第四節 : 魔性の殺戮者
第四節 : 魔性の殺戮者
「寒いっ! 寒い寒い寒い寒いっ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ~!!!」どうしようも無く運の悪い男、シガノーの悲鳴が灰色の吹雪の中へと吸い込まれていく。
「喚いてないでさっさと法囲を張れって! このスカポンタン!!」
「張ってるっつ~の!! 俺の魔力じゃこんなの防ぎきれるかよ!!」
まだ冬も序盤、山岳街道越えくらいまだ大丈夫だろうとたかをくくって足を踏み入れたのが運の尽き。急変する山の天気から盛大な歓迎を受けて泣きっ面の魔術師シガノーとその相棒は猛吹雪の中で身動きがとれなくなっていた。
「てめぇのへっぽこ魔力なんぞに今更期待なんぞするか! 石持ってるんだからさっさと使えって!!」
いつもは寡黙な相棒の男も今は饒舌である。事態はそれくらい切迫しているという事だった。
「くそぅ・・・あれは切り札なんだけどなぁ。」
「馬鹿か!! 仇討ちに行くのに途中で死んでりゃ世話ないだろうが!! 四の五の言わずにさっさと使えって言ってんだよ!」
「わ~ったよ!! くそぅ・・・手がかじかんで感覚が・・・あぁ~~~っつ!!!!」
「おい! どうした!?」
「やばい!! 雪の中に落とした!! どこだっ! 何処だ何処だ何処だ何処だぁ~~っ!!」
「何やってんだよこのボケナス!! 目で探すな!魔術師なら魔力を辿れっての!!」
「ふぅ・・・死ぬかと思ったぜ。」
「・・・お前の手際の悪さのおかげでな。」シガノーがあの魔晶石の力を使って強力な法囲を展開すると雪と冷気が遮断されようやく一息つく事が出来た。
「勘弁しろって。さすがは俺の相棒、的確な指示を有難うだぜ。」
「いや、それ以前に魔術師のお前が気付けよ・・・透明の結晶落としたって雪かき混ぜてどうすんだよ。」
「いや~やばかったな。この雪じゃ足跡すらあっという間に消えるからな。ちっこい石なんぞ秒で埋もれたぜ。魔力で位置が分からなかったらマジで見失ってたな・・・って、あれ?」
シガノーが怪訝な顔をして視線を泳がせた。寡黙な相棒はすぐにそれが他の魔力の気配を感じ取ったのだという事を理解する。反射的に腰の短剣を抜くと周囲を警戒しつつ身構えていた。
「・・・見られてるのか?」
「いや・・・そんな感じじゃねぇ。ごく弱いもんだがすぐ近くに魔力を放つなんかがあるな。」
「すぐ近くかよ・・・。」
「ああ、なんかの魔道具かもな・・・落とし物か? あそこらへんか・・・・ごへっ!!!」
ふらふらと法囲の外に出ていこうとしたシガノーの襟首を相棒がひっつかまえて思いっきり引き戻す。勢い余って尻もちを付いたシガノーに相棒の罵声が飛んだ。
「さっき死にかけたのをもう忘れたのかこの鶏頭!! 吹雪が止んでからにしろっての!!」
「ゲホゲホ・・・クソが! すこしは手加減しやがれ!!」
二人だけの時は何時もこんな感じのシガノーとその相棒であった。
吹雪は半日以上吹き荒れた。
シガノーにしてみればいつ魔晶石の魔力が尽きるかとひやひやで胃が痛くなる思いであったが、夜が明ける頃には吹雪は次第に弱まりそして雲の切れ目から朝日の姿を見る事が出来るまで、魔晶石の力はまるで揺らぐ事なくシガノー達を守り続けてくれたのだった。
積雪は人の背丈ほどの高さに達し法囲で守られた畳一枚分ほどの空間の外には雪の壁が出来ていた。
「特級魔石は半端ねぇな・・・かれこれ十六時間位魔力を放出し続けたのに力が衰えた気配すらねぇ。」
「有難いことだ、おかげで命が助かった。エナンにまた借りが出来たな。」
「だな。」
二人は周囲の雪を崩して踏み固めると積雪の上に出る。しかし新雪の上に足を踏み出すと体が一気に腰のあたりまで沈んでしまった。
「うへぇ・・・こんなの歩けるかよ!!」
「先に進むのは無理だな。引き返すか。」
「まだ山越えに入ったばっかりで助かったな・・・朝登り始めて昼過ぎにはやられたから、かれこれ歩いたのは四時間くらいか。」
「この積雪じゃそれでも戻るだけで二日はかかるぞ・・・覚悟しとけよ。」
「冗談きついぜ! こんな雪の中でまた野営なんぞ真っ平だ!」シガノーはそう叫ぶと杖を構えて呪文を唱え始めた。
「おいやめろ! 何やるつもりだ?!」
「雪なんぞ溶かしちまえばいんだよ! 吹っ飛ばす!!」
杖の先に現れた火球を振りかざすとシガノーは目の前の雪に叩きつけた。高熱に炙られた雪は一気に蒸発し、大量の水蒸気に覆われて周囲が一瞬にして雲の中になった。
「熱つっ!! 熱い熱い熱い熱い!!!」悲鳴をあげるシガノーを見て呆れ果てた相棒が思いっきりケツに蹴りを入れて突き飛ばすとシガノーはよろめきながら5メートルほど先の雪の壁に頭から突っ込んでいった。
「手前ぇ・・・今度やったらエロ本全部焚火にすんぞ。」
「さ~せん・・・というかマジで手加減しろよ・・・」
「そんじゃ気を取り直してっと・・・お宝発掘といきますか。」
性懲りもなくすぐに立ち直るとシガノーは魔力で目星をつけていた場所に向かっていった。
「本気か? また変な物拾ったりしたら面倒にしかならないぞ?」
もう今ではシガノーも他人が羨むような資産家である。安物の魔道具など自分で好きに買える身分なのに何故にしてこんな真似をするのかと言いたい。本気で嫌な予感しかしないのである。
だが相棒の制止もむなしくシガノーは鼻歌まじりに目星をつけた雪の中へと手を突っ込んだ。
・・・・・そしてすぐに泣きそうな顔に変わった。
「ヤバイ・・・」
「言うな。」半泣きのシガノーに頭を抱えた相棒が突き放す。
「頼む! つれない事言わないでくれよぉ・・・」
「はぁあ・・・・なんの貧乏くじを引いたんだよ。」
「すまん・・・仏さんが埋まってた。」
街道沿いに行き倒れた旅人が転がっているのは冬場なら珍しくはないのだが、それを見つけてしまった場合は結構面倒な事になる。
遺体を回収して近くの人里まで届けてやるのが一番良いのではあるが通りすがりの旅人にそこまでの余裕があるとは限らない。そんな大荷物を運んでやれない場合は身元がわかるような物を預かって近くの宿場に報告してやるのが一般的である。
だが、その後遺体回収が上手くいっていたとしても、もし持ち物が荒らされていたりすれば発見者まで疑いを掛けられるしそれでなくとも野獣などに遺体を食い荒らされたりして目も当てられない状態になっていれば仏さんの親族から理不尽に恨まれもする。とにかく良いことなど何もないのである。
元々旅路で行き倒れるような人間に地位や財産など期待する方がおかしいので遺体を届けても駄賃程度の謝礼すら出ない事も当たり前。だから見なかった事にして素通りしていく人間も少なくはない。
だがこの二人はなんのかんのと言いながらそういう薄情な事は出来ない類の人間であった。
結局二人は雪の下に埋まっている不幸な人を運んでやることにしたのである。
だがまたしても二人は自分達の見通しが甘かった事をすぐに思い知る事になる。
雪をどけ、掘り進めるうちに露わになってきたのは血に染まった地面と無残に刃物で切り裂かれた戦士風の大男の姿だった。
「殺しかよ・・・勘弁してくれよ。」シガノーは周りを見回すと呻いた。
厄介事の予感しかしない。ただの闇討ちなら遺体なんぞ目の前の崖下に放り出してしまえば証拠すら残らないだろうに。それをわざわざ街道のど真ん中に放置していくなど殺しを隠すつもりすらない輩の所業である。
「見せしめ・・・あるいは警告か? 山賊とでも揉めたなら有り得ない話でもないが。」寡黙な相棒も顔をしかめて遺体の傷口を確認していた。
「それにしても大きいな・・・こいつを本当に運べるか?」
そうシガノーの方を振り向いた相棒の顔色が変わった。
「・・・・・・げろ。」
顔面蒼白のシガノーがかすれた声を絞り出して叫んだ。いや、本人は叫んだつもりだったが恐怖でひきつった喉から出てきたのは囁くようなかすれ声でしかなかった。
遥か上方、街道を見下ろす山々の稜線の辺りから斜面を一気に下ってきている強大な魔力の気配。それは明らかに人間のものではなかった。
人間の魔力と魔物の魔力の間には決定的な違いが存在する。それは『魔物の魔力はその意思によって様相を変える』という性質であった。
人間の魔力はその意志とは無関係にただ存在するだけの力で、それを操るにはかなりの集中力が必要となる。それはそもそも魔力とは人間にとって必要不可欠な物では無い為である。
だが、魔力そのものが存在の原動力である魔物にとっては魔力とは己の命そのものである。常にそれを意識し魔力を保つ事によって生きているが故にその魔力は思考と表裏一体を成す。
すると何が起こるか。人間が殺意を『殺気』として相手に向けるように、殺意を持った魔物からは殺意のこもった魔力の波動が放たれるのである。シガノーが感じ取ったのはこの明らかに自分たちに向けられた殺意を感じる魔力の波動であった。
しかもその強さは尋常では無かった。断じてそこらの野山を徘徊している魔獣程度ではない、もっと危険な存在である事を否応無しに認識させられたのだった。
「相棒・・・お前だけでも逃げてくれ。俺がなんとしてでも時間を稼ぐ!」シガノーのその言葉に寡黙な相棒は首を横に振った。
「こんな雪の中逃げられる訳ないだろう。それにお前一人で何が出来る・・・恰好つけるな。」
斜面を下ってくる存在の姿は目で捉える事が出来る所まで来ていた。シガノー達はその姿を見て情況が絶望的である事を認めざるを得なかった。
「最悪だ・・・魔族、それも人魔かよ・・・。」
見た目は人間とは大差ないその男は魔獣などの下位の魔物とは一線を画す高い知性と強大な魔力を持った存在として『魔族』と呼ばれていた。
『人魔』というのは、魔族の中でも人間に近い姿をした存在の総称である。そしてその多くは遥か昔の時代に様々な理由で魔界へ移り住まなければいけなくなった人間達の末裔を起源としていた。
過酷な魔界でそのほとんどが命を落とす中、生き抜いて魔界に適応した人間達の末裔。魔界へと向かった理由は様々であったがその大半は人間の世界を追われた存在であり、人間に対する激しい憎しみを抱いているのはむしろ当然の事だった。
かくして同族嫌悪も相まって人魔は人間を目の敵にする存在として魔族の中でも特に危険な存在として認識されるようになったのである。
「くくくっ・・・まさかこんなに早く次の獲物がやってくるとはな。」少し訛りはあるが間違いなく人間の言葉で人魔がつぶやいた。
人魔の男は雪の上を滑りながらシガノー達の目の前までやってくると音もなく停止した。その足元には魔力で板のような足場が構築され男の体重を支えているようだった。
「こんな雪山でなんの用だ、魔族!」シガノーが精一杯の虚勢を張って怒鳴ると人魔の男は冷笑しながらそれに答えた。
「何の用? 愚問だな、殺しに来たに決まっているだろうが。」
「そんなの見りゃわかるぜ。だからなんで殺すのかって聞いてんだよ!」それで状況が好転する訳もなかったがシガノーは必死で時間稼ぎに徹する。それが命乞いに聞こえたのか人魔の男は機嫌良さげにその質問答えてきた。
「猿のくせに生意気な口をたたくな。だが、まあいいだろう。そんなに自分の死に様を知りたければ教えてやろう。」
そう言うと魔の男は腰に差した長剣を引き抜いた。それは見るからに禍々しい漆黒の刃を持ち、そしてそれ以上に禍々しい気配を漂わせる片刃の直剣だった。
「これは我が自慢の魔剣、魔界の名工に鍛え上げられし逸品だ。こいつに魂を吸わせてやりたくてな。」そう言うとシガノー達に向かってゆっくりと歩き始める。
「猿でも生意気に魂だけは持ち合わせているのだろう? 我が愛剣の糧となれる事を感謝するがいい。」
この魔族が言う『魂を吸わせる』というのは神々のように他者の魂を喰らう事とは大きく異なる。
理論上、製作者の魂の一部が込められたアーティファクトが他の魂を喰らう事は不可能ではないがそんな真似が出来るほどの魂を込められる魔力付与師などまずいない。伝説では絶望した敗者からその魂すら吸いつくす『魂喰らい』と呼ばれる魔剣も存在したそうだが、この魔族の剣はそこまでの物ではない。
この魔族が言う『魂を吸わせる』というのは断末魔に魂があげる悲鳴、すなわち恐怖・苦痛・憤怒・悲哀などの激情からにじみ出てくる魔力の根源となる力を取り込み己が魔力をより高めるという事を言っていた。
ちなみに余談ではあるが、伝説上の魔剣『魂喰らい』は魂を喰らう度にその刀身が大きくなっていき、やがて誰もそれを振える者が居なくなってしまったと語られていた。
『畜生! 取り付く島もないぜ。』
『あせるな・・・まだ交渉の余地はある・・・』あせるシガノーに相棒声を押し殺して囁いた。
はあ?こんな奴に交渉の余地? 何を血迷ったかとそう思ったシガノーだったが相棒の顔を見てすぐに悟った。
こいつ・・・何か企んでいやがる。唯一無二の相棒だからこそ、その微妙な表情からシガノーは彼が何か一発逆転の秘策を思いついた事を理解したのである。
相棒は気転の効く用心深い男だ。どんな小声でも相手に聞こえている可能性はある。『交渉の余地』という言葉が相手に真意を悟らせぬ為の隠語である事がシガノーには表情一つで理解出来たのだった。
「とりあえず今はまだ攻撃するな。防御に徹しろ。」
「がってんだぜ相棒! 出し惜しみは無しだ!!」
シガノーはそう叫ぶと魔晶石の力を全力で解放する。濃密な魔力で構築された防御結界が二人の周囲に展開された。
その領域は近づいてくる人魔の男の鼻先にまで達する。驚いた人魔は思わず歩みを止めると数歩後ろへと下がった。
「ほう・・・!」心底感心したように人魔はつぶやくと手にした剣でシガノーの結界を切りつける。すると材木を切りつけたような鈍い感覚がして剣の勢いが止められた。
「硬くはない・・・だが抜けぬ。表面だけではなく中まで魔力で満たしているのか。驚いたぞ!猿真似にしては思った以上にやるではないか! はははははっ!!」
人間にしては驚異的な魔力量だ。何かの道具の力を借りている事は分かっているが正直ここまで抵抗されるとは思ってもみなかった。だが悪くない。
「そうだ! そうでなくてはな・・・殺し甲斐がありそうで良いではないか!!」
それでも自分の優位は変わらない。これでもまだ人魔の男とシガノー達の間には埋めがたい差が残されていた。
二撃、三撃と魔剣による攻撃が続く。今度は魔族自身の魔力も込められより強力な一撃としてシガノーの結界をすり減らしていく。
「くっ!!」物凄い勢いで魔力が削られていくのを感じてシガノーが呻く。すると相棒がシガノーの前に出て魔族とシガノーの間に割って入るような形になった。
さらなる攻撃が魔族の手によって振り下ろされる。するとそれを相棒が短剣で結界に触れた直後に受け止め弾き返した。鋭い金属音が響き渡り相棒の短剣から火花が散る。
「小賢しい!」人魔の男はせせら笑うとさらに攻撃の速度を上げる。だが、相棒は的確にそれを受け止め弾き返す。そうしてしばしそのまま打ち合う膠着状態が続いた。
「どうした!! 守っているだけでは後がないぞ?」
人魔の男もさすがに魔力を消耗しながらの持久戦に苛立ちを覚え始めていた。優位は揺るがないがこのような小物相手に粘られるのは不本意でもある。
「交渉の余地などない! 攻めてきてかまわんのだぞ?」お前達の目論見など先刻承知の上だとばかりに魔族が挑発するが相棒はそれに応じなかった。そして逆に一歩後退すると短剣を振るうのをやめ、その刀身を確認した。
もう短剣はボロボロになっていた。純粋な刀剣としても相手の方が遥かに上質なものなのだ。愛用の短剣だったがもう長くは持ちこたえられそうにはなかった。
相棒は短剣を投げ出すと両手を上げ降参するような素振りをして言った。
「参った・・・降参だ。これは俺たちの宝物だ、命だけは助けてくれるならこれを渡すから勘弁してくれ。」
そういうと相棒は懐から何かを取り出すと人魔の男の足元にそれを投げた。
それはミュリッタから貰ったミスリル大金貨だった。するとそれを見た人魔の男の目の色が変わった。
「これは驚いた・・・マグナテラの大金貨ではないか。貴様ら見かけによらずかなりの凄腕だったという事か。なるほどなるほど・・・。」
ミスリルは非常に魔力との親和性の高い金属である。その価値は魔族にとっては人間世界での価値以上の物があった。さすがに無視は出来なかった。
「交渉の余地があるとはこういう事か・・・たしかにこれほどの対価であれば一考くらいはする価値があろうな。」魔族はそう言うと金貨を拾い上げて仔細に調べ間違いなく本物である事を確認した。
「だがこの状況で今更命乞いとは無様だな。最初からこれを差し出して平伏でもしていれば見逃してやったかもしれぬのだがな。」・・・もちろんそんなつもりは毛頭無かったが。
「お願いです! あと一枚・・・いや二枚!! 全部渡しますから許して下さい!!」相棒はそう言うとミスリル大金貨を二枚さらに魔族の足元に投げると地面に平伏する。
人魔の男はニヤニヤとその有様を眺めながら金貨を拾うと懐にしまった。そして言い放つ。
「断る。貴様らを殺して奪えば良いだけの話だ!!」
それを聞いた相棒が顔を伏せたまま笑い出した。そしてそれを見たシガノーも一緒に笑い出す。
もう相棒の奴が何を企んでいたかシガノーにも分かっていた。まったく、こいつは本当に頭に切れる奴だぜ。その手があったとはな・・・と。
そして相棒は跳ね起きると宣言した。
「そうかい! それじゃ交渉決裂だ、バカが!!!」
相棒がそう宣言した瞬間、魔族の懐に入れられたミスリル大金貨にかけられたミュリッタの呪いが炸裂した。それは魔族の力をはるかに凌ぐ存在によって掛けられた呪いであった。
「ぐはっ!!」人魔の男が口から大量の血を吹くと雪の上に崩れ落ちる。強大な魔力の干渉により己が魔力を吹き飛ばされてもはや足場を保つ事すら出来なくなった魔族は雪の中に落ちて埋まった。
ミスリル大金貨を入れた懐が業火で焼かれたように熱い。魔族は必死になって服ごと金貨をむしり取ると雪の上に投げ捨てた。
「おのれぇ・・・何をしてくれた!!」
「何もしてないさ。お前が殺して奪うなんて言ったから呪いが発動しただけだ!!」
「がぁぁああっ!!!」
ここを勝機と見た相棒が動いていた。予備の短剣を抜き放つとシガノーの結界から飛び出し一気に魔族の心臓を貫いていた。
魔族は魔力ある限り生き続ける。心臓は肉体の要ではあるが致死の急所ではない。しかし魔力の大半を失った今の人魔の男にとってはその一撃は生命の危機にも等しいものだった。
負けを認めざるを得なかった。だがこのままでは終われぬ。せめて自分を罠にはめたこの男だけでも殺さなければ魔族としての矜持が許さなかった。
残り少ない魔力を込めて魔力の見えざる手を作り出す、そして結界から飛び出し無防備となった小賢しい男の心臓を握り潰す!
・・・・・はずだった。
だが砕けたのは人魔の男の見えざる魔力の手の方だった。相棒の心臓を握りつぶそうとしたその手は相棒の体に触れた瞬間、何かの強大な守りの思念によって粉砕されてしまったのである。
魔力にさらなるダメージを負った人魔の男にもう戦う力は残されていなかった。もはやこれまでと最後の手段である魔道具を発動させる。
その魔道具により転移の魔術が発動すると、人魔の男の姿はかき消すように消えたのだった。
「おい! 大丈夫か!!!」
血相を変えてシガノーが駆け寄って来た。
「あいつ・・・最後になんかやりやがったぞ! 無事か!?」
「ああ、何ともない。」相棒はそう言いながら自分の体を見直した。すると首に下げた小さなアミュレットが目に入ってきた。
「こいつのおかげか・・・?」何かそんな気がしてアミュレットをシガノーに見せてみる。
「エナンから餞別にもらった奴かよ・・・あり得るかもなぁ。」
「どういう効果があるか自分でも分からないんですけどね・・・とか言っていたよな。」
「まったく、ふざけた奴もいたもんだぜ・・・。」
そういうと二人は雪の中に倒れこんで笑い続けたのだった。
ようやく一息つけたら腰が抜けてしまっていた。
しばらくは動けそうに無かった。




