第68話
「汝、ユナト王国シュテンファーレン朝を継ぐ者よ」
王城の最奥部にある儀式の間で、ウルリス王太子が厳かに告げる。
彼の前にいるのはフィオレ王女だ。
「そも、シュテンファーレン家は覇王の末裔。ユナトは微睡みの地、幼子たちの揺籃の地であることを忘れるなかれ」
ウルリス王太子の言葉は、シュテンファーレン家に代々伝わる聖句だ。王室関係者、それも王位継承と密接な関係のある者にしか明かされることはないという。
ちょっと待てよ、俺はここにいていいのか?
急に不安になってきたが、ウルリス王太子の真面目な態度を見ると途中退席というのも無理そうだ。仕方ないのでこのまま控えている。
「我らが高祖はサンズの河を渡りて、ヒガンの地より来たりし者」
今なんて?
三途の河と彼岸の地って言ってなかった?
詳しく聞きたいところだが、この儀式の最中は一切の発言が許可されていない。黙って聞いているしかない。
「ヒガンは遥か果ての地、輝ける黄金の地なり」
こないだ瀕死のときにそういう光景を見たぞ。
「覇王の末裔よ。揺籃の地を出でて我が紋章を掲げよ。あまねく四方にその武を敷くがよい。布が如くに」
なんか天下布武っぽい言葉も出てきたような……。
いろいろ気になってしまったが、とにかく今は無言だ。
そしてウルリス王太子は息を整え、普段の調子でニコリと笑う。
「これがシュテンファーレン宗家の秘伝だよ。伝えられるのは王太子と継承順位次席の者のみだ。ああ、エンド卿はフィオレの保護者みたいなものだから構わないよ」
保護者じゃなくて家臣なんですけど。
とはいえ、保護者気分で接してるのは事実だからなあ。この子を見捨てることなんかできやしない。
でも姫はちょっと不満そうだ。
「こやつはただの家臣ですぞ、兄上」
「ただの家臣ではないよ。お前が自害しようとしたとき、それを押し留めて孤軍奮闘し、本当に守り抜いた真の忠臣だ。命を懸けて忠誠を貫く者には、富や地位だけでは報いきれない。敬意と名誉が必要だよ。だから秘伝の儀への参列を許した」
ウルリス王太子はそう言い、俺を見る。
「秘伝の聖句については誰にも漏らしてはいけない。メステスやカナティエはもちろん、ミオレにも明かしてはいけないからな。生涯秘密にするように」
厄介な守秘義務を負わせておいて、それを敬意だの名誉だのと言われても。
やっぱりこういうところが、「この人はなんか違うんだよな」と思われる原因だろう。微妙に押しつけがましい。
ただ転生者としては、転生の謎に迫る内容だったのも間違いない。機会があったら詳しく調べてみよう。
とはいえ、誰にも明かしちゃいけないんだよな……。
「承知いたしました、王太子殿下」
「うむ。このまま非公開で戴冠式も挙行してしまおう」
「唐突すぎませんか?」
俺が驚いて尋ねると、ウルリス王太子は微笑む。
「私はこの後、母上の見舞いに行く予定だ。父上の訃報を聞いた日から病状が思わしくないそうでな。数日留守にしたいので、全部終わらせておく」
孝行息子だな。そういう理由だと反対しづらい。
「無論、戴冠式にはエンド卿も立ち会うといいぞ。遠慮はいらない」
頼むから遠慮させてくれ。式典の類はあんまり好きじゃないんだよ。
しかしそのタイミングで、流れるように王弟オルフィンが入室してくる。ミオレ王女も一緒だ。
「では始めようか。国王崩御の際は、国王の親兄弟が代理人として王冠を授けるのが当家の慣例だ。皆、しっかり覚えておきなさい」
手にした王冠を見せ、諭すように告げるオルフィン。いかにも叔父さんって感じだなあ。
そしてオルフィンはウルリス王太子の前に進み出ると、彼の頭に王冠を被せようとする。
だがウルリス王太子は手でスッと制した。
「我に王冠は無用。彼の者に王冠を」
「なにゆえに」
「彼の者こそ覇王の偉業を継ぐに相応しければ」
ウルリス王太子はフィオレ王女を示す。これも儀式の一部だ。
「ならぬ。王冠を戴くがよい」
もう一度、オルフィンはウルリス王太子に王冠を被せようとする。そして手で制され、同じ問答を繰り返す。
二度の拒絶で王太子は正式に王位継承権を放棄したとみなされ、オルフィンはフィオレ王女の前にやってくる。
オルフィンはしばらく姫をじっと見つめていたが、ふと苦笑した。
「やはりお前が一番似ているな」
誰に? と聞くのは野暮だろう。
オルフィンはフィオレ王女の頭にそっと王冠を乗せる。
「お前が次の王だ」
するとフィオレ王女が急に立ち上がった。
「いえ、次のユナト王は兄上です!」
おい待て。非公開とはいえ、戴冠式の最中だぞ。
フィオレ王女は王冠を手に取って野球帽みたいにクルクル回しながら、きっぱりと言う。
「このフィオレ、元よりユナト一国で満足するつもりはありません。サイダルを征服した後は内陸の諸国も全て平らげ、我が領土といたします! それゆえ兄上には、本領たるユナトの王になって頂きたく!」
「やれやれ、兄を王に封じるつもりか。だがそれぐらいの気構えは必要だろうな。頼もしい就任演説と受け取っておこう」
ウルリス王太子は苦笑すると、フィオレの手から王冠を取って彼女の頭にすぽりと被せた。
「だが形式的にはどうあれ、父上の後継者はお前だよ。これはその象徴として、とりあえず今だけ被っておくといい」
「はい、兄上!」
姫は誇らしげに胸を張って笑ったが、ふと悩んだような顔をする。
「しかし国王を名乗る訳にはいかない以上、私は対外的には王女のままか」
「確かに覇王の正統なる後継者となったお姉様が、ただの『王女』では釣り合いが取れていませんわ」
唐突に割り込んできて早口でまくしたてたのは、言うまでもなくミオレ王女だ。
彼女は真剣そのものの表情で考え込み、それから唐突に言う。
「新しい称号を名乗られるのがよろしいですわ!」
「新しい……」
「……称号?」
オルフィンとウルリスが顔を見合わせている。穏健派の良識人からは絶対に出てこない発想だもんな。
ミオレ王女は鼻息荒くまくしたてまくる。
「だってお姉様は史上最高にして空前絶後、天下無双の豪傑ですもの!」
十四歳の女の子に豪傑って言っちゃうのはどうなのかな……。
心配になってフィオレ王女を見ると、彼女は腕組みをして目をカッと見開く。
「然り!」
ああ、そうくると思ったよ。畜生。わかってたのに普通の展開を期待しちゃった俺が馬鹿でした。
だが溜息をつく暇もなく、災いがこっちに飛び火してくる。
「ジュナンよ、何か適当な称号を考えるがよい!」
「俺がですか!? しかも今!?」
「紋章官というのはだいたいそういう役どころであろうが」
違うと思うけどなあ。
でも普段からいいように使い倒されているので、今さら文句を言う気力もない。
俺は全てを諦めて遠い目をして、心の中で「恨みますよ、陛下……」と百回ぐらい呟く。それからニコリと笑って姫に言った。
「『覇王』の末裔たる『王女』なのですから、『覇王女』でよろしいのではありませんか」
「いくら何でも安直すぎるであろう! もう少し頭を使え!」
急な無茶ぶりの割には頑張った方だと思うよ、俺?
姫は険しい表情で「ないだろ……いやありか? あるいはあり寄りのなしか? あると言えなくもないかも……」などとぶつぶつ言い始め、最後にこう叫ぶ。
「我こそはユナト王オルバが第二子、覇王女フィオレである!」
結局使うのかよ。子供の気まぐれに振り回される身にもなってくれ。
「覇王女! フィオレである!」
そしてまた二回言ってる。最初に会ったときのことを思い出した。
それから姫は「にへへ」といった感じの笑みを浮かべ、うんうんと何度もうなずいた。
「よいな! 褒めて取らすぞ!」
「はいはい、恐悦至極に存じます」
もうどうでも良くなって、俺は姫に頭を下げる。姫が嬉しいのなら俺はそれでいいや。
「では当面の間、私は覇王女と称することにする。最初は何のことやらわからぬであろうが、それは実力で知らしめるとしよう」
ニヤリと笑ったその顔は、とてもじゃないが十四歳の少女とは思えなかった。歴戦の凄味みたいなものがある。
王冠を被った姫は、マントをバッと翻す。
「儀式は終わりだ! これよりただちにサイダル攻めを再開する! ミオレは兄上不在の間、王城の留守居役を務めよ! 王都に王族の一人もおらぬのでは国政が回らぬ! 実務は兄上の家臣たちを使え!」
「はい、お姉様!」
「メステスはファルガ港にて寝返った領主たちとの調整役を任せる! カナティエは騎士叙勲の後、我が近衛として同行せよ!」
「やればいいんでしょう、やれば」
「お任せください、姫様!」
心底めんどくさそうなメステスと、やる気まんまんのカナティエがうなずく。
最後に姫は俺をじっと見つめる。
「して、おぬしは……ああそうだ」
「なんでしょう?」
「サイダル以外の国を滅ぼして参れ」
今なんて?
※第2部完結です。
※第3部は冬(おそらく1月頃)に開始予定です。




