第57話
「陛下、敵の追撃です!」
紋章官の報告にユナト王オルバは顔をほころばせる。
「ようやく来たか! して、旗印はいずこの者?」
「ガソー公嫡男……いえ、新当主のアング殿とお見受けします!」
紋章官の報告に、オルバは首を傾げる。
「聞かん名だな?」
「さもありましょう。実績が何もございませんので……」
「あそこは先代が張り切りすぎておったと聞くが、そのせいか。代替わりして、今度は息子が張り切っておるのか」
「そうかもしれませんなあ」
追撃を受けている殿軍だというのに、オルバも紋章官ものんびりしている。
オルバは前方に見える小高い丘を示した。
「あそこで隊列を組み、敵を迎え撃つとしよう。こちらは全員が騎馬ゆえ、あそこなら退くも進むも思いのままだ」
それぞれの騎馬には轡取りの従卒がいるが、彼らは先に退いている。今は少し離れた場所から主たちの様子を見守っていた。
「丘に陣取り、敵が包囲を始めたところで一気に降って包囲網を食い破る」
「相変わらず荒らすのがお好きですなあ」
「手堅く戦うと文句を言う騎士が多いのでな」
オルバが澄ました顔で言うと、騎士たちがどっと笑った。楽しくて仕方がない様子だ。
「いやはや、お仕えする主君を間違えてはおらなんだわ。今日こそは討ち死にしますぞ」
「余は死ぬ訳にはいかんので、討ち死にするのはそなただけにしてくれ」
また笑い声。
その間にも隊列は隙間なく組まれ、いつでも突撃できる態勢になっている。
だが敵の動きを見た騎士たちは笑うのをやめた。
「包囲してきませんな」
「ふむ」
オルバが唸ったとき、敵方から一騎の騎士が進み出てきた。
「ユ、ユナト王オルバ殿の軍勢とお見受けする! 我こそはっ! ガソー公アングなり! 父の無念を晴らすべく、いっ、一騎討ちを所望いたす!」
「ほう、これはまた古風な」
騎士の一人がつぶやいたが、すぐに首を傾げる。
「なかなかに気骨あるように見えますが、それにしては声が震えておりますなあ」
「立場上、強いられておるのだろう。当主というのはそういうものよ」
シュテンファーレン家の当主でもあるオルバは溜息をつき、馬を進めた。
「あっ、陛下!? あのような申し出など、お受けにならずとも!?」
「あの者の父を討ったのは余の娘だ。一騎討ちの所望を無下にはできまい。それにな」
オルバは槍を握りしめて続けた。
「仇討ちに燃えるあの者を捨て置けば、いずれフィオレに害を為すやもしれぬ。ここで討ち取る。そなたらは手を出すな」
「はっ!」
一騎討ちに応じる王を止める者はいなかった。止めても無駄なことは良く理解しているからだ。ただし護衛のため、十騎ほどが続いた。
オルバは愛馬を軽やかに駆り、丘の中腹まで下りてくる。敵の隊列から矢や弾が飛んできても脅威にはならない距離だ。
「余がユナト王、オルバ・シュテンファーレンである。貴公はアング・ガソーに相違ないか?」
「はっ、はい!」
声が震えている。たくましい馬に乗って立派な鎧を身につけているが、手綱の握りや騎座の安定感を見れば馬術の練度は明らかだ。大したことはない。
(武勇を見込まれて一騎討ちを命じられた、という雰囲気ではないな。捨て駒か。だが妙だな……)
妙な違和感を覚えつつ、オルバは堂々と挨拶をする。
「アング殿、まずは我が娘フィオレが父君を討ったことをお悔やみ申し上げる。これも戦の倣いゆえ、貴公が余を討ったとて誰も恨みはせぬ。存分に腕を振るうがよい」
「あのっ、そう、そうですな! わかっております!」
(槍の穂先に毒が塗られている様子はなし、弓や弩の類は見当たらんな。伏兵も見当たらん)
普通に考えれば若さゆえの無謀と見るべきなのだろうが、経験豊富なオルバにはそう思えなかった。
「では一騎討ちと参ろうか」
オルバが槍と盾を構えたとき、アングがいきなり槍を投げつけてきた。
「うおおっ!」
「無礼な!」
騎兵槍は投擲に向いていない。まるで威力のないそれを盾で軽く払いのける。
だがそのとき、アングは盾の裏側に隠していたマスケット拳銃を抜いた。
「くらえ!」
パァンと乾いた銃声が丘陵に轟き、サイダルとユナト双方の騎士たちがどよめく。
「や、やった……やったぞ……」
硝煙のたなびく拳銃を構え、アングはガタガタ震えていた。
「むう……」
オルバは甲冑の腹を押さえる。至近距離から放たれた銃弾は、最上級の甲冑を易々と貫通していた。
(サイダルの名門貴族がまさかこれほどまでに堕落していようとは……不覚であった)
撃たれた無念さよりも、一騎討ちを穢された怒りが遙かに大きかった。
「小僧、それがガソー家の戦作法か」
じわりと殺気を込め、オルバは血を滴らせながら馬を進める。
まるで倒れる様子のないオルバに、アングは小さく悲鳴をあげた。
「ひっ!? 効いてない!? なっ、なんで!?」
「たわけ者めが!」
大喝したオルバは槍を振るい、アングを横殴りに吹き飛ばす。まともに手綱を握っていなかったのか、アングの体はすっぽ抜けるように宙を舞った。
「ぐわっ!?」
地面に激突したアングが悲鳴を上げた瞬間、その頭をオルバの軍馬が踏み抜く。鍛え抜かれた軍馬の全体重で頭蓋を潰され、卑劣な愚将は一瞬で絶命した。
「卑怯者の首に馬糞ほどの価値もなし。馬に踏み潰されるがお似合いよ」
痛みを堪えながら吐き捨てたとき、ユナトの騎士たちが丘を駆け下りて集まってきた。
「陛下!?」
「おけがはございませんか!?」
「撃たれておいでだ! すぐに手当を!」
慌てふためく騎士たちに、オルバは前方のサイダル騎士たちを指差す。
「鉛玉のひとつやふたつでいちいち騒ぐな! それよりも王の決闘を侮辱した報い、あの者たちに思い知らせてやれ。命乞いは無視せよ」
「ははっ!」
たちまち騎士たちは統率を取り戻し、槍を手に敵軍に殺到した。
大将のアングをあっけなく討ち取られたサイダル騎士たちは恐慌状態に陥る。一方のユナト騎士たちは怒りに燃えており、その光景は戦いと呼べるようなものではなかった。
「我が王を騙し討ちにしたこと、地獄で後悔するがいい!」
「待て、そいつは俺が殺す!」
「誰でもいい、もっと斬らせろ!」
逃げ遅れたサイダル騎士は一人残らず討ち取られ、草原に骸を晒す結末となった。
その様子を見届けたオルバは、力を抜いて鞍の背もたれに体重を預ける。甲冑が体を支えてくれるおかげで、どうにか威厳ある姿勢を保つことができた。
「もうよい、深追いはするな。十分に時を稼いだゆえ、我らも退くぞ」
そう言いながら、オルバは止血用の布を甲冑の穴に詰め込む。みるみるうちに赤く染まる布を見て、オルバは覚悟を決めた。
「いかんな。思った以上に傷が深い。これは助からん」
「陛下……そんな」
騎士たちが悲痛な声を漏らす。
だがオルバは痺れる足で馬の腹を蹴り、軽やかに歩ませ始めた。そしてバイザーを上げ、明るい表情を見せて笑う。
「さあ、余の息があるうちにフィオレの下に帰るぞ。王の骸を敵地に残す訳にはいかぬからな。そなたらの最後の奉公だ、力を尽くせ」
「ははっ!」
だがこのとき、フィオレたちに最大の危機が迫っていることを王はまだ知らずにいた。




