第67話
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「というような次第でして」
俺は冷や汗をダラダラ流しながら、姫の前までウルリス王太子を引っ張ってくる。
「王位は姫に譲ると言って聞かないんですよ、この人」
「絶対に譲る。絶対にだ」
どういう心境の変化なのか、ウルリス王太子は考え方を百八十度方向転換してしまったようだ。困ったことに、いったん決めると頑固なのは変わっていない。
姫はというと、大量の平たいパンを抱えてフラフラしている。
「今はっ、それどころではなかろうっ! 見て、わからぬかっ!」
「あの……なんで総大将がパンを運んでいるのかが、まずわからないんですが」
「そんなもの、兄上をもてなしたいからに決まっておる! あわわわわ!?」
ドヤ顔で叫んだ瞬間、積み上げられたパンタワーがぐらりと崩れる。
「おっと」
「これは」
俺とウルリス王太子は素早く動き、姫を両脇から支えた。
「総大将の仕事は皆に目を配ることですよ、姫」
「エンド卿の言う通りだ。ユナトの王となるからには、もっとどっしり構えていないと」
ウルリス王太子はそう言った後、周囲の様子を見回した。
「もう昼食の支度が整いつつあるのか。やけに手際がいいな」
おっとまずい。それは軍事機密だ。
「姫はこの戦いが始まる前に終わることを、既に見通しておられましたので」
「なるほど、さすがはフィオレだ」
ウルリス王太子はうなずき、それから俺に顔を近づけてくる。
「本当のことを言え、エンド卿」
うっ、気づかれてる!?
すると姫が屈託なく答える。
「職工組合の兵たちはもともと、輜重兵や工兵として参加しておるのです。それゆえ開戦前からこのような支度を進めておりました」
ああダメだってば、姫。それを言っちゃ。
ウルリス王太子は俺の顔を見ると、圧を感じさせる笑顔で言う。
「そういうことか。交戦せずとも良いのなら、平民たちも気軽に参陣できる。しかも早期に決着が付くという想定なら、出征の負担も最小限だ」
次世代の王として育てられただけあって、やはり鋭い。全部バレてしまった。
もうしょうがないので俺はうなずく。
「御慧眼です。別に戦わなくていいから、とにかく水増しのために来てくれと声を掛けまくりました」
つまり俺たちはウルリス王太子を騙した訳だ。
さすがに怒るかなと思ったのだが、ウルリス王太子は姫が抱えてパンを半分持ってニコリと笑う。
「まんまと騙されたよ。でも兵とは詭道であると言うからな。誰も損をしない方法で丸く収めたその手腕、これからも期待しているよ」
丸く収まったのは王太子自身も同じようだ。なんか雰囲気変わったな。
「参陣しているのは製パン組合に酒造組合、精肉組合。調理師組合に大工組合、それに大道芸組合もいるな。宴を一席設けるには事欠かないという訳だ」
はい。その辺の組合は最初から宴席要員として要請しました。
ウルリス王太子はクスクス笑っている。
「本当にお前たちは……いや、それこそが王者の余裕というものか。私に最後まで欠けていたものだ」
何か吹っ切れた様子で、ウルリス王太子は俺たちに言う。
「このパンは私が自分の兵たちに運ぶ。彼らを労ってやりたい」
すると姫も残り半分のパンを抱えて目を輝かせる。
「でしたら私も。劣勢にあっても逃げることなく対峙した彼らは真の勇者。ユナトの誇りです」
ウルリス王太子は目を細める。
「それ、彼らに直接言ってやってくれないか。きっと報われると思う」
「ぜひとも!」
兄妹は仲良く肩を並べながら、宴席の準備が進む中を歩いていく。
やれやれと思って眺めていると、後ろからメステスたちがやってきた。
「ジュナン、お疲れ様。宴の準備が進んでいるようだね」
「このカナティエが何かお手伝いいたしましょう! 元気が有り余っております!」
「お姉様はどこですの!? お兄様と和解できまして!?」
急に賑やかになっちゃったな。
俺は少し離れたところにいる兄妹を示した。
「全部うまくいったよ」
みんながニコリと笑い、俺も思わず笑ってしまった。
* *
「うまく収まったようですな」
そう言ったのは、白髪の老人だった。サイダルの港湾都市ファルガの先代領主、ウィレム翁である。
「ああ、正直ほっとした」
ウィレム翁の言葉に応じたのは、ユナトの王弟オルフィン。フィオレたちの叔父である。
「私の失態で兄上を亡くした矢先、兄上の遺児たちが戦うと聞いて不安はあったが……」
オルフィンは兄譲りの広い肩を落とし、大きく溜息をついた。
「フィオレなら何とかしてくれるのではないかと思ったのだ。だがこれは想像以上に鮮やかな手並みだったな」
そう言った後、オルフィンはウィレム翁を見つめた。
「これなら貴公に失望されずに済みそうだ。違うかな?」
その言葉にニコリと笑うウィレム翁。
「ははは、そのようなことは考えてもおりませんでしたよ」
「どうだか。港の領主たちは油断も隙もないからな」
「それが誇りですので」
にこにこ笑いながら応じたウィレム翁は、ふとオルフィンに尋ねる。
「ところでフィオレ殿下の後見人として、御言葉のひとつもかけた方がよろしいのではありませんかな?」
「兄上を死なせたのは私の落ち度だ。今さら後見人面などできぬよ」
「しかしあなたの口添えなくして、フィオレ殿下があれほどの兵を集めることは不可能だったはず」
ウィレム翁の指摘は当たっていた。オルフィンは早々にフィオレ支持を決め、各所に根回ししていたからだ。
だがオルフィンは素知らぬ顔で答える。
「そこは御想像にお任せするとしよう。むしろ貴公こそ顔を出さずともよろしいのか? 忠誠を売り込む好機であろうに」
「そういう無粋な真似は、四十の若造の頃に卒業しました。こういう場面ではさりげなく振る舞った方が、フィオレ殿下からの信任は篤くなるでしょう」
若造呼ばわりされたオルフィンは肩をすくめる。
「我が姪の攻略法をよく心得ておいでだ。やはり港の領主は油断も隙もないな」
「先ほども申しましたが、それが誇りですので」
澄ました顔でウィレム翁が応じ、オルフィンがわざとらしく溜息をつく。互いに「食えないヤツだ」と思っているのは明白だった。
オルフィンはじっとフィオレたちを見つめていたが、やがてこう言う。
「『どうせ裏切るなら派手にやった方が見返りは大きい』という貴公の考えはわかるが、それにしても大きく賭けたものだ。フィオレを見て、何かとてつもないことをやってくれそうだと期待したのではないか?」
ウィレム翁は静かにうなずいた。
「否定はできませんな。老い先短い身ゆえ、このまま流れるように人生の幕引きかと思っておりましたが……いやはや、これだから人生は面白い」
そしてウィレム翁はニコリと笑う。
「これを人生最後の大儲けにして、冥府の父祖たちへの自慢にしようと思っております」
「それは結構だが、強欲も程々にして頂きたいものだな。リュジオン河の川上から私が見張っていることをお忘れなきように」
「肝に銘じておきましょう」
川上の領主と河口の領主は互いに笑い合い、それから握手を交わした。
* *
この日の会戦は、公式には「戦勝記念の演習と祝宴」ということになった。王太子の即位に異を唱える王女が謀反を起こしたなどという悪質なデマには、ユナト王室として厳正に対処していく方針だ。
国王オルバの崩御は秘匿され、負傷を癒やすために当面静養すると公表された。その間はウルリス王太子が代理人として政務を続ける。
そして遠征はフィオレ王女に一任されるという形になった。
いずれはオルバの崩御も公表しなければならないだろうが、今はまだ伏せておく。
だがそれでも、やらねばならないことがあった。




