第58話
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俺たちは行軍の中央に位置して、前後の兵たちに目を配りながら退却を続けていた。
行きは領主たちと交渉しながらだったので時間がかかったが、帰りは通るだけなので早い。
もっとも、素直に通してくれるかどうかはわからないのだが。
騎馬で周囲を見回ってきたカナティエが、落ち着いた様子で姫に報告する。
「今のところ、特に問題はなさそうです。逃亡する兵士なども見当たりません」
「うむ、ならば良いのだが」
しきりに後ろを気にしている姫。やはり殿を務める父親が心配なのだろう。だがさすがに後方すぎて様子がわからない。
「陛下の様子が気になるようでしたら、伝令を出しますが」
「いや、よい。そのようなことで向かわされる伝令が気の毒だ」
冗談交じりに笑い飛ばしつつも、やはりちらちらと後ろを振り返っている姫。将としては少し問題がありそうだが、家族の安否が気になるのは人として当然だろう。
姫の気を紛らわせるために、俺はさりげなく雑談をしてみる。
「そろそろ例の町です」
「ああ、徹底抗戦と称して引きこもっておる連中か」
町の名前は……なんだっけ。それなりの規模の城塞都市なので、市民兵も含めれば千人ぐらいの兵力があってもおかしくない。
「退路で襲いかかられると厄介ですよ」
「そのような度胸があるとも思えぬが……」
そこに後方から伝令らしい騎兵が駈けてきた。
「御注進! 御注進です! フィオレ殿下はいずこに!」
「どうした!? 私ならここだ!」
姫が反射的に叫ぶが、俺はそれを押しとどめる。
「姫、あれが敵の偽装だったらまずいですよ」
「ええい、今さら言っても遅いわ。次から気をつければよかろう」
伝令の情報が気になるらしく、騎首を返して伝令に駆け寄る姫。いつもより冷静さが欠けている。
だが伝令の情報は、姫の冷静さを完全に失わせるものだった。
「一騎討ちにて陛下が撃たれました! 腹を撃たれており、かなりの深手です!」
「一騎討ちで撃たれただと!? 伏兵でもあったのか!?」
姫が怒りに満ちた表情で怒鳴るが、伝令は首を横に振った。
「いえ、一騎討ちを申し出たガソー公アングが銃で騙し討ちを」
「生かしてはおかぬ」
腰の剣に手をかけた姫を、俺はそっと押しとどめる。
「ガソー公はもう討ったのですよね?」
「は、はい。陛下御自ら、槍を振るって落馬させました。その後は軍馬の蹄で一踏みに」
「ならばよし」
良くはないんじゃない? 卑怯者の末路なんかよりも、国王の容態の方が問題だ。
姫もそれは気になっているようで、伝令に慌ただしく尋ねる。
「で、父上は今いずこに?」
「もうすぐ本隊と合流されます。ただ軍の指揮を執るのはもはや無理との仰せでした」
貴族や王族が着るような甲冑は途方もない手間をかけて作られており、矢や銃弾でもある程度は防いでくれる。
しかし至近距離から撃たれれば、さすがに防ぐのは難しい。しかも腹を撃たれたとなれば、まず助からないだろう。
俺はすぐに姫に進言する。
「姫が総大将を代行するおつもりでおられた方がよろしいかと」
「それは、そう……そうだな」
キリッとした表情でうなずいた姫だが、顔色が悪い。真っ青だ。
それはそうだろう。父親が死にそうなのだ。
だがそれでも、今は姫が全てを背負わなくてはならない。まだ十四歳の女の子が、全軍の命運を託されたのだ。
姫は真っ青な顔色のまま、伝令に問う。
「父上は私に何かお命じになられたか?」
「敵の追撃があれば、姫だけでも逃げるようにとの御指示でした」
だが姫は首を横に振る。
「父上の一大事に、そのようなことができるか! 殿軍は私が務めるゆえ、おぬしたちは父上をファルガまでお連れしろ。父上が何と申されようとも構うな!」
伝令の騎兵はあっけに取られた様子で姫を見つめていたが、やがて深々と平身低頭する。
「ははっ! 諸将にしかとお伝えいたします!」
「頼んだぞ!」
伝令が軍馬に飛び乗って去った後、俺は姫に声をかける。
「御立派です、姫」
「当然であろう。今ここにいる王族は父上と私のみ。父上が危篤の今、私が全てを背負わねば道理が通らぬ」
毅然とした表情で言い切った姫だが、顔色は真っ青で唇は微かに震えていた。
カナティエも心配そうに姫を見つめていたが、どう言葉をかけていいのか判断がつかないらしい。俺をじっと見つめてくる。
だが俺も他にかける言葉が見つからないので、無言で首を横に振った。今はそっとしておいてあげたい。
しかし総大将をそっとしておけるはずもなく、周辺を偵察していた斥候が駆け込んでくる。
「申し上げます! 街道西側の森に所属不明の軍勢! 総数は不明ですが、騎兵の集団です!」
敵地にいる所属不明の軍勢が味方のはずはないから、もちろん敵だ。わざわざ森に騎兵を伏せているということは、情報収集のために隠れているのか、あるいは奇襲を仕掛けるつもりか。
姫はすぐさま決断する。
「もうすぐ父上がここをお通りになる! 我が親衛隊を森に向けて整列させよ!」
慌ててカナティエが口を挟む。
「姫様、例の町が東側にありますよ。背を向けることになります」
「構わぬ、臆病者など捨て置け!」
うーん、ちょっとまずいぞ。
俺は姫の軍才を信じているが、今の姫は冷静さを失っているように見える。
「姫、ここで挟撃を受ければ陛下をお守りするどころではありません。たかだか百そこらの兵では間違いなく全滅します」
「ではどうせよと言うのだ!?」
感情を抑えきれない様子の姫に、俺は切々と訴えかける。
「森の中の騎兵たちはまだ、自分たちが見つかっていないと思っているはずです。最も良いタイミングで襲いかかってくるでしょう」
「つまりどういう……ああ、そういうことか!」
姫は一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せたが、すぐにパッと明るい顔になった。
「敵がどのタイミングで仕掛けてくるかわかっておれば、対応もたやすい。そうだな?」
「はい。ですので、ここは気づいていないふりをするのが上策かと」
「然り。おぬし、なかなかの軍師よな」
姫はニカッと笑うと、なぜか顔をごしごし擦った。頬に血の色が戻ってくる。
「敵が襲ってくるとすれば、間違いなく父上がここをお通りになる瞬間だ。ならば策を講じるのはたやすい。これより伝える内容を、撤退中の全軍に通達せよ!」
かなり無理しているのはわかるが、姫も平常心を取り戻そうと頑張っているようだ。
カナティエが馬を寄せてきて、俺にそっと言う。
「ジュナン殿、共に姫様をお守りしましょう」
「ええ。ここが踏ん張りどころです。みんなで生きて帰りましょう」
でも俺、鎧すら着てないんだよな。安月給の平民にはオーダーメイドの甲冑なんて夢のまた夢だが、安い胴鎧のひとつも買っておけば良かった。
生きて帰りたい……。




