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【裏ステータス】時間逆行で呪いを巻き戻したら、老人公爵が若返って溺愛してきます  作者: 高八木レイナ


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第15話 周囲の変化

 その後、国王は医師による精密検査を受け、《老化症》の進行が停止しているどころか若返りが確認されたとの報告を受けた。謁見した大臣たちも一様に驚愕し、「奇跡の再来」「女神の如き御力」と口々に称えた。

 その言葉を遠くで聞きながら、リリアはただ呆然としていた。


(女神……私が?)


 自分にそんな大層な言葉は似合わない。ただ必死にやっただけだ。伯爵家で誰にも必要とされずに育ってきた自分が、そんなふうに呼ばれるとは思いもしなかった。

 アレクシスはリリアを抱き上げるようにして自室へと運び、寝台に寝かせた。


「リリア……本当に大丈夫か?」


 彼女の手を握りながら問いかける。その顔は心配のあまり、かすかに歪んでいた。


「はい……少し休めば大丈夫です」


 リリアは微笑もうとしたが、うまく力が入らずに眉が下がってしまう。その様子を見てアレクシスが小さくため息をついた。


「……お前はいつも自分を後回しにしてしまう。私は心配で仕方がないんだ」


「そんなことはありませんよ」


「嘘だ」


 アレクシスは額をリリアの額に静かに合わせ、視線を固定させた。


「もっと自分を大事にしてくれ。私にとってお前が一番大切な存在なのだから。辛い時は迷わず治療を中断しなさい」


 真剣な眼差しと声音に、リリアの心臓がどきりと跳ねた。


「アレク様……」


「約束してくれ。二度と無理はしないと」


 彼の親指がリリアの頬を撫でた。リリアはしばし躊躇ってから、ゆっくりと頷いた。


「……分かりました。でも、陛下を助けたいという気持ちは変わりません」


「分かっている」


 アレクシスはリリアを再び寝台に横たわらせ、毛布をかけた。その手つきに、限りない優しさが込められている。


「今は休め。続きはまた後日だ。兄上も喜んでいる」


「はい……」


 リリアはアレクシスの温もりを感じながら、静かに瞼を閉じた。窓から差し込む夕暮れの光が、ふたりを柔らかく包み込んでいた。



 翌朝目が覚めると、部屋にはすでにアレクシスの姿があった。寝台のそばに椅子を引き寄せ、書類仕事をしながらも、常にリリアの様子に目を向けている。


「おはようございます……早いですね」


「リリアこそ、無理はするなと言った矢先に起き上がるつもりか?」


 彼は素早く立ち上がり、リリアの顔色を確かめるように覗き込んだ。


「だいぶ良くなりましたから大丈夫です」


「本当か?」


 疑わしげな視線を向けながらも、優しい手でリリアの前髪を丁寧に梳く。


「……昨夜、国王陛下から言伝があった」


「陛下からですか?」


「ああ。治療継続の要請と、感謝の言葉だ。『娘のような年齢の君が命懸けで尽くしてくれることに心から感謝する。報酬はもちろんのことだが、何よりもまずは自身の健康を第一に考えてほしい』とのことだ」


 リリアはその言葉を聞いて、胸が温かくなった。


「では今日も……」


「ダメだ。今日は絶対安静だ。兄上にもそう伝えてある」


 アレクシスが厳しい顔をした。

 リリアはその強引な優しさに、思わず吹き出してしまった。


「ありがとうございます、アレク様」


 いつだってリリアの体調を最優先にしてくれる。それが本当に嬉しかった。

 アレクシスもつられるように笑みをこぼした。


「笑っている余裕があるならいいが……君が倒れては元も子もないからな」


「承知しました」


 素直に首を縦に振りながらも、リリアは窓辺で輝く朝日に目を向けた。


「でも……陛下のお体のことを考えると、なるべく早く進めた方が良いと思ってしまいます」


「焦らず進めよう。無理をしては意味がない」


 アレクシスがリリアの髪を撫でた。その手の温もりに安らぎを覚えながら、リリアは心に新たな決意を秘めていた。



 それから数日間はリリアの体調管理を優先しながら、午後の短時間だけ国王の治療を続けることになった。

 最初の治療から三日目の午後。再び王宮の一室でリリアが国王レオニスと向き合った。


「今日はこの程度で良い」


 ベッドで半身を起こしたレオニスが満足げに首肯した。彼の姿はすでに二十歳ほど若返り、元の面影を十分に取り戻していた。かつて「黄金の獅子のたてがみ」と称された金の髪が艶を取り戻し、豊かに肩へと流れている。たくましい胸板は騎士を思わせた。三日前の姿を知っているだけに、目を疑うほどの変貌ぶりだった。


「感謝するぞ、リリア殿。もうほとんど元通りだ」


「お役に立てて光栄です、陛下。御年齢が四十二歳ということを考えますと、ちょうど良い年頃に戻せたかと思います」


「せっかくなら十代の姿に戻してもらっても構わぬぞ」


 ハッハッハと高笑いするレオニスに、リリアは引きつった笑みを浮かべた。


(それはちょっと……どうなるか分からないのよね)


 裏ステータス【時間逆行】を使う時、視界に巨大な時計の文字盤が浮かぶ。針が逆回転していくある時点で、文字盤の色が白から黒色に変わる。初めてレオニスへの治療で体験した時、それが何を意味するのかすぐに分かった。これ以上は踏み込むな、という警告だ。《老化症》によって歪められた年月の限界点。必要以上に踏み込めばどうなるか分からない、という不安がある。


「ご冗談を。【時間逆行】にはリリアへの負担もありますので、必要以上に妻を酷使しないでください」


 アレクシスがリリアの肩に手を置いて言った。


「分かっておる。リリア殿には本当に感謝している。アレクシスにもな」


「はい」


 アレクシスが軽く一礼した。


「やはり兄弟の絆は強いものだな。アレクシスが【時間逆行】の持ち主を見つけてくれたおかげだ。感謝してもしきれぬ」


 そこへ侍従が扉から声をかけてきた。


「エレオノーラ妃殿下がいらっしゃっております」


「通してくれ」


 奥の扉から、豪奢なドレスを纏った王妃エレオノーラが姿を現した。三日前よりも幾分やつれて見えたが、夫の姿を目にした途端、その目が大きく見開かれた。


「陛下……あなた、本当に……」


 声が震え、涙がこぼれた。


「ああ。リリア殿のおかげだ。もうお前が案じる必要はないぞ」


「リリア様……」


 エレオノーラがリリアに向き直り、深く頭を下げようとするのをリリアが手で制した。


「どうか楽になさって。……そしてアレクシス様と、リリア様に謝罪を申し上げなければなりません。先日は無礼な言動をとりましたこと、本当に申し訳ございませんでした」


「エレオノーラ様……?」


 思わずリリアが顔を上げた。隣のアレクシスも意外そうな表情をしている。


「アレクシス様を責めてしまったこと……本当に申し訳なく思っています。私は怖かったのです。《老化症》は感染する病だと信じていましたから。愛する夫が誰かのせいで苦しんでいると思うと冷静でいられなかった。アレクシス様の回復がリリア様の功績だと聞いても、聖女様の力を横取りしているのではと邪推してしまって……」


 エレオノーラは伏し目がちになり、小さく唇を噛んだ。


「《老化症》は感染しません。それだけは知っておいてください。私の母も幼い頃に患いましたが、周りの家族も使用人も誰一人として発症しませんでしたから」


「そうでしたの……」


 エレオノーラは長く息をついた。


「陛下もアレクシス様もお怒りになられるのは、当然のことでした」


 深々と頭を下げる王妃に、リリアは慌てて手を振った。


「エレオノーラ様がお気になさることはございません。誤解が解けたのならば、それで十分です」


 アレクシスも穏やかな声で続けた。


「エレオノーラ妃、あなたが陛下を思ってのことだったと分かっています。同じ立場であれば、誰でもそうしたでしょう」


「……ありがとう」


 エレオノーラが再び頭を下げかけた時、レオニスが彼女の肩をぽんと叩いた。


「感謝を述べるのは良いが、王妃が無闇に頭を下げては臣下たちが困惑するぞ」


「……ええ、そうですわね」


 エレオノーラが照れくさそうに笑みを浮かべた。


「このような素晴らしい伴侶を持たれたアレクシス様が羨ましいですわ。リリア様がご未婚でしたら、ぜひレオンハルトの妃として迎えたいくらいですが……本当に残念ですこと」


「こらこら、冗談でリリア殿を困らせてはいかん」


 レオニスが笑いながら窘めると、その場の空気が一気に和やかになった。リリアも笑っていたのに、アレクシスだけが不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。


(もう、冗談に決まっているのに……)


 胸の内で溜め息をつきながらも、夫の嫉妬が少し可愛らしく思えてしまった。


「それでは、我々はこれにて失礼いたします」


 リリアが立ち上がるとアレクシスもすぐに続く。その時、エレオノーラが呼び止めた。


「リリア様、もう一つだけよろしいでしょうか」


「はい?」


「実は私の従妹も《老化症》にかかっておりまして……彼女も助けていただけないでしょうか」


 リリアは一瞬虚を突かれたように目を見開いたが、すぐに笑顔を作った。


「喜んで。ただ治療には時間がかかりますし、他にも順番をお待ちの方がいらっしゃいますので、少々お時間をいただくことになりますが」


「構いませんわ! それだけで十分です!」


 エレオノーラが目を輝かせて喜んだ。


(公爵領に戻るのは、しばらく先になりそうだわ……)


 横を見ると、アレクシスが苦々しい表情をしていた。国王の治療が終われば領地へ戻るつもりでいたのだろう。相手が王妃では無下にもできないが、気が進まないのは仕方ない。


「近々、私の快気祝いの宴を催したいと思っている。ぜひ参加してくれ」


 レオニスが朗らかに言った。リリアとアレクシスは顔を見合わせてから微笑む。


「承知いたしました」


「リリア殿には、私とアレクシスを治療してくれた礼として、子爵位を授けたいと思っている」


「そ、そんな……恐れ多いです!」


(子爵位が……本当に?)


 伯爵家から厄介払いされた自分が、国王から爵位を授かるとは。驚きのあまり頭が真っ白になった。


「王命だ。素晴らしい功績に何も授与しないわけにはいかぬ。領地や王都の館についてはこれから追々と話し合おう」


「つ、謹んでお受けいたします……」


「うむ」


 国王レオニスが鷹揚に受け入れた。王妃エレオノーラが「パーティにお召しになるドレスなど贈り物を用意いたしますわ」と嬉しそうに言い添えた。

 謁見を終え、廊下を歩きながらアレクシスが静かに息をついた。


「色々と予想外の展開になったが……ここに来た目的は果たせたな」


「はい。でも、まだ終わりではありませんね」


「ああ。王妃の従妹の治療もある。それに……神殿のことも」


 アレクシスが視線を遠くへ向けた。


(そうだったわ。マルクス枢機卿が訪問して以来、神殿からは何の連絡もない。あの方が黙ったままでいるとは思えない)


「リリア?」


 アレクシスの低い声で我に返った。心配そうに覗き込んでくる。


「疲れが出たのではないか?」


「いいえ、大丈夫です。むしろ……これからが本番です。公爵領に戻ったら、領民のためにも治療を行いたいと思っているんです」


 最初こそ【時間逆行】の力を恐る恐る使っていたが、アレクシスと国王の《老化症》を元の年齢まで戻せたことで、確かな自信がついていた。疲労はあっても、それ以上の負担はなさそうだ。だったら、もっと広く役立てたい。

 アレクシスは目を丸くし、しばらく黙り込んでから言った。


「……その気持ちはとても嬉しい。ただ、無理だけはしないでくれ」


「分かってます」


 リリアは優しく笑った。足取りが、少しだけ軽くなっていた。



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