第65話
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「貴公らもお聞きになられましたか」
「ええ、聞きました。フィオレ殿下が挙兵されたそうで」
「穏やかではありませんな。国王陛下の御遺言を盾に取り、王太子殿下の即位を阻むとは」
どこかの別荘の暖炉の前で、三人の男が暖炉の炎を見つめている。
「しかしフィオレ殿下の主張も間違ってはおりませんぞ。オルバ陛下の御遺言では、崩御を隠すようにとのことです」
一人の発言に、残る二人が顔を見合わせる。
「それは公式なものですかな」
「ええ。公文書に記録されておりますし、その場に居合わせた者たちも間違いないと証言しております」
その言葉に一同がしばし沈黙する。
「陛下のお考えは明らかですな」
「ええ、近隣諸国がおとなしくしておったのも、オルバ陛下とオルフィン殿下が盤石の体制を築いていたからこそです」
「ウルリス殿下ではいささか心細いのは事実です」
考え込む一同。
「ですがウルリス殿下には、ルマンデに侵入したサイダル軍を撃退した実績がおありです」
「いや、あれはフィオレ殿下がわずかな手勢で奇襲をかけた結果と聞いております」
「あの戦で加増されたのはフィオレ殿下だけですから、やはりフィオレ殿下の功績だったのでしょうなあ……」
戦の恩賞にはいろいろあるが、領地の加増は最大の恩賞だ。土地こそが力の根源となるため、王が自らの土地を切り取って分け与えるのはそれだけの功績を認めた証拠になる。
「リュジオン河を渡河しての逆侵攻とファルガ港の占領も、フィオレ殿下の功績です。戦時における実績については、議論に及びますまい」
「そうですな」
男の一人が暖炉の炎を見つめながらつぶやく。
「陛下が存命のまま譲位され、その下で新王として経験を積まれていくのであれば、ウルリス殿下が理想的な後継者であらせられたのですが……」
残る二人もうなずいた。
「陛下がおられぬ状態でウルリス殿下に国政を委ねるのは、やはり不安が残ります」
「オルフィン殿下が後見人になられても、うまくいかんでしょうなあ」
「ええ。お二人とも陣頭に立つよりも補佐が得意なタイプです。今は決断力と実行力に優れ、臣民を引っ張っていく王が欲しい」
男たちは再び黙る。暖炉の薪が爆ぜる音がパチパチと響いた。
「では、フィオレ殿下に御味方することになりますかな?」
「しかしウルリス王太子殿下こそ正統なる後継者。オルフィン殿下の参陣を引き留めてしまった失点はありますが、殿下に弓弾くような真似はとても……」
すると男の一人がフフッと笑った。
「そう御心配めさるな。新たに王室顧問神官に任じられたメステスという人物から、フィオレ殿下からの書状を預かっております。誰に見せても良いと」
男は懐から書状を取り出した。
残る二人の男は暖炉の明かりを頼りに、その書状を読む。
「ほう……」
「そういうことでしたか」
彼らは顔を見合わせ、それから力強くうなずいた。
「それならば話は早い。悩むのがバカバカしいぐらいですな」
「全くです。しかし貴公も人が悪い。最初からこれを見せてくだされば良いものを」
すると最初の男はまた笑う。
「ははは、まあ御寛恕くだされ。一度ぐらい、こういう密謀めいたことをやってみたかったのです」
「貴公は相変わらず子供みたいなことを……」
「まあしかし、王族から密書を頂戴すれば興奮もしますな。私も欲しい」
それから彼らは笑うのをやめ、真顔でうなずき合う。
「オルバ陛下は偉大な王であらせられた」
「あの方の時代を生きた我々は幸運でした」
「その陛下の遺業となった遠征を引き継ぎ、サイダルとの争いに決着をつけるのは……」
暖炉に薪がくべられ、揺らめく炎はその勢いを増した。
* *
「フィオレが挙兵しただと!?」
滅多に声を荒げないウルリス王太子だったが、さすがにこれには驚く。
家臣はさらに衝撃的な報告をする。
「そればかりではございません。王都の南、シュクガハル平原にて会戦を申し込むと、王室顧問神官のメステス殿が書状を」
「王室顧問になって最初の仕事がそれか」
容姿端麗な神官の皮肉っぽい笑みを思い出しながら、ウルリス王太子は書状を受け取る。
「ミオレもフィオレ側につくのか。まだ十歳だぞ」
「しかしミオレ殿下も陛下の御息女にあらせられますので、立場を明確になさりたいのでしょう」
(だったら私の方に付けばいいではないか。あの子はいつもフィオレの味方ばかりする)
妹二人に反逆されて、かなり傷ついているウルリスだった。
面白くないので書状を机上に置く。
「こんな会戦を私が受けるとでも思っているのか」
「しかし殿下、受けねば諸侯からどう思われるか……」
その言葉には一理あった。
(確かに私は慎重で消極的な性格だと思われている。だが王たる者、それでは人はついて来るまい)
脳裏に一瞬、出征のときの父の勇姿がよぎった。
(父上のようにならなくては)
ウルリス王太子は目を閉じ、すうっと息を吸う。
それから目を開き、父のように重々しく宣言した。
「よかろう。我が覇道の前に立ち塞がる者は全て打ち倒すのみ。愛しい妹といえども例外ではない。すぐに諸侯に陣触れを出せ」
「ははっ」
家臣が恭しく一礼し、執務室から退出しようとする。
その背中にウルリスは声をかけた。
「ちょっと待て」
「なんでしょうか……」
ウルリスは小さく咳払いをした。
「この会戦は、あくまでもフィオレに思い知らせるためのものだ。決して殺すようなことはするなと各位に伝達してくれ。念入りにな」
「しょ、承知いたしました」
家臣が退出し、ウルリスは大きく溜息をつく。
(父上を失っただけでもこれほどまでに胸が痛むというのに、フィオレたちまで失ったら生きていく自信がない。卑怯だぞ、フィオレよ)
それから数日間、事態はめまぐるしく動く。
「オルフィン殿下より、参陣を拒否するとの回答が……」
「叔父上は私よりもフィオレを推すというのか!?」
驚いたウルリスに使者が平服する。
「申し訳ございませぬ。我が主は『兄を死なせた責任は自分にもある。兄の遺言には逆らえぬ』との仰せでした」
「そうか……いや、私が叔父上を引き留めたのが父の戦死の遠因だ。叔父上が自責の念に駆られる必要はない。そうお伝えしてくれ」
ウルリスはふうっと溜息をつき、使者を丁重に送り返す。
その背後では、若手の側近たちが不安そうな顔で相談している。
「思うように兵が集まらないな」
「無理もない。遠征中で動員兵力の大半が国外か国境に移動しているんだ」
「まあいいさ。フィオレ殿下の手勢は、陛下からお預かりした歩兵百五十だけだろ?」
「多少増えてるかもしれんが、向こうも大して集まらんだろう」
彼らは譜代の家臣たちの嫡男や次男たちで、彼らの実家からは十分な兵が集まっている。さらにウルリスには直属の精鋭二百もいた。
「しかしフィオレ殿下も考えたな。この状況ならウルリス様も兵を集めづらい」
「とはいえ、さすがに百五十じゃ勝ち目はないだろう。こっちはその十倍ぐらい集まってるんだぞ」
そこに新たに報告が入る。
「ユーエンハイム家より農騎兵二十が到着しました。隊長は家令のバッヘン殿です」
「おお、騎兵はありがたいな」
「しかしたった二十騎というのは……」
「ユーエンハイム家ほどの名家なら五十騎は出せるだろうに」
「この一大事に当主が馳せ参じないのもどうかと」
するとウルリスは静かに言う。
「味方してくれるという事実に意味があるのだ。それにバッヘン殿は当主の叔父だったと記憶している。れっきとした一門衆だよ。忠誠への感謝を忘れぬように」
「申し訳ありません、殿下」
家臣たちが恐縮して頭を下げるが、ウルリスも同感ではあった。
(加勢を申し出てくる家は多いが、どの家も兵力が少ない。それに兵を率いているのが分家筋だったり使用人だったりと、どこかよそよそしいのが気になる)
兵力の少なさ自体は仕方ないにしても、諸侯の距離感には不安を感じさせられる。
ウルリスは首を振る。
「小細工のできない平原の会戦では、兵力差こそが決定的な差となる。フィオレの歩兵百五十に対し、こちらは騎兵混じりで千五百の兵がいる。どう戦おうが勝敗は明らかだ」
「それもそうですね」
ほっとしたような顔の家臣たちにうなずきかけると、ウルリスは父を真似て重々しく命じる。
「これだけ兵が集まれば十分だ。布陣の時点でフィオレも勝敗を悟り、開戦前に降伏してくるに違いない。シュクガハル平原に向けて進軍を開始せよ」
「ははっ!」
一礼する家臣たちを見つめ、ウルリスは心の中でそっと祈る。
(頼むから降伏してくれ、フィオレ……。私はもう、家族を失いたくないんだ)




