第三節 : ヒモとニート
第三節 : ヒモとニート
「一体いつまで引き籠っているつもりですか。いい加減少しは働きなさい。」
「ヤダ・・・ニンゲンコワイ、オカネコワイ・・・」
エナンが館に帰ると最近恒例となってしまったアルテとミュリッタの一幕が展開されていた。
事の発端はといえばすべてミュリッタのせいなのだが、今ではミュリッタの存在を知らぬ者はカエルラには居ないといっても過言ではなく『大富豪魔導ミュリッタ様』と陰では呼ばれるような事態となっていた。
それもこれも、事あるごとに大金をばら撒いた結果なのだがその元手はアルテからの借金だった。結果、莫大な借金を背負い込んだミュリッタは街を歩けば金目当ての商人やら聖職者やら自称団体職員やらに取り囲まれてしまう事になったのだった。
赤竜亭にまで押しかけて来た連中は警備と称しておやっさんと銀翼達が追い払ってくれているが、そんな訳でただでさえ人前に出るのが嫌いなミュリッタは完全な引籠りとなったのである。
「エナン~、この大年増がいじめる。」
「・・・・・この借金ばかり増やすこまっしゃくれニート大魔導がよくも言いますね。」
「あはは、アルテさんミュリッタちゃんは大恩人だから今は勘弁してあげて。」
「そうよそうよ、エナンだって大して私と変わらないじゃない。」
「うっ・・・!!」
いや、自覚はあるんですけどね。現状、ミュリッタがニートならエナンはアルテに養ってもらっているただのヒモである。
「何を言っているんですか。エナン様はこの館の主、すべてはエナン様の物なのですから自由にお使いになられて構いません。」
ありがとうアルテさん、その優しさに感謝です・・・心が痛むけど。
こんな感じのミュリッタとアルテだが、実際のところ今ではかなり仲が良い。
血筋で言うならミュリッタの大先輩、魔導師としてもミュリッタに肩を並べるアルテはミュリッタに対して何の恐れも抱いていない。それはミュリッタにとっては数少ない貴重な存在だった。
そんな存在はエナンを除けばフォルセリアとティモ、そして伯爵くらいしかいない。面倒見が良く小言は言うけれど結局ミュリッタを甘やかしてしまうアルテはミュリッタにとっても居心地の良い女主人であった。
アルテとしても数千年の間寂しい思いをしてきた記憶が消えた訳ではない。手間のかかる生意気な妹のようなミュリッタが増えた事に喜びを感じていないと言えば嘘になる。最初こそ互いにエナンを廻って感情的になったりもしたが、過ぎてしまえばそれも思い出になるような事でしかなかった。
「と、とりあえず仕事にしましょうか・・・宿屋の図面が出来たから見てもらっていい?」
エナンが持ってきた資料を机の上に拡げようとするとミュリッタがそれを止める。
「拡げなくていいわよ、そのままで読めるから。」
「いや、それだと俺が読めないから・・・。」
「もういい加減に波動の読み方くらいマスターしなさいよ。時間がもったいないじゃない。」
「うーん、練習はしてはいるんだけどやっぱり魔力が上手く出せなくてね。」
相変わらず魔法関係はからっきしのエナンも色々と努力はしているのだが、いまだに自分の為にはまったく魔法らしいものは使えない状態だった。
アルテもミュリッタもそれが大きな力を持ちすぎるが故にエナンの中にいる何かがそれを押し留めているのだという事はすでに察しているのだが、それでもやっぱりエナンには強くなって欲しいと思ってしまう二人であった。
ちなみにラブダちゃんはエナン様全肯定派なので『今のエナンのままが一番好き』と言ってくれる癒し系枠である。
「前途多難ね。こうなったらもっと別の切り口で試してみるしかないかしら。」
「何かいい方法あるの?」
「エンチャントなら普通に出来るんでしょ?」
「普通に出来るわけじゃないけど・・・作ってあげたい相手の顔がちゃんと思い浮かべば何とかなる?みたいな感じ。」
「結局他人の為なら力が出せるのよね。でも昔は自分の為に作った物にもちゃんとエンチャントできてたんでしょ? その糸みたいに。」
「そういわれると確かに・・・昔は自分で作った物にわりと普通にエンチャント出来てたかも。」
物を作るのは楽しい。夢中になって没頭していたらいつの間にか魔力が宿っていた。昔はそんな感じでエンチャントができていたような気がする。いつからそんな気持ちで物を作れなくなってしまったのだろう。作る機会を得ることが出来ないうちに心まで錆びついてしまったのかと思うと悲しい。
「修行・・・今更だけどしてみるかな。」ぼそっとエナンは呟いた。
その言葉を聞いて跳びあがったのがアルテだった。
「それは素晴らしい名案ですわ!! エナン様なら希代の魔力付与師になる事間違いありませんもの。すぐに工房を用意いたしますね!」
そう言うとアルテはぐうたらしているミュリッタの首根っこをつかんで持ち上げる。
「ぎゃー!!」
「あなたも手伝いなさい! その位は出来るでしょ?」
「え~、おやつはシュークリームがいい・・・」
「・・・・・分かりました、作ってあげますから手伝いなさい!」
そういうとそのままミュリッタを引き摺ってアルテは部屋を飛び出していった。
「あの・・・図面の感想は・・・?」そして部屋にはエナンが一人取り残されたのだった。
その頃ティモはフォルセリアと共にティモの育った孤児院跡の廃墟にいた。
アルゲも当然のようにフォルセリアに同行していた。彼女から言わせれば『フォルセリアは人が良すぎるから街中にいる時が一番心配』なのだそうである。
邪神討伐の謝礼としてフォルセリアに下賜された区画は孤児院跡のみならずその周辺の建物跡も含むかなりの範囲に及んでいた。区画には通る街路も含まれており、その面積はちょっとした小さな街が出来そうな広さであった。これは実質的にフォルセリアが王国内に領地を貰った事と同義であった。
真実の神の聖人であるフォルセリアは神の御子であり一国の王の臣下として扱うような訳にもいかなかったので爵位などは見送られたが、これは実質的には王国における貴族と同等以上の存在として遇されているという事を象徴的に示したものでもあった。
代わりにという訳ではないのだが、この区画の領主として新たに貴族として叙爵されたのがティモである。土地の所有者というだけでは領民として領主の命に従わなければならない、さりとて貴族として領主にする事は出来ないというジレンマの解決策として、この区画の領主としてフォルセリアの代理人である彼女を任命する事でフォルセリアに政治的な軋轢が及ばぬように配慮した結果でもあった。
誰の目から見てもティモがフォルセリアと同等の神力を持つ聖女である事は先の戦いでの働きを見ればもはや疑う余地はなかった。
邪神との闘いで味方に人的被害が出なかったのはひとえにティモとミュリッタのおかげでありその功績は甚大であったので王国としても彼女を味方にしたいと考えるのは当然の事でもあり、そして何よりティモがこの国の貴族であったシスターヘケティアの養女であった事がカエルラの複数の市民の証言と残されていた記録により証明された事によって、渡りに船とばかりに王国はティモをシスターヘケティアの正統な後継者である王国貴族として認知したのであった。
そしてそれはこの地で活動する予定のティモにとっても悪くない話であったので彼女はそれを受け入れたのである。
曰く、『面倒くさくなったらさっさと他の人に譲ってしまえばいいだけですから』だそうである。
「さてどうするかね、領主様?」
「あのね、フォルセリア。その呼び方いい加減やめません?」
「いいじゃないか、まんざらでも無さそうだし。大体ティモが恥ずかしがるなんて面白いじゃないか。」
「そうですか・・・今日はこき使ってやるから覚悟してくださいね。」
そう言うとティモは目の前にあった巨大な瓦礫を持ち上げて歩き始めた。フォルセリアも同じように瓦礫を担ぐとその後に続く。
「まったく、そんな細腕でどうやったらそんな馬鹿力が出るんだか。」
「私に言わせると素の筋肉だけでそんな事ができる貴女のほうがおかしいと思うんですけど?」
「魔法ってのは便利だねぇ。私もここにいる間に少し習ってみるか。」
「いいと思いますよ。一応魔力もあるみたいですし、なんで今まで使ってなかったんですか。」
「なんでって? 別に筋肉鍛えれば何とかなっていたしな。」
「これだから脳筋は・・・。」
とりあえず今は瓦礫の撤去と敷地の清掃である。清掃といっても草木もまばらなこの廃墟ではゴミなどほとんどない。転がっているのは動物の死骸くらいである・・・人間も含めて。
まだ形を保っている建物跡は再建するか解体するかの目途を中まで調べながらつけていく。まだ全体の構想もまとまっていないのでとりあえず使えそうなものは残していく方針だ。
どちらにしても人手が無い状態では手に余る。資金はあるが今はカエルラの使える人手はほぼ全て公共事業に駆り出されている最中である。とりあえず孤児院だけでも使えるように修復したいのだが資材の手配もままならないのが実情である。
「ミュリッタが手伝ってくれれば楽なんだけどねぇ・・・」フォルセリアも同じ事を考えていたようだ。
実のところティモもフォルセリアもミュリッタの現状をかなり深刻に受けとめていた。
根は純粋なミュリッタが人間の汚い部分を見せられ過ぎて彼女がこの世界を嫌いになってしまわないで欲しいと願わずにはいられない。
「まあ・・・今日は帰りに街に寄って甘いものでも買って帰ってやろうかね。」
「それならワッフルにしましょう。」
「まったく、このワッフルモンスターは。あれは焼きたてじゃなきゃ美味しくないだろ。」
「自分で焼くに決まってるじゃないですか。街まで遠回りしてる暇なんてありませんよ?」
「容赦ないねぇ・・・。」
適当な空き地の隅に大きさや形を分けて瓦礫が積み上げてあった。その上に手に持った瓦礫を置くと二人は一息ついた。
「春までに終わる気がしないねぇ。」
「春になったらやっぱり南方に戻るんですか?」
「戻るってほどじゃないさ。本当に資金を渡して昔馴染みの様子を見てくるだけだって。」
「今のミュリッタちゃんの状態を思うと・・・傍にいてあげて欲しいんですけどね。」
「それよりも私はミュリッタも連れて行った方が良い気がするんだがね?」
「それはそうなんですけど、本人が嫌と言ってるのではどうしようもないでしょう。」
「いや、そうでもないと思うぞ? 要はエナンの兄さんを連れていけばミュリッタも付いて来るんじゃないかと私は思っているんだが。」
確かに気晴らしに旅行というのも悪くないとは思うのだが。
だけどエナンを連れ出そうなんてしたら絶対泣き出す女が何人も出てくるに決まってる。それを振り切れるようなエナンでは無い事は先刻承知なので頭が痛いのである。
『どうせなら全員でバカンスにでも行く事にしませんか・・・あ、これちょっと名案かも。』
そんな事を考えるティモであった。




