二十六話 未だ閉じる事のない傷口
それは妹の10歳の誕生日だったと思います、彼女はその日のために誂えた、ピンクの可愛らしいドレスを着ていて。興奮してフリルを翻し、クルクル回って、そのまま転んでしまったのでした。
私は、怪我をして涙を流す妹に、回復神術を掛け。血で汚れたドレスも清浄化を掛けて綺麗にしたのですわ。
そして、周囲は私に流石聖女様だと注目して……。
それは、更に泣きながら、妹が言った言葉でした。
「お姉様はそうやって、何時も何時もしゃしゃり出て、大っ嫌い!」
そんな事も有りましたね。
いえ、同じような事は、折に触れ言われ続けて来ましたが。
私は神霊様から戴いた力を、誇示していたのでしょうか、もしかしたら無意識に……?
それで嫌われていたのでしょうか?
「そんなつもりは……」
「ん? どうした」
「いえ、何でもありませんわ」
確りしなくては!
目の前に下げられた、お皿を集めて流しで洗う。
今は皆様治療所に詰めていらして、食事担当の方も手が足りないという事で、微力ながら私はそちらのお手伝いをさせていただいています。
勿論料理の経験もありませんので、指示していただいた事を熟すだけです。お皿や野菜を洗ったり、薪を運んだり……。
包丁の使い方を、今度、覚えたいですわ。
マルイモの皮くらい剥けるようにならなければ、戦力にはなりません。
「疲れた? みんな交代で食べに来ているから、マリーさんも先に食べてしまって」
「え、いえ、そんな訳には」
「私も貴女と交代で食べるからさ、食べたらそれの続きお願いするよ」
「……解りましたわ」
あまりお断りするのも、ご迷惑になります。お言葉に甘えて、素早く食べて片付けました。
食事中は沈黙を守る規則ですが、それでも皆様と一緒に戴く事がもう習慣になってしまったのでしょう、何だかとても寂しく感じてしまいます。
予告通り、夕ご飯はお肉たっぷりの野菜炒めでした。
お肉もお野菜も新鮮な物を、手間を掛けて調理して戴いた物です。とても美味しいです。
とても美味しかったのですが……。
その後皆さんの食事も終わり、片付けを終え、部屋に戻って参りました。
治療は大変だった様で、今夜は皆様交代で起きて様子を見守るそうですが、運び込まれてきた方達の容態は落ち着いたみたいです。
そうです。私の余計な手出しなど、アマト様が仰るように必要なかったという事ですわ。
「……」
机に着いて、教本を開いてみます。
神霊様達の神話、どんな存在であるか、どんな時にどんな祈りを捧げるかが事細かに記載されております。司っているものが違うので、それに即した神霊様でなくてはなりません。
むしろ、相手の事を知らなければ、祈りも届かないのです。
「私が優先されているのは、実際に会った事があるから、加護という力の一部を戴いているから」
フェリスさんたちは、見た事も無い居るか解らない存在を、書物で読み人から聞き。それを心から信じて祈りを捧げて神術を使っているのです。
私はその方が凄いと、凄い事だと……
「思っていたはずなのですわ」
拳を握り、頭を下げる。
記憶の奥から、妹の声が聞こえてきます。
「妖精から貰った力で皆の事馬鹿にして」
「何でも思い通りになって楽しい?」
「鬱陶しいのよ」
私が……私がいたらなかったか
「おい!!」
「ひっ!」
急に声を掛けられて驚きました。視線を巡らせると、机の端にちょこんと青い小鳥が止まっています。
ザハエル様、一体何処から、いえ何時からいらっしゃたのでしょう。
独り言を、聞かれてしまった……?
私、何処まで口に出して、言ってしまっていましたでしょうか。
「お前の様子がおかしかったから見に来たんだが、どうした泣いているのか?」
「いえ、何でもございませんわ」
泣いて等居ないはずです、涙など出ていないはずですわ。
「お前……前にも言ったが、何でも無いようには見えないから、言ってるんだろう。……はぁ、例え俺様が神霊だろうと、人種の心の中までは、解らねぇんだぞ。そういう力は司ってないから」
それは、そうなのでしょう、どれだけの事が出来るのか底は解りませんが、ザハエル様は水を司る守護天使様です。
私の心の中を覗き見る事が出来るのでしたら、独り言どころか、全て知っている事になりますから、質問をする必要も無いのでしょう。
「困っているならちゃんと言え、思っている事をちゃんと言え。何なら、俺でなくても良い」
「ザハエル様……」
「お前等人種は、俺様だって困るんだぞ『苦しい』『助けて』だけの手紙だの祈りだの、何がどうして、どうされたいのかちゃんと言え。というか、何処の誰だかもちゃんと言え」
「ザハエル様も、その苦労されていらっしゃるのですね」
何だか、気が抜けてしまいましたわ。




