にいれば良かったんだよ!)
止まらない愚痴を心の中でだけ溢す。
だがこうなってしまったものは最早仕方がない。レオンも後悔していることはその様子から十分伝わってきている。こうなったら寝た振りをしながら自分が傍でイリスを見守るしかなかった。
あんな感じではレオンは暫く何を言っても聞く耳を持たない。行動に移してしまった以上、後には引けないのだ。
隣ではリュカがどうすべきかと戸惑っていたので、視線を向けて肩を竦めて見せてから軽く首を横に振った。今は誰が何を言っても無駄だ。
リュカは基本的には鈍くて愚直で、だからこそ分からないことや思ったことを直ぐ言葉にしてしまう奴だが、この旅を経て共有する時間も増えたことで、今では相手が何を思っているかを察することが出来るようになってきている。
首を振ったことで、放っておけという真意を理解したのだろう。それ以上は何も言わなかった。
(さて……)
息を一つ吐いて、レオンの様子を窺っているもう一人の人物に向き直る。
自分達よりも二回りは年上であろうこの人物は、屈強な体躯に隙のない仕草、強者の気配を醸し出している。革命軍を取り纏める程の人物であり、元ウィレンツィア王国の騎士なのだ、それなりの実力を持ち合わせているのだろう。
だが自分達とて、若輩者とは言えサンスタシア帝国の精鋭に他ならない。強さの面で決して引けは取らない。
そう自分に言い聞かせ、臆することなく話しかけた。
「あいつのこと、申し訳ありません。……普段はとても冷静沈着な奴なんですけどね。周囲の事を気遣える、頼れる存在なんです」
ヴォルターはレオンから視線を外すと、ゆっくりとこちらを振り返った。その顔に怪訝さや威圧的な感じは見受けられず、憂うようなもの言いたげな表情をしていた。
どこかアイザック隊長を彷彿とさせる表情と佇まいに、一瞬懐かしさのようなものを感じた。
「それは見ていれば分かるよ。だが……彼は何でも一人で抱え込む性質なんじゃないかな。責任感がある事自体は決して悪い事だとは思わないが、周りの人の意見を聞くとか、頼るとか、そういうことも彼は学んだ方がいい」
ヴォルターの言葉に目を瞠る。何か言われたら言い返そうと意気込んで開けていた口は言葉を紡ぐことが出来ず、ただぐっと引き結ばれた。きっと自分は間抜けな顔をしていた事だろう。
(……やっぱりか。この人わざとレオンを煽ったのか)
おそらくレオン自身が知らずに抱えている重責という名の枷を、この人は直ぐに感じ取ったのだろう。自分から見てもレオンはその真面目さや責任感から全てを背負い込み、人を頼ることなくその全てを一人で全うしようとするが故の危うさがある。
自分とレオンの間柄でどちらが上だとかいう事はないのだが、レオンは根っからのリーダー気質で皆を纏め護ろうとするところがあるのだ。
それを別に嫌だと思ってもいないから従うし、自分の役割はそんなレオンが一人で抱え込んで潰れないようにすることだとすら思っている。
自分のことを頼りにして貰っても一向に構わないのだが、レオンの根っこの部分がそれを望んでいないのが分かる。人に頼るという事が苦手な奴なのだ。だから自分はレオンを支えていく道を選んだ。レオンの助けになれるように動く、そうやって今までずっとやってきていた。
しかし、そんなレオンの一番脆い部分をあっさりと今日出会ったばかりの人物に見抜かれるぐらい、今のレオンの状態は危うかったのだなと、気付いてやれなかったことを反省した。
(レオンはイリスが絡むと、周りが見えなくなるからなぁ)
イリス自身も、倒れ込んでしまうぐらい抱えているものが大きくなってきている。これから記憶が戻ってくるにつれて、更にそうしたことで心身が悲鳴を上げる回数は増えるだろう。
それを隣で見ていくレオンも、正常な判断が下せるとは到底思えなかった。自分がもっとしっかりしないといけないだろう。
「まあでも、彼も今回のことで気付いたことも思うところもあるだろう。人は一人では生きていけない。君がこれからも彼を支えてやるといい」
「……無論、そのつもりです」
何でもない風を装って即答するが、内心は吃驚し口から心臓が飛び出しそうだった。この人相手の心が読めるのか?と訝し気に見返してしまったほどだ。
「先程も言った通り、見張りには私が就く。彼も見張っていることだし、殿下のことは任せてもらって大丈夫だ。……そうは言っても、殿下がこの状態では君も心配で眠れはしないだろうが、少しでも身体を休めるといい」
そう促されれば、従う他はない。仕方がなく、リュカと二人焚火を囲むようにしてイリスの脇に寝転んだ。
(眠れないだろうと分かっていても、身体を休められるようにという提案だったんだな)
ヴォルターの真意を聞いて、一人納得する。
この人もレオンと同じで言葉が足らない人なのかもしれない。きっと不器用で上手く言葉にできないだけで勘違いされることも多いだろうが、根は優しい人なのだろう。
そんなことを考えながら横になっていたのだが、隣からリュカの寝息が聴こえてきて耳を疑った。
(こいつ本当に大物だな。いや、何も考えてないだけか?)
毎日慣れない剣の訓練のために朝早くから動いているのだから身体は疲れていると思うが、それでも豪胆だなと思わなくもない。
リュカの様子に溜息を一つ吐いてから、仕方がなく自分も仮眠をとることにした。こうして皆で起きていても、何も良い結果を産まない。明日の体調に影響を及ぼすだけだ。
ならば今自分が仮眠をとっておいて、数時間後にレオンと見張りを交代してあいつも少し休ませてやった方が、明日以降の体調に響かないだろう。
「……」
目を閉じる前に、そっと視線だけを動かしてイリスの様子を見遣る。イリスは相変わらず、静かに規則正しい寝息を立てていた。
一度倒れる姿を見てしまうと、イリスがいつも通りの笑顔を見せるまでは大丈夫だと決して思えないが、先程よりもその顔色が良いことに少しだけ安堵する。
レオン程ではないが、自分だってイリスのことは大切に思っている。騎士団という男性社会の中にあって、女性である上にアイザック隊長の子供という完全なるハンデを背負って入隊してきたイリスは、当然のように心無い野次や陰口、不当な対応をされることは日常茶飯事だった。
それでもイリスはそのどれにも屈することはなく、鍛錬に明け暮れていた。そのひたむきに取り組む姿勢に、いつしか心を動かされていた。
いつだったか、『辛くないの?』とイリスに訊ねたことがある。イリスは質問に対して不思議そうに首を傾げた後、真っ直ぐな瞳で答えた。
『私が女なのも隊長の子供なのも本当のことなので、そのことを言われることは別に辛い事ではないです。それに私に実力が伴っていれば、野次や陰口などは言われないことですから。私の力不足です』
確かにそうかもしれないけれど、相手を恨むことなく真っ直ぐに事実として受け止めるイリスに、自分にはないものを感じてとても眩しかった。
それから出来るだけ、自分はイリスと行動を共にするようになった。それまでもイリスの隣には常にレオンがいて護っていたけれど、レオンと共に出来るだけイリスを傷付ける心無いものから彼女を護りたいと思った。
しかしそんな浅はかな思いなど不要とばかりに、イリスは傍目に見ても分かる程めきめきと頭角を現した。更にフラッデルを使うようになると、その才能は一気に花開く。
それだって、イリスが女性としてどうしても男性に劣る腕力やリーチなどを補う為に、フラッデルを使っての戦闘訓練をそれこそ血の滲むような努力で続けた結果なのだ。
騎士として他の追随を許さない程の実力を手に入れたイリスは、真実自身の力で他を黙らせた。
だが助けなど必要なくなったとしても、自分はイリスの隣に居続けることを決めた。
この眩しくて真っ直ぐな彼女をどこまでも支えていきたいと思ったからだ。ついでに、融通がきかなくて頑固で頼れる幼馴染の、どうにももどかしい恋も隣で見守っていこうと思ったというのもある。
そう、面白がっている訳ではない。決して。
「っ!」
そんな事を考えていると、イリスが僅かに身動ぎしたのを背中越しに気配で感じた。
思わず寝返りをうつ振りをして確認しようとしたが、それよりも早くヴォルターが動いたのを察して踏み留まる。
イリスとヴォルターは、ウィレンツィア王国の王女と王国の元騎士として、二人で話し合う時間が必要なはずだ。この先に待ち受けるもっと過酷な真実を受入れるためにも、ここを乗り越えていかなければならない。
本当ならばイリスの体調を確認したいのをぐっと堪えて、身動きをせずに寝た振りを続ける。
その時視界の端で、イリスが起きたことに気付いたレオンがこちらに向かって動き出そうとしているのを捉えた。
「……」
それを視線で制する。睨みつけるように見ていれば、レオンが視線に気付いてそこで動きを止めた。
どうやら意図は正しくレオンに伝わったようで、レオンは悔しそうに顔を歪めながらも拳を握りしめ、その場に踏み留まっている。
そんな自分とレオンの無言のやり取りの間も、イリスとヴォルターの会話は続いていた。それを盗み聞きながら、言葉には言い表しがたい寂しさに襲われる。
イリスは今まで、何となく流されてここまで来ていた。決意がなかったわけではないが、主体性に欠けていた。だが今ヴォルターとの会話を経て、何かをはっきりと自覚したようだ。
「……」
何というか、サンスタシアの騎士として過ごしていたイリスが途端にウィレンツィアの王女へと変わってしまったような、そんな感じがして一抹の寂しさを感じずにはいられなかったのだ。
(もう少し……このままでも良かったんだけどな)
素直で優しいイリスと、そのイリスを温かな眼差しで見つめる真面目で責任感の強いレオンと一緒に居るのが好きだった。
だがイリスが徐々に記憶を取り戻すにつれて、これからは少しずつ、三人の関係も何かが変わっていくのだろう。
「……」
そこまで考えてから、声を殺して自嘲気味に笑う。
例えイリスがウィレンツィア王国の王女だったとしても、自分もレオンもやるべきことは何ら変わりはないのだ。隣でイリスを護る。そのことに他ならない。
ならばこれからも全力で、イリスを護るだけだ。そう心に誓う。
これから真実を知るにつれて益々苦しむであろうイリスを、全身全霊をかけて護り抜く。
自分に課せられたこの旅の目的は、当初も今も何一つ、変わりはないのだから。
これにて第六章の閑話も終了です。
次から第七章に入ります。どうにも体調が戻らなくて、GWで仕事は休みなのですが毎日更新は出来なさそうです……。それでも一日置きくらいには何とか更新したいと思いますので、今後もどうぞよろしくお願いします。




