幕間・アレクシスの独占欲
浴室の鏡の前で、アレクシスはじっと自分の顔を見つめていた。
肌の張り、筋肉の動き――すべてが、以前とは違う。湯の熱さが、以前とは違う鮮明さで肌に伝わってくる。濡れた全身に視線を落としながら、アレクシスは深く息を吐いた。
「……完全に、戻ったな」
百歳を超えて見えた老いた面影が消え、二十八歳のかつての姿が鏡の中にあった。目の前の現実に、心が高鳴る。
ほんの少し前まで、朝の目覚めはいつも苦痛だった。
指一本動かすにも時間がかかり、関節は軋み、視界は滲んでいた。それが今は――思った通りに、抵抗なく動く。指を曲げると、以前には感じなかった確かな力があった。体が、自分のものとして動く。
(リリアのおかげだ……)
彼女の顔を思い浮かべると、胸の奥がじんわりと温かくなった。それは彼女の能力に気づく前から、少しずつ育まれてきた感情だ。
老いゆく身に若い妻の未来を縛ることなどあってはならないと、ずっと気持ちを押さえつけてきた。
――あの日、初めて出会った時。死の床に近いアレクシスの手を、彼女はためらいなく握りしめた。骨ばった枯れ木のような指を、両手で包み込んで。
『……最期まで、ずっとあなたのおそばにいさせてください、アレクシス様』
出会ったばかりのあの日に、ためらいなくそう言ってくれた愛しい妻。
その優しさに触れるたびに、抱き寄せたい衝動を何度も押し込めてきた。見た目が老人である自分にそんなことをされても、彼女には不快なだけだろうと。
けれど今は違う。老いゆく体が元に戻った。だから、もう遠慮はしない。
(リリア……)
彼女の笑顔が頭に浮かぶと、それだけで何かが燃えるように熱くなる。まるで長い冬がようやく終わったような、光の中に踏み出すような感覚が、心の中いっぱいに広がっていく。
(……彼女を、誰にも渡したくない)
神殿にリリアを奪われ、自分のそばから離れていく可能性を思った瞬間、胸を抉るような激しい動揺が湧き上がった。その感情の激しさに、アレクシス自身が驚いた。そしてすぐに理解した。もう彼女の存在なしでは、生きていけないのだと。
アレクシスは鏡の中の自分へと手をかざした。
若く、力強い手。老いた枯れ木のような指ではない。彼女に触れる資格を取り戻した、この手。
◆
着替えを終えて書斎の机に戻ると、今朝届いた手紙が視界の端に映った。
(しかし、王家か……)
王家の紋章が刻まれた、厚手の封蝋。既に封を切って内容を確認していたが、何度思い返しても眉根が寄る。
国王レオニス・アウレリウス・ヴァルディエールより、アレクシスとリリアへの王城への正式な招待。理由など書かれていなくても分かる。
老いが止まり、若返った王弟。《老化症》を克服したアレクシス。宮廷に巣食う噂と目は、思った以上に鋭かった。
(だが、拒否はできない)
国王からの招待は、公爵という地位をもってしても無視できるものではない。何より、敬愛する兄のためだ。
(リリアへの負担にならなければ良いが……)
同じく《老化症》を患う国王の症状を、リリアに改善してほしいのだろうと、アレクシスには分かっていた。そしてリリアは優しいから、アレクシスのためと思えば率先して引き受けようとするに違いない。
(彼女は……あまりにも優しすぎる)
しかしリリアが国王を治してしまえば、たちまち聖女セレスティナを凌駕する存在として広く認知されてしまう。そうなれば神殿も黙ってはいないだろう。
(……万全の注意が必要だな)
アレクシスは封筒をそっと机に戻した。
リリアを守るために、もう二度と何も恐れない。
若さを取り戻したアレクシスは、鏡の中の自分の鋭い眼差しをまっすぐに見つめ返しながら、決意を固めた。




