第13話 王太子レオンハルトとの再会
数日後、公爵家専用の馬車に揺られながら、リリアは王都への道を進んでいた。
隣に座るアレクシスの顔がすぐ近くにある。それだけで、なぜかうまく息ができない。
(あれから……どんどん仲良くなっている気がするわ)
あの夜以来、アレクシスはリリアへの距離を縮めてくるようになった。以前は触れることもなく、どこか淡白な態度だったのが、今ではリリアをよく抱き寄せてくれる。触れられるのは嬉しい反面、まだ慣れない恥ずかしさもある。それでも、しあわせな時間だった。
そんなことをぼんやりと考えながら、窓越しの景色を眺めた。青々と茂る木々の合間から陽光が差し込み、草原をきらきらと輝かせている。遠くに見える山々の頂には雪化粧がほとんど残っておらず、初夏の訪れが近いことが伝わってきた。
夏でも涼しい高原気候の公爵領と違い、王都は一年を通じて温暖だという。四季の彩りこそ少ないものの、その分、花々が色鮮やかに咲き誇るのだとか。
(王都にはどんな花があるのかしら。見てみたいわ)
「リリア、何を考え込んでいるんだ?」
アレクシスが小首を傾けた。
「いえ、王都の気候について考えていたんです」
「ああ、公爵領とはずいぶん違うからな。夏は暑いし、冬もそれほど冷え込まない。その分、季節の変わり目が乏しいが」
「王都でも冬には雪が降りますか?」
「降る。ただ公爵領ほどは積もらないだろうな」
「公爵領は北部の盆地ですから、冬は雪が多いですものね」
北部山岳地帯のふもとに広がる公爵領は、魔力結晶の採掘で知られる豊かな土地だが、冬の豪雪に悩まされることも多いという。嫁いで初めて本格的な積雪を目にした時、リリアは心底驚いたものだった。
王都から北へ伸びる《王国北方街道》は石畳が完全に整備されているため、馬車の揺れは思ったほどひどくなかった。ミレイユがふかふかのクッションを用意してくれていたことも助かった。今回は侍女として後続の馬車に乗り、ついてきてくれている。
「今晩は宿場町で一泊する。そこで休もう」
「はい」
一日ごとに宿場町で休息を取りながら進んだ。その間にも、アレクシスは日が暮れると食堂で向かい合い、その日見た景色のことや、若い頃に旅した話を聞かせてくれた。笑った顔がたくさん見られて、リリアはその時間が好きだった。六日目の朝についに王都へと到着した。
(……この街に、聖女様たちもいるのね)
街道から都市へ入ると、石畳の道幅が広くなり、行き交う人の数が一気に増えた。衣服も公爵領の人々とは異なり、色鮮やかで華やかだ。花売りの声、馬の蹄の音、どこかから漂う焼き菓子の香り——すべてが新鮮で、窓の外をつい何度も見てしまった。
招待を受けているため、一行はそのまま王城へと向かう。
王都の中心にそびえる白亜の巨大城郭を馬車のまま通り抜けると、金の尖塔が天を突く王城《白天宮》が、圧倒的な威容でそこに立っていた。その真向かいには、見上げるほど大きな大神殿がある。
「着いたな」
先に降りたアレクシスが手を差し伸べてくれた。リリアはその手を借りて馬車から降りる。
「……すごいですね」
息を飲んだ。城門は高く聳え、両側には兵士が警備についている。城壁の上には弓兵らしき影も見えた。
城門をくぐると、磨き上げられた床と柱に豪奢な装飾が施された廊下が続いていた。高い天井からはシャンデリアが吊るされ、左右には扉が並んでいる。壁には歴代の国王だろうか、肖像画の列が続いていた。どれも見覚えのない顔だったが、一枚だけ、アレクシスに面影の似た若い男の絵があって、リリアはそこで少し足を止めた。
アレクシスに手を引かれながら歩いていると、大きな扉の前で兵士が立ち止まり、敬礼した。
「ようこそいらっしゃいました、王弟アレクシス殿下」
「ああ、久しいな」
兵士が脇に退くと、扉が開いた。そこは応接間のような広い部屋で、中央のテーブルには美味しそうな軽食と果物が並んでいた。
「遠路お疲れさまでございました。こちらでおくつろぎください。まもなく王太子レオンハルト様がいらっしゃいます」
「ありがとう。少し休ませてもらうよ」
給仕が一礼して下がると、リリアはアレクシスの隣に腰を下ろした。
「落ち着かないか?」
「はい……正直、緊張しております」
「無理もない。慣れない場所だからな」
アレクシスが目を細めた。こんな時でも気遣ってくれる人だ。リリアの肩から、ふっと力が抜けるような感覚があった。
しばらくして、扉が開き、王太子レオンハルトが入ってきた。
「やあ、二か月ぶりくらいですね、叔父上。ご体調はいかがですか?」
気安い口調でアレクシスに声をかける。王弟であるアレクシスより身分は上だが、叔父と甥という間柄ゆえ、私的な場ではこうして気安く接しているのだろう。
「問題ない。レオンハルトも元気そうで何よりだ」
「叔父上もね。本当に若返ったんですね。話には聞いていましたが、実際に見るとやはり驚きます……」
レオンハルトは感慨深そうにアレクシスの顔を眺めた。
「以前お見舞いに伺った時にも違和感を覚えましたが……やはり、ご夫人が叔父上の治療をなさったのですか?」
「リリアは老いた私を献身的に支えてくれた、命の恩人だ。彼女のおかげでいまの私がある」
これ以上ないほどの賛辞に、リリアの頬に朱が走った。
「言い過ぎです、アレク様。私はただ必死だっただけで……」
「謙虚で愛らしい妻だろう?」
アレクシスはさりげなくリリアの肩に手を回した。
「叔父上、独り身の私への当てつけですか。イチャイチャはよそでやってください」
レオンハルトが呆れ混じりに苦笑する。
「お前もさっさと結婚すると良い。愛する人を見つけたら、片時も離れたくないという私の気持ちが分かるから」
レオンハルトは頭を抱えて溜め息をついた。
「……結婚など、軽々しくできるわけがないでしょう。宮殿の花はどれも魅力的で、一つを選ぶなど」
「そんな軽口を叩いているから妃選びが進まないんだ」
レオンハルトはリリアへと流し目を向けた。
「夫人のように魅力的な方が理想なのですが……独身でいらっしゃったなら、私の妻に迎えたかったくらいです」
「レオンハルト!」
アレクシスが声を荒げた。リリアは驚いて隣を見た。温厚なアレクシスがここまで感情を露わにするのは珍しく、その激しさがかえって胸をついた。
レオンハルトもわずかに目を見開いたが、すぐに軽やかに笑い飛ばした。
「冗談ですよ、叔父上。そんなにお怒りにならないでください」
(王太子殿下は……思ったより自由な方なのね)
リリアは内心呆れながらも、努めて平静を装った。
「それにしても少しからかっただけなのに、叔父上がここまで露骨にお怒りになるとは珍しい」
「当たり前だ。たとえ甥であり王太子であるお前相手であっても、リリアを譲る気などないのだから」
「やれやれ……叔父上のお気持ちはよく分かりました。これ以上はやめておきます。さて、そろそろ父上のもとへ参りましょう」
その言葉に、リリアとアレクシスは同時にほっと息をついた。
「叔父上が若返られた真相は、教えていただけるのですよね?」
レオンハルトが尋ね、リリアはアレクシスと目を合わせた。
――もうこれ以上、秘密にしておくことはできない。そう覚悟していた。
「それは陛下の前で明らかにしよう」
「楽しみにしております。では行きましょう」
三人は連れ立って部屋を出て、国王の待つ場所へと歩き出した。




