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【裏ステータス】時間逆行で呪いを巻き戻したら、老人公爵が若返って溺愛してきます  作者: 高八木レイナ


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幕間・聖女セレスティナの過去

 最初に覚えているのは、冬の匂いだった。

 凍えた土と濡れた木の皮、煮詰めすぎた薬草の苦味が混ざった、貧しい家の匂い。

 セレスティナは生まれつき身体が弱かった。朝目覚めるたびに胸が痛み、息を吸うたびに喉の奥がひりついた。母は「大丈夫よ」と言いながら背を撫でてくれる。その手は、いつも冷たかった。

 父はいなかった。物心つく前に流行り病で亡くなったと聞かされていた。

 残されたのは病弱な長女と、まだ幼い弟妹たちと、働き口を転々とする母だけだった。

 冬が来るたび、医師は首を横に振った。

 この子は次の冬を越せないかもしれない、と。

 だから――神殿の人間が村に来た時、母は泣きながらも彼女の手を離した。最後に感じた母の手は、やはり冷たかった。


「この子には……祝福の兆しがある」


 白い聖衣の神官はそう言った。声は優しく、しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。


「神殿に来れば、治療を受けられる。学びも与えられる。何より――この子が選ばれれば、家族は救われる」


 その言葉が、すべてだった。

 選ばれる。救われる。

 幼いセレスティナには、その意味がよく分からなかった。ただ、母が泣きながらも神官に縋るように視線を向けていたことだけは、はっきりと覚えている。

 だから彼女は頷いた。自分が行けば、みんなが助かるのだと信じて。



 神殿は、白く、静かで、冷たかった。

 石造りの回廊は音を吸い込み、夜になると自分の呼吸音だけが響いた。

 最初は治療だった。薬と祝福によって身体は少しずつ楽になり、息をすることがこれほど楽なのかと、驚いた。次に教えられたのは、祈りと作法だ。聖女は神の器であり、器に意志は不要だと、何度も何度も繰り返された。


「あなたは特別なのよ」


 そう言ってくれたのは、年老いた修道女だった。その言葉が嬉しかった。自分には価値があるのだと、初めて思えたから。

 初めて儀式に立った日のことは、今でも覚えている。金色の光。祈りの声。苦しんでいた男が、涙を流しながら「ありがとう」と言った。その瞬間、喉の奥が詰まるような、熱いものがあった。

 誰かの役に立てた。自分がここにいる意味が、確かにあった。

 だから――多少の痛みは、我慢できた。

 祝福の後、決まって身体が重くなった。立っていられなくなることもあった。それでも「代償です」と言われれば、納得した。神の奇跡には、代償が必要なのだと。



 違和感が確信へと変わったのは、数年後だった。

 夜中、儀式の準備室で目を覚ました時のこと。扉の向こうから低い声が漏れ聞こえた。


「……老化症の患者が、また一人亡くなりました」


「構わん。代わりはいくらでもいる」


 老化症。

 その言葉を聞いた瞬間、息が止まった。

 理由もなく急激に老いる病。

 神殿が"保護"しているとされる人々のことは、噂には聞いていた。

 翌日、セレスティナは偶然、地下へと続く通路を見つけた。

 石の階段を下りた先で見たものを彼女は一生忘れないだろう。

 干からびたような手。虚ろな目。生きているのに、時間だけを奪われ続ける人々。一人の老人が壁に向かって何かを呟いていた。耳を澄ませると、それは祈りの言葉だった。神殿の奇跡を信じたまま、ここで消耗されていく人々。

 祝福は、奇跡ではなかった。

 誰かの人生を削って、別の誰かに与えているだけだった。

 その事実を知った瞬間、吐き気がした。自分がしてきたことが急に恐ろしくなった。

 けれど――彼女は告発しなかった。

 なぜなら、分かってしまったからだ。ここで自分が拒めば別の聖女が立たされる。もっと若く、もっと何も知らない子が。

 ならば、自分が引き受けるしかない。


「私がやります」


 その言葉を口にした時、彼女はもう泣かなかった。

 扉を閉めた後、壁にもたれてしばらく動けなかった。

 自分一人が苦しめば、被害は最小限で済む。それが、彼女自身に言い聞かせた理由だった。



 そして――リリアに出会った。

 公爵邸で手を取られたあの瞬間、何年も体の奥に居座っていた痛みが、ほんの一時だけ消えた。リリアは何も奪わなかった。奪わずに、ただ治すことができる人だった。

 穏やかな声で患者の手を取り、ただ治療を施す。その代償を自分に引き受けながら。


「……どうして、そんなことができるの?」


 思わず、そう呟いてしまった。

 奪わずに救う。耐えずに救う。そんなやり方が、この世界に存在するのだと――初めて知った。



 だからセレスティナは、決めた。

 神殿には従う。けれどリリアだけは――同じ道を歩かせない。

 罰を受けるとしても、構わない。

 ――今度は、誰かを犠牲にしない選択を。

 それが、聖女セレスティナの祈りだった。



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