第十一話:終わりの始まり
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ここは千代田の城中。
降雪続きで、凍るほどの寒さが続いた中、久しぶりの陽気な日でも浴びようと昼下がりの庭先で花々の眺めていた井伊直弼のもとに、静々と裃姿の初老が二人並んでやってきて深々を頭を下げた。
「下田の井上信濃より使いが見えましたのでご報告に伺いました」
間部が懐より文を出し、恭しく差し出す。直弼はそれを受け取った。
腰刀に文袋を引っ掛け、中身の丁寧に折られた文を無造作に広げ読み始める。最初は難しい顔で読んでいた直弼だが、最後には笑い出した。
その様子を見た、間部と堀田が怪訝がる。
「お二方も読まれてみよ」
笑いながら文を手渡す直弼。
それを間部と堀田は顔を同時に突出し読み始める。読んでいく中で直弼とは異なり、二人ともますます不可解な表情を見せた。
「ヒュースケン補佐官殿の知人の墓を下田で見つけたのはよしとして……」
絞り出すように間部が言葉を発するが、先が出てこない。
「西洋の『ぐぁーでんぐ』なる生け花で墓の周囲一帯を花で植え尽くしたとか。それを知ったハリス殿が感銘を受けたとか……」
堀田も何とか理解しようと苦悩の顔を見せる。文の内容から結果は理解できていた。しかし、なぜそうなったのか二人とも納得に至ってなかった。
「いずれにしろ、この件でハリス殿は下田に墓があるなら寂しかろうと江戸に領事館を設立することを延期することを言ってきたらしいが……」
間部の言葉に堀田が継ぐ。
「条約の前段階の大きな障害を除けたのは執着至極である。だが……」
二人は大きな疑問に気づいた。
「この井瀬という御仁……。たしか井伊様の推薦でありましたが、どういう御関係でありまするのか?」
「いや、なにただの花の愛弟子やよ。これで免許皆伝やなぁ」
直弼は下屋敷で一輪の花を掬った春明を思い出し、満面の笑みで二人の顔を見た。怪訝がる二人の様子を見て、さらに大声で笑った。
安政5年7月29日、神奈川で条約調印。しかし、そこには領事館設立の条文は消えていた。
井瀬春明、従五位叙位、越中守となり外国御用取扱並となる。
春明は長崎海軍伝習所に入学することが決まった。江戸から長崎は遠い。だから今回は里も連れて行く。行った先で意外な人物に再会するのだが、現時点では知る由もない。
下田を立つ前日に、春明はヒュースケンとともに一面の野花が咲く、あの丘に来ていた。
「……今度、ハラキリを私の祖国へ連れて行きたいね」
ヒュースケンは碧い海を眺めながら言う。春明も同じように白い波筋を引く水面を見ながら、
「別にいいよ……。遠いんだろう?」
ヒュースケンは途端に大きく肩を落とした。
「ハラキリにも世界を見てほしいね」
再び、ヒュースケンは海を見た。春明はひとり言のように言う。
「……まあ、風介とだったら、それも楽しいかもな」
しかし、それは叶うことはなかった。
万延元年3月3日、大老井伊直弼、桜田門外にて討死、12月にはヒュースケン惨殺。
だが……。
文久の遣欧使節団の中で、後日スフィンクスの前で撮った写真の中に「ハラキリ」と呼ばれた妙に異人慣れした侍がいたという。
唐突の復活に、いきなりの最終回です。。。
しかし、ここで最終回は決まっていました。と、いうのも私の怠けです。
日常に追われる毎日でしたが、筆が止まることに忸怩たる思いでした。
筆とともに心も折れそうな気がして、とにかく再開することを決意しました。
今まで読んで頂いた方、これから読まれる方、ありがとうございます。
まずは一度止まったエンジンをかけ直して、気持ちも真摯な思いで切り替えていきます。
定期更新は最終目標ですが、なんとか動き出していこうと思いますので、
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。