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第六十一節 : 終章・愛を誓う

 第六十一節 : 終章・愛を誓う


 闇は去り夜は明ける。皆にとって特別な一日が始まった。

 邪神の放つ死と恐怖の波動はカエルラに住む全ての者たちを恐怖のどん底へと叩き落していた。

 だからこそ、それを打ち破った勇気ある者たちへの賛辞は尽きる事がなかった。


 レイナ・アルミス伯は邪神を打倒した勇者の一人として、またその武勲に輝かしき一節を刻んだ。

 あの時、邪神が倒れた事を察したスイダス王子は真っ先に近衛を引き連れ伯爵を迎えに馳せ参じ、伯爵とその軍勢をカエルラへと凱旋させた。そして集まった民衆の前で彼女の成した偉業を褒めたたえ、恐怖から解放された市民は歓喜の宴へとなだれ込んだのだった。

 街中の建物に明かりが灯り、市民達は街路で酒を酌み交わし伯爵たちの勝利を祝い宴を続けた。笑顔と熱狂が満ち溢れ、その宴は夜が明けるまで続いていた。

 だが、そこに邪神と戦った当事者たちの姿は無かった。

 疲れ果てた彼らは皆、自分のねぐらへと駆け込むと死んだように眠りこんでしまっていた。



 ひんやりとした朝の冷気の中、赤竜亭の前にはたくさんの人影が戻ってきていた。

 戦いに参加した冒険者の多くは昨夜は町に戻らず、そのまま赤竜亭で二日目の夜を過ごしていた。

 邪神が滅びた事で赤竜亭を包囲していた死霊達もまた力を失って消え去り、戦いの傷跡は残しながらも平穏な光景がそこには戻ってきていた。

 冒険者達が歓声を上げる。街に戻っていた連中が食材と酒を山と積んだ荷車と共に戻ってきたのだ。そう、彼らにとっての本当の勝利の宴はこれから始まるのである。

 赤竜亭近くの廃墟の中からはもくもくと真っ白な湯気が上がっていた。それは昨夜、赤竜亭に戻ってきたミュリッタが「汗臭い!!!」と絶叫して速攻で作ってしまった大浴場だった。

 こうして昨日降った雪も有効活用されて姿を消したのだった。


 その頃、銀翼はカエルラから遥か離れた空の上を飛んでいた。

 銀翼とてさすがに疲れ果てていた。グリフォンの背の上でうたた寝をしている彼をグリフォンとそれにまとわりつく風の精霊たちが優しく運んでいく。

 スイダス王子と執政官閣下がしたためた書状を懐に、銀翼は疾風のように王都へと向かっていた。



 そんな一日の始まりの今、エナンはあの地底湖跡に臨むテラスで朝食をとっていた。

 アルテュストネが壊された転移魔方陣を作り直しておいたら、早朝に赤竜亭に戻ってきたおやっさんがやってきた。大きなイモムシを抱えてやってきたおやっさんは、ついでだと言ってエナン達の朝食まで持って来てくれたのだった。

 イモムシはさっきヴィクトリアさんが美味しそうに食べておりました。エナンはおそらく同じものが入っているであろうシチューを前に久しぶりの穏やかな時間に浸っていた。

「水・・・流れてきませんねぇ。」

「ええ、さすがに四倍速なんかで移動させたら・・・冷却が追い付かなくて穴、塞がっちゃいましたね。」

「はあ、もう一回やり直しですかね。」

「・・・ごめんなさい。あれ、一本しかなかったんです。」

「ぇえ~・・・」

 邪神のケツに突き刺したあれを回収するのか・・・参ったなぁと顔を見合わせる二人であった。


 テラスには椅子が二つしかないのでラブダとロドピスは食堂で朝食をとっていた。

 色々あったが全てが良い結果へとなってくれた。何よりもロドピスがエナンの事を認めてくれたのがラブダは嬉しかった。

 ロドピスとしてもエナンがラブダを守りガルドーを葬ったあの一撃を目の当たりにしてはラブダとの関係を認めるしかなかった。

 それにロドピスはアルテュストネの名を知っていた。偉大なる初代魔導帝国皇帝ルゥの孫娘、その住まう宮殿は身寄りも行き場もないラブダとロドピスにとってはこれ以上無い住処であった。

 家庭の温もりを感じる生活空間の上には、華美ではないが贅を尽くした正真正銘の宮殿が広がっていた。ダンスができる広間や数多くの楽器、たくさんの書物に絵画。ラブダに芸術を教えるのにこれ以上の環境など今の世界では望みえないほどの物がそこには揃っていた。

 だからエナンにラブダとロドピスをこの宮殿に迎えたいと言われた今、ラブダの未来を考えれば選択の余地など無かったのだ。エナンの甲斐性に免じてロドピスはその他の諸々の事には目をつぶってやる事にしたのである。


 そんな二人の所にミュリッタがやって来た。

「こんにちは。エナン、いる?」

 満面の笑顔で勝ち誇ったようなミュリッタの様子がラブダにはちょっと悔しかった。だからちょっとだけやり返してやる事にする。

「おっぱいのお姉さんと二人でどこかに食事にいきましたよ?」

 そういうと、さり気なくエナンが置き忘れていったテーブルの上のペンダントに視線を送る。狙いは的中してミュリッタの血相が変わった。

「ちょっと!! 何を食べにいったのよっ!!!」そう叫ぶと物凄い勢いで飛び出していった。


「ラブダ・・・そういう冗談はおやめなさい。」

 ロドピスにたしなめられたラブダはくすくすと笑いながら「はい」と答えたのだった。



「ぜぇぜぇ・・・何よ、普通に食事してんじゃない。」

「・・・何をいっているの、ミュリッタちゃん?」

 息を切らしてエナンの元に駆け付けたミュリッタは魔法で椅子替わりのキューブを作ると二人のテーブルに割り込んだ。

「一応の報告と、確認よ。昨日無事に邪神を倒したから。」

 昨夜にもペンダントを通じて一回報告はもらったのだが、昨日はミュリッタも疲れ果てていてろくな会話も出来ていなかった。

「おめでとうございます。そして、ありがとうございます。」

 アルテが心から感謝する。だがミュリッタは首を横に振ると自嘲するように言った。

「ううん、あいつに止めを刺したのこそ私だったけど、結局みんなに助けられてやっとそこまで辿り着けたというのが現実だった。エナン、アルテ、貴方たちが助けてくれなければ死んでいたのは私の方だったわ。」

 珍しく謙虚なミュリッタに面食う。エナンは心配そうにミュリッタの顔を覗き込んだ。

「体調は大丈夫? 怪我でもしたの? ミュリッタちゃん。」

「違うわ!! 銀翼にも助けられた。そもそもフォルセリアがいなかったら邪神を倒せなかった。伯爵にもいっぱい助けられた。それでようやく倒すことが出来たってだけよ。」

「それが出来たのもミュリッタさんだったからですよ・・・私では多分だれも助けてくれなかったでしょう。やはり神託が言っていたのはミュリッタさんの事だったのですね。」

「・・・・まったく、神託の言う事なんか素直に信じるもんじゃないわね。」


「それはそうと、今日これから祝勝会よ。エナンに貰ったミスリル大金貨、みんなに配るからね。」

 ミュリッタのその言葉に苦笑いする二人。

「いや、別にあげたつもりはないんだけど・・・」

「エナン様が良いなら別に構いませんわ。あの程度のはした金なら。」

「うぐぅ・・・・!!」

 ミスリル大金貨3万枚なんてミュリッタにとっても超大金である。それをはした金呼ばわりとはこの女どれだけの財を遺されたんだよ・・・まあ今回はそれも都合が良いんだけど。

「余った分はちゃんと返すから安心しなさい。ただ、ちょっと出費が増えそうなの。アルミス伯爵軍のみんなにも結局最前線で戦わせてしまったし、そちらにも報酬出さない訳にはいかないでしょ? おまけにこの国最強の将軍まで戦場に引きずり出してしまったんだもの。ある程度の謝礼は出さないと面子が立たなくなっちゃったのよ。」

 これも格上の存在ならではの悩みであった。ただの一般人なら伯爵が民を守るのは当たり前、だが逆になればそうはいかないものなのである。

「うん、わかったよ。自由に使ってね。」そういう事には頓着しない相変わらずのエナンであった。



 準備が整い、真の祝勝会が始まった。

 戦いに身を投じた冒険者達は一人を除いて全員が欠けることなく集合し、フォルセリアの掛け声とともに祝杯が挙がった。


 そしてその中にはエナンの姿もあった。どうしても来いとおやっさんに言われて、なるべく目立たないように一番最後にこっそりと宴に紛れ込んだのだがすぐに赤竜亭の冒険者に見つかりもみくちゃにされる羽目になってしまった。

「エナン!! 手前ぇ、いままで一体どこに行っていやがった!!」

 早速シガノーに絡まれたエナンを囲んで人の輪が出来ていた。

「ひっひっ!! ガルドー倒しちまったんだって? おい!」

「かーっ! 美味しいところもっていきやがって! 男を見せたな!! よくやった!」

「掘師最強! あのチンピラ共を六人もぶっ倒して女の子を助けたんだって? ブチ切れて酒場にまで押しかけてきやがったぜ! ざまあみろ!」

 どつき回しながら皆がエナンを褒めていく。


「それではお待ちかね、報酬の支払いだあっ!!」その声を聞き冒険者から一斉に大歓声が上がる。

 銀翼の代理で”蒼月の丸盾"の筆頭が司会を務めていた。いつもの堅物の表情をかなぐり捨ててノリノリで司会をやっていた。

「それではぁ~! 今回の第一の功労者!! 邪神をぶっ飛ばした大魔導ミュリッタ様だあっ!!!」

「私は依頼者だ!! ボケェ!!」

 お約束のようなツッコミが入り爆笑と歓声が渦を巻く。名前を呼ばれたミュリッタが山と積まれたミスリル大金貨の横に立つと拍手が巻き起こった。

「それじゃあ名前を呼ばれた奴は前に出てきなさい! 死んでも剝がせない位強烈な呪いを掛けて渡してやるから覚悟しなさい!!」

 ミュリッタはそう宣言すると報酬の授与を始めたのだった。


 報酬の授与は延々と四時間余りも続いた。六百人を超える参加者一人一人に声をかけて渡していくのだ、その位はかかって当然だった。だがミュリッタは面倒な素振りなど一切見せず丁寧に全ての冒険者へと報酬を手渡していった。賢者の塔の大魔導様から名前を呼ばれ褒美を受け取った者たちは皆、誇らしげな笑顔を浮かべ胸を張って戻っていった。

 え?報酬は前渡しじゃなかったのかって? こんな手間かけてる時間どう考えても無かったでしょう?あの状況で。結局後払いになってしまったが、誰一人死ぬことなく全員が報酬を受け取れたのだ。文句を言うものは誰も居なかった。だって、みんなが受け取ったのはミスリル大金貨七枚だったのだから。

 その間も宴は続き、いつしか正午を迎えていた。

 そして銀翼が務めを果たして戻ってきた。


 サプライズが訪れた。戻ってきたのは銀翼だけではなかった。

 そこにはアルミス伯爵とスイダス王子、そしてこの国の王、英雄王クレイニアス一世の姿があった。

 国王に書状を届けた銀翼は、英雄王のたっての願いで彼をグリフォンの背に乗せてカエルラまで戻ってきたのであった。

 国王自ら邪神と戦った者達をねぎらうために来訪した事で宴は最高潮へと達したのだった。


「大魔導ミュリッタ様。此度、我が国の危機をお救い戴いた事、国王として心より感謝申し上げます。」

 英雄王がミュリッタの前で膝を付いた。スイダス王子、アルミス伯爵もそれに倣う。

「お初にお目にかかります、クレイニアス一世陛下。どうかお立ち下さい。」ミュリッタは優雅かつ厳かにそれに応える。こんな時のミュリッタはまるで別人のように高貴なオーラを放っていた。

「わたくしは大魔導としての務めを果たしたまでです。多くの者達の力添えがあったからこそ成しえた事なれば、その感謝の言葉は共に戦った皆にお与えください。さあ、悪しきものが倒れた事を共に祝いましょう!」

 国王の手を取り微笑みながらそう語りかけるミュリッタからは皇帝の風格が漂っていた。


 庶民にも分け隔てなく接するという国王の風聞に偽りなく、英雄王は数多くの冒険者達と杯を交わしねぎらいの言葉をかけてくれた。スイダス王子も目を輝かせ、伯爵やフォルセリア達の英雄譚について冒険者達と語り合っていた。

 国としても何か褒美を、という話も国王から出たが冒険者たちは皆首を横に振るとミスリル大金貨を取り出し、もう十分すぎる程のものを貰ったからと笑った。

 そして、それでも何か望む物はないかと問われた冒険者たちは、『カエルラがこれからも冒険者にとってかけがえのない街であることを願います』と口を揃えて言ったのだった。


 時があっという間に過ぎて行き、もう日も沈もうとしていた。

 そんな中、エナンの前に立った伯爵が驚愕に固まっていた。

「これは・・・・!」まじまじと顔を覗き込んでくる伯爵に気恥ずかしくなったエナンが逃げようとするのをミュリッタがしっかり捕まえると伯爵に自慢した。

「どう? これがガルドーを倒したエナンよ!」

「ど、どうも。レイナ・アルミスです。お見知りおきを、エナン君。」

 伯爵はしどろもどろにそういうとミュリッタを引っ張って少し離れた場所へ連れていった。

「ミュリッタ君、一体彼は何者なんだい?! どう見ても常人ではないぞ?!」ひそひそと耳元に囁く伯爵にミュリッタは溜息をついた。

「はあ・・・ほんと伯爵ってなんでも気が付いてしまうのね。お願いだから黙っていてね?」

「別に吹聴してまわるつもりはないんだが・・・あれは大丈夫なのかい?!」

「ええ、その性(さが)は至って善良よ。だって・・・」ミュリッタは伯爵の耳に顔を近付け囁いた。

「エナンは忘れ去られし大天使の魂を宿す者・・・元、大天使テス様のお姉さんよ?」



 宴の最後に、ミュリッタからアルミス伯爵に彼女とその軍勢の助力に対しての謝礼としてミスリル大金貨一万枚が贈呈された。

 アルミス伯爵軍は全てで五千人余りの軍団である。その中の僅か数百人だけが大金を手にしてしまえばいさかいの元になりかねないと思ったので一括して伯爵に委ねる事にした。それに大貴族とはいえ一貴族が軍団を維持するのは並大抵の事ではない。国からも相応の支援金は出ているものの軍団の財政事情は厳しく、毎年かなりの金額がアルミス伯爵家の税収から持ち出しになっている事も分かってきた。その支援の意味も込めて大盤振る舞いと相成ったのである。

 その額、普通の金貨に換算すると二千万枚以上。エナンの一件もあってふらついていた伯爵がついに止めを刺されて腰を抜かした。

 国王とスイダス王子のほうが我が事のように大喜びしている姿が印象的であった。

 こうして宴は終わり、特別な一日の幕は下りたのである。

 集まった冒険者たちも三々五々と散り、自分の居場所へと戻っていったのだった。



「疲れた・・・・・。」

 ミュリッタがベッドの上でのびていた。ここはルゥの書斎、ミュリッタが占領しているのはエナンのベッドであった。

 近くの椅子にはアルテも座っていた。書斎のテーブルの上は少し片づけられて数人がお茶を飲めるくらいにはなっていた。

「それ、返すね。」ミュリッタが言ったのは大分中身が少なくなってしまった鞄の事だった。あの後もフォルセリアや銀翼、それにおやっさんへ謝礼を気前よく配ったので、結局中身は半分になってしまっていた。

「よくもまあ一日でこんなに使えるものですね・・・絶対賭け事はさせてはいけないタイプですね。」

「うっ・・・悪かったわね。はした金なんで勘弁してください。」

「あはは・・・まあ、これで何はともあれ一件落着かな?」

 エナンの能天気な発言を聞いて二人が大きく溜息をついた。

「何が一件落着よ! 全然問題解決してないじゃない、あの子どうするつもりよ。」ミュリッタが言ったのはラブダの事だった。

「えっと・・・どうするって、ここに住んで貰うつもりだけど?」

「そういう問題じゃないわよ! あの子の身分はまだ奴隷のままなのよ? ガルドーは死んだけどもしあいつの財物が競売にでもかけられたら、新しい所有者に連れていかれるわよ?」

「ええっ!?」

「エナン様・・・今日街にいって調べてきましたけど間違いありませんわ。ガルドーはかなり几帳面で、決して怪しまれるような事にはならぬよう書類上の手続きは怠らなかったみたいです。」


 今日、エナンが宴会に行っている間もアルテは忙しく働いていた。

 姿消しの魔法を使ってこっそり赤竜亭から外に出ると、まずレタリス川へ向かって掘削機を回収した。

 魔力で肉体を構成している彼女は実体を消すことも可能なので問題なく川底まで潜って掘削機を再起動させると、昨日とは逆方向に川底から地底湖へとむかって穴を開け水を確保することに成功したのだった。

 それからも、エナンから預かった普通の金貨を持ってカエルラへ行くと食材の買い出しなど、色々と用事を済ませて帰ってきたのだった。そのついでにラブダの事をちょっと調べたのである。


「ちょっと! 権利書見つけたの?」

「ええ、この目で確認してきましたわ。」

「なんでその場で焼いてこなかったのよ! それで済んでたじゃない。」

「それは不法行為というものです! エナン様にそんな事はさせません。」

「家宅侵入は不法行為じゃないのかよ・・・」

「ええ、私、人間じゃありませんし? 何も盗らなければ問題ありません。」

「なんて都合のいい法解釈・・・」


 おろおろするエナンを後目に二人はうーんと考えこんだ。

「それに権利書を焼いても役所の登記は残りますよね? 問題解決しないんじゃないんですか?」

「登記なんて所有権を証明できなければなんの意味もないのよ。土地だってそうでしょ?」

「まあ、そんな例もありますね・・・登記簿の名義が違っていても長年使っていた人の方が権利者として認められたり。」

「まあ、何にせよ所有者だったガルドーが死んだ今のうちに急いで対処するしかないわね。」


「そ・・・そうなの?」エナンが恐る恐る二人の会話に口を挟んだ。

「そうなのよ! 権利者が死ぬか権利書が消失すれば奴隷としての身分は変えられないけど所有者を示す刻印は消えるわ。こんな所だけは未だに魔道具をつかって御大層な管理をしているのよ。」

「人聞きの悪い事を言わないで下さい! おじいちゃんは奴隷制なんか認めていませんでしたよ!」

「それでも実質的な奴隷労働は無くならなかったでしょ! 綺麗事言っても始まらないのよ。人間、結局のところ金や食い物で縛られたら逃げる事なんて出来ないんだから。」

「それは・・・なんとなく理解できる気がする。」


「まあ、それでね。所有者が居なくなった奴隷は放棄奴隷とか廃棄奴隷とか言われる存在なの。人間である以上所有者がいようがいまいが生きて行かなければいけない訳で、所有者のいなくなった奴隷は自分で仕事を見つけたり結婚相手を選んだりする事が出来るようになるのよ。」

「ふむふむ。」

「というわけで、エナン、さっさと結婚しちゃいなさい。」

「えっ?! えぇ~~っ!!!」


 その反応を見てミュリッタがキレた。

「なにが『え~~』よ!!このヘタレ!! ここまで囲っておいて何今更尻込みしてんのよ!!!」

「でも・・・まだ心の準備が・・・。」

「ふ・ざ・け・ん・なっ!!! 結婚すれば相手の身分に合わせてラブダの扱いも変更出来るのよ! 時間が無いって言ってんだろうが!さっさと覚悟決めろや!!」

「ひ~っ!! でもラブダちゃんはそういう関係じゃなくて・・・仲間というか・・・友達というか?」

「あぁん?! お前、ラブダの前でそう言えんのか?! 泣くぞ!? 泣かせんぞ?!!!」

「ごめんなさいっ!! 考えてきますっ!!!」


 あきれ果てる二人の前から逃げ出すエナン。中指を立てて見送るミュリッタ。

 そのまま屋敷を出ると庭園の暗闇で蠢く人影が見えた。

「ヴィクトリアちゃん・・・元気でちたか~~」・・・見てはいけないおやっさんだった。

 ドラゴンに頬ずりしている筋肉ハゲという危険な絵面を見て速攻スルーしようとしたエナンだったがおやっさんに見つかってしまった。

「ゴホン・・・どうしたエナン、こんな時間に。」

「いや、それはこっちの台詞なんですが・・・」

 沈黙が流れる。おやっさんが庭石の上に座ると隣にエナンを呼んだ。

「なんて顔してやがんだ。まあ、ちょっと座れ。」

「はい・・・・」


「で、一体何があった?」

「いや、その・・・。」エナンはラブダの事についての一部始終をおやっさんに話した。

「う~ん・・・まあ嬢ちゃんの言う事も間違ってはいないんだが、なぁ?」

「えぇ・・・方便とはいえいきなり結婚とか、それでいいのかと。」

「まあ時間が無いのは本当だけどな。なんせ今回の一連の騒動の首謀者ガルドーの財産だ。速攻で行政府に差し押さえられて没収になるのは目に見えているからなぁ。競売にかけられるのも時間の問題だろう。」

「でも、立場が弱いのをいいことにあんな小さな女の子に結婚を迫ったりしたら・・・」

「・・・ああ。」

「ロドピスさんに殺される・・・マジで・・・。」

「否定できねぇ・・・。」



「まあ、そういう事ならもう出来る事は一つしかないな。エナン、お前自分のファミリアを作れ。」

「えっ? なんでそうなるんですか?」

 まったく意味が分からない様子のエナンを見ておやっさんは語り出した。

「ファミリア・・・家族って意味なのは分かるよな? こいつはただの自称じゃねぇ。れっきとした制度なんだ。まあ今じゃそんな事も知らないで名乗っている奴も多いがな。」


「嬢ちゃんは結婚したらその相手の身分にあわせる事が出来ると言ってたろう? 古来より奴隷と結婚する奴は数多かったからその手の救済措置は慣習法として成立しちまってる。奴隷だけじゃねぇ、平民だって貴族と結婚すりゃ貴族扱いになる。そういうものなのさ。」

 おやっさんは丁寧に説明を続ける。

「だが、救いたい相手が同性だったらどうする? それでも養子って方法はまだある。だが相手が歳の離れた老人や、奴隷に落とされちまった本当の親兄弟だったらどうする? 慣習法じゃレアケースまでは救済しきれん。だからファミリア制っていう制度が出来たのさ。」


 それは元は戦争に敗れて没落した貴族などが他国で血の流れを継ぐ親族などに救済してもらうための制度だった。親族だけではなく家臣なども救済する為には婚姻のような続柄など不問で救済出来る制度が必要だったのである。

 そうして『家族だと家長が認めれば誰でもその家族として身分を保証される』という制度が生まれたのだった。それがファミリア制と呼ばれるものの起源である。

 そしてそれは年月と共に本当の家族ではなく、『ファミリア(血盟団)』と呼ばれる集団に対して適用される制度となったのであった。


「そんな大層なものが俺でも作れるんですか?」お貴族様の為の制度と聞いてエナンが真っ先にその事を心配した。だがそれをおやっさんは一笑した。

「正規のファミリアは設立を申請する時にそれなりの金が必要になるけどな。今のお前が心配するような額かよ。」

「ありがとうございます! 相談してきます!!」

 エナンは跳び上がるように立ち上がるとおやっさんに深々と頭を下げた。

「ファミリアの登録に必要なのはファミリアの名前とメンバーの名前、あとは金だけだ。」おやっさんは最後までしっかりと教えてくれた。

「それだけでいいんですか? ・・・その、それで奴隷身分から本当に開放できるんでしょうか。」

「言っただろ。お貴族様の為の制度だって。家長が認めた時点でもう奴隷じゃなくなるんだよ。まあ本来は奴隷の持ち主と金銭的な交渉をして身柄を譲り受けるのが筋なんだが・・・そこは上手くいかない事の方が多かったらしくてな。結局身柄さえ確保してしまえば後は力づくってのがルールになっちまった。」

「うへぇ・・・」

「そんな訳で元の身分が奴隷の場合は持ち主だった相手とトラブルになった時の和解金っていう名目で追加で金を取られる。まあ金額なんてたかが知れてるから気にすんな。奴隷から平民にならせいぜい金貨百枚ってところだ。」

「ぐはっ!! それ・・・普通はめっちゃ気にしないといけない奴ですよ。」

「いいから、とっとと了解貰って来い!! 手続きならラウルに頼めば一時間もしないで終わる。ぺーぺーのお前が行くよりよっぽど信用があるからな。」

「あの・・・ラウルって?」

「銀翼の名前だ!! 息子の方のな!」


 エナンが大急ぎでミュリッタ達のところへ戻ると。二人が納得した顔でうなづいていた。

「あの・・・」

「説明不要よ、聞こえてたから。」

「うわぁ・・・」

「名案だと思いますわ。流石は多くの冒険者達の面倒を見てきた御方ですね。」

「うんうん。筋肉で考えたにしては完璧な解決策だったわ。」

「なんか約一名、おやっさんの事を酷く誤解していませんか・・・?」

「さあ、そうと決まれば早速ラブダとロドピスをファミリアに入れてしまうわよ。」

「え? お師匠さんもですか?」

「丁度いいじゃない。名前だけでもここで書いとけば後々人間のふりして色々出来るようになるから。」

「私もお願い致しますね? この時代での身分というものを作っておいたほうが何かと便利ですから。名前はアルテで。」

「そんなに簡単に新しい身分が作れますか?」

「大丈夫よ。だって貴族は嘘をつかないから。」

「・・・それ自体が嘘にしか聞こえない。」

「そこを疑うと無礼討ちっていう最終奥義が飛んでくるからね。平民はおとなしく言う事を聞くしかないのよ。」

「はあ・・・」

「銀翼に代わりに申請出してもらえって・・・さすがおやっさんは分かってるわね。つまりそういう事なのよ。まあなんなら私が出してあげてもいいけど。」

「えっ!! ありがとう、ミュリッタちゃん!」

「そういう事で、私の名前も入れておきなさい。」

「・・・・なんでそうなる。」


 こうしてエナン達三人は、早速芸事の稽古を始めたラブダとロドピスのもとを訪ねた。

 事情を説明すると二人とも、特にロドピスが大いに喜んでエナンの提案に賛成した。

「貴方の事を少し誤解しておりました。てっきり私はラブダを妾にするつもりだと。」

 そう言われて冷や汗をかいたエナンであった。

 一方のラブダは複雑な表情をしていた。

 奴隷身分から解放されエナンの家族になれる、それは素直に嬉しかった。でもそれは少しラブダが夢見ていたものとは異なっていた。ラブダは自分の願いを叶える最大のチャンスが失われてしまった事を悟り落胆したのだった。

 手が届きそうだった希望が遠ざかり、徐々に喜びは消え去り悲しみと不安だけが膨れあがる。

 次第にラブダの目から光が失われていった。

「それでは皆さん、自分のお名前を書いていただけませんか?」アルテがそう言って紙とペンを差し出した。エナンが名前を書き、次にミュリッタが書く。アルテとロドピスが続き最後にラブダの番がやってきた。

 ゆっくりと、丁寧に自分の名前を書き記した。そして書き終えた時、ついに抑えきれなくなった感情が爆発し涙があふれ出した。

「私・・・もう終わりなんですね。」ボロボロと涙を流しながらラブダが泣き出した。慌てたロドピスが必死にラブダをなだめようとした。

「ラブダ・・・あなたはまだ子供なのです。あなたの人生はまだ始まったばかりなのですよ?」

「そんな事言っているんじゃありません!!」ラブダが叫んだ。

「私、何の役にも立ちません! ミュリッタ様のように魔法も使えません!! アルテさんのようにエナンのお世話をすることもできません!! これで・・・これでエナンに救われてしまったらもう、今よりエナンに大切にしてもらえる未来なんて全然見えないんです!!」

 ラブダは聡明な娘だった。だから彼女もミュリッタが気が付いたエナンの本質・・・エナンが愛するのは救いたいと願う相手なのだという事に気が付いてしまったのだ。

 救われる必要のなくなったラブダをエナンが愛してくれる未来が見えなかった。ラブダは泣き続けた。

「私は・・・私はエナンが傍にいてくれればそれだけで良かった! みじめで可哀そうなラブダのままでもエナンがいてくれればそれだけで良かったんです!!」


 ミュリッタはそんなラブダの姿を見つめながら呆然としていた。

 また間違ってしまった。自分に都合の良い結末を、見た目だけは美しい物語を、そして最悪の選択を喜々として選んでしまった。お前の目は節穴か!ミュリッタは心の中で自分を罵倒した。

 ラブダの言っている事が痛いほど分かった。いや、分かっていたはずなのになぜそれを思い出せなかったのかと自分を呪う。エナンを良き方へと導いて欲しいと託された大天使テスの言葉すら裏切ってしまった。覆水盆に返らず・・・いまさら何を言おうと最早元へと戻す事など出来はしない。

 もう自分が身を引いてラブダの居場所を作ってやるしか・・・そんな事を考えた時だった。


「離れたりなんかしない。一人になんかしない。大丈夫だよ・・・いつまでもずっとラブダと一緒にいるから。」


 それはエナンが発した言葉だった。

 その言葉には圧倒的な魂が込められていた。それは真言のように閉ざされかけたラブダの心に浸み込んでいった。

「ラブダ・・・最初に会った時、俺が言っていた言葉を覚えている?」

 覚えていた・・・。あの時エナンは言っていた。『仲間が欲しい』と。

「俺はね、ラブダを助けたかったんじゃない。誰かに傍にいて欲しかっただけなんだ。」

 エナンはそう言うと優しくラブダを抱きしめた。

「ラブダ・・・出会ってくれてありがとう。傍にいてくれてありがとう。愛してくれてありがとう。君にもらったものは、必ずそれ以上にして返してみせるから・・・だからずっと一緒にいて下さい。君を愛し、君を守ると誓います。」


 ラブダの泣き声が一層大きくなった。だがそれはもう、幸せそうな泣き声に聞こえたのだった。



「それで結局、ファミリアの申請はミュリッタ君がしてきてくれたのかい?」

 翌日、人が随分と少なくなった赤竜亭で銀翼はエナン達と話をしていた。

「ええ・・・・最悪だったわ。あのタヌキ執政官め・・・」

 精魂尽き果てたようなミュリッタがぼやいていた。

「おや、執政官閣下に何か言われたのかい?」

 ミュリッタはエナンの隣で嬉しそうに食事をしているラブダをチラッと見ると怒りを爆発させた。

「メンバーの一人がガルドー名義だったのよ! そしたらあのマニュアル窓口嬢め、血相変えて上司を呼びやがって・・・。結局そいつも自分じゃ判断出来ないって、さらに上にたらい回しされた挙句最後には一番上が出てくる始末よ。」

「ははは、それは災難だったね。」

「本当に酷いのはこれからよ! あのタヌキ! 今回ガルドーが引き起こした一件、郊外の被害は甚大につき何卒御支援賜りたくとか言い出したのよ。」

「おや? それでどうしたんだい?」

「断れるわけないでしょ!! 伯爵に大金渡したのバレてたし、結局金貨で十万枚請求されたわ。」

「・・・・・。」

「ミスリル大金貨50枚払ってきたわよ・・・もう泣きそう。」

 こんな事なら銀翼に行ってもらえば良かった・・・そう思うも後の祭りであった。


「それにしてもエナン君、随分と女性の姿が増えたね。」

 銀翼にそう言われてエナンは頭をかいた。

「えっと・・・お世話になります。」

「英雄色好むとはまさにこの事だね。まあ、それもまた人生さ。」銀翼はそう言いながらエナンの椅子の

 後ろに立つ。エナンの肩に両手を置き、顔を近づけるとにこやかに言った。


「今日、『彼女』が退院するんだ。食事が終わったら一緒に迎えにいこうか?」

「はい?」

 一瞬なんの事だか理解出来ない様子だったエナンを見て銀翼の手に力が入る。ギシギシと軋みを上げて銀翼の指がエナンの肩に食い込んでいった。

「・・・!?!!!」

 ようやく何かを思い出したエナンの顔が見る見る青くなっていった。


「何よそれ、聞いてないわよ。」ミュリッタの怒声が飛ぶ。しどろもどろのエナンに代わって銀翼が丁寧に事情を説明する。

「ちょうどミュリッタ君たちがここに来る直前の話だったからね。僕の知人で怪我をしていた女の子を一人、エナン君に面倒をみてもらう事になってたんだ。そうだよね、エナン君?!」

「はっ! はいっっ!!!」

「ちょっと待ちなさいよ。って事はその直後にラブダに手を出したわけ?!」

「・・・・・・はぃ。」


「そんな大事な事、なんで今まで黙っていたのよ! このヘタレ!!」

「ぐはっ!」

「というか・・・今の今まで完全に忘れておられましたよね? このポンコツ・・・」

「ごふっ!!」

「そんな・・・世話するって言っておきながら忘れるなんて酷いです! この甲斐性なし!!」

「はうあっ!!!」

 女性陣に責め立てられながらエナンは銀翼に引きずられていったのだった。


 旧き書曰く、守れもしない誓いをする位なら誓いなどしない方がマシであるとかなんとか。

 それでも今はラブダとの誓いが末永く果たされる事を祈るのみ。


 これは心優しきポンコツ元大天使の物語。

 その英雄譚はまだ幕を上げたばかりである。



 ~~~ 誓愛のファミリア・第一章 完 ~~~



拙作をお読みいただきありがとうございました。

書き上げるのに随分と時間がかかってしまいましたが、取り敢えずの一段落となりました。


まだ物語の先は自分の中では温めていますが、皆様に読んで戴ければこその物語です。

今は皆様の御評価をいただければ幸いです。


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