第55話
8月20日にオーバーラップノベルス様から書籍第2巻が発売されますので、それを記念して(というか書籍が先行すると規約違反になるので)、本日から毎日更新です。
「攻略は順調ですね、ジュナン殿」
野営地でカナティエが話しかけてきたので、俺は白湯の入ったマグカップを差し出しながら苦笑する。
「確かに進軍は順調ですが、それは今だけです」
するとカナティエが首を傾げる。
「と言いますと?」
「道中の領主たちが無抵抗なのは、リュジオン河流域の領主たちが経済的に豊かだからですよ」
「豊かだと無抵抗になる……?」
ますます不思議そうな顔をしているカナティエ。根っからの武人なので、彼らの思考はよくわからないらしい。
「彼らは河川交通での交易で潤っていますから、それさえ無傷なら帰属がサイダルだろうとユナトだろうと構わないのですよ」
「それでいいのですか、貴族ともあろう者が?」
純粋に意味がわからないといった表情で、カナティエが俺を見つめてくる。
俺は肩をすくめてみせた。
「いいのかどうかは平民出身の俺にはわかりません。ただ平民としては、自分の町が無事なら領主は名君だと思いますね」
どんなに正義の戦争だったとしても、自分の町が被害を受けるのは困る。それよりは卑怯だろうが不正義だろうが、自分の町が攻撃されない方がいい。庶民の本音だ。
そこは領主たちも同じなので、あれやこれやと理屈をこねて無抵抗でユナト軍を通過させる。
「ただ、リュジオン河のほとりを離れれば事情は変わってきます。交易が乏しく、農業や林業で食っている領主たちは土地によそ者が侵入することを許しません」
「では戦いになりますか?」
ちょっぴり嬉しそうな顔をして、そわそわしているカナティエ。戦いたがりという点では姫と同類だ。
俺はまた苦笑してみせる。
「おそらくはそうなるでしょう。ただ……」
俺が不安視している点を話そうとしたとき、姫が険しい顔で俺たちに歩み寄ってきた。
「そこにおったか。すぐに私の天幕まで来るのだ」
どうやら俺の不安が適中したらしい。
違ってたらいいんだけどな。
「やはり集結地点に援軍が来ていないのですか」
残念ながら、俺の不安は見事に適中していた。
姫は腕組みしながら難しい顔でうなずく。
「そうだ。斥候たちが戻ってくるのとほぼ同時に、叔父上の伝令が来た。簡単に言うと、もはや援軍は来ぬ」
「何が起きたんです?」
俺が問うと、姫はこう答える。
「まず最初に、叔父上のティゲル城から対岸のシャルマン城への攻撃は成功した」
王弟オルフィンはユナト北西端にあるティゲル城の城主だ。リュジオン河の上流にあり、山岳地帯の小国たちとも国境を接している。対岸は当然、サイダル領だ。
そういう重要な土地なので、リュジオン河の対岸にはサイダルも城を構えている。それがシャルマン城だ。やはりサイダル王の一門衆が守っている。
「叔父上はいつの間にか、大層な要塞砲を鋳造させていたらしい。そいつで対岸のシャルマン城の城壁に大穴を開けてやったそうだ」
姫は険しい表情をちょっとだけ崩し、嬉しそうな顔をした。
「シャルマン城の守備隊は城を放棄して逃げ、我が従兄たち……つまり叔父上の息子だな、彼らがシャルマン城を占領した」
「お見事ですね」
カナティエが力強くうなずいたが、姫は渋い顔をする。
「そこまでは良かったのだがな。従兄殿たちはシャルマン城に兵糧やら大砲やらを運び込み、我らに合流するために南下を始めたのだ。それがまずかった」
姫が俺をチラリと見たので、俺は答える。
「逃げたと思ったシャルマン城の守備隊が襲ってきたんですね?」
「その通り。……おぬしが従兄殿たちの下におれば、そのようなこともなかっただろうにな」
姫は溜息をつく。
姫の従兄たちは経験が浅く、初陣での勝利にすっかり浮かれてしまったらしい。まだ二十そこそこらしいから、それは仕方ないだろう。
「従兄殿たちは行軍中に待ち伏せを受け、兵糧と大砲を奪われてしまった。なんとかシャルマン城に逃げ帰ったはいいものの、敵に包囲されて動けぬ状態とのことだ」
姫の従兄たちが無事なのは良かったが、かなりの痛手だ。
もともと敵地で軍を合流させるのは難しく、失敗すれば作戦計画が大幅に狂う。俺もそれぐらいは知っているので、サイダル側の反撃を恐れていた。
「こちらの手の内が筒抜けになっていたのでしょうか?」
「いや、それはわからぬ。なんせシャルマン城からサイダルの王都までは近いからな。敵も良将と十分な兵を置いておるはずだ」
サイダルの王都を直接攻撃すると思わせてサイダル軍に防衛線を張らせ、その防衛線の外側を行軍して俺たちと合流する。
うまく決まれば冗談抜きにサイダルの王都を陥落させられる可能性があった。
だが失敗した。
「俺が聞いていた話では、援軍はオルフィン殿下御自らが指揮なさるはずでしたが……」
「そのことよ」
姫は腕組みしたまま嘆息した。
「叔父上にはティゲル城で守りを固めるよう、進言した者がおる」
「誰です」
「兄上だ」
ウルリス王太子かよ。何事も手堅く進めるタイプだが、どうやら今回は裏目に出たようだな。
「王太子の要請とあれば断れぬゆえ、叔父上は従兄殿たちに進軍の指揮を任せた」
「その結果、こちらには兵糧も大砲も届かないという訳ですか」
事情はわかったが、さすがにこれはちょっとまずい。
「現状、我が軍は城攻めに必要な大砲や兵糧が足りていません。小口径の野戦砲じゃ城壁は壊せませんよ。この先は堅牢な山城ばかりです。どうするんです?」
「そんなもん私が聞きたいわ」
ぷうっとふくれる姫。みっともないからやめなさい。
「ま、兵糧はその辺で収奪すればよい。村ごと焼き払えば文句を言う者もおらぬ」
「それはちょっと……」
敵の村なんかいくら焼いても構わないというのがこちらの世界の「常識」だが、それなら俺は非常識でいい。
村を焼かれた農民の末路は悲惨だ。村という共同体を失うと誰も守ってくれなくなる。あっという間に野垂れ死ぬか、縛り首覚悟で山賊にでもなるしかない。
姫はチラリと俺を見て、それからやれやれといった様子で手を振った。
「おぬしが農村の出であることを忘れておったわ。では兵糧は買い上げればよかろう」
「その方がマシですが、自分たちが越冬するための食料を買い取られると困るんですよ。金を出しても買えないときがありますから、どのみち恨まれるでしょうね」
凶作が二年続けばバタバタと人が死んでいく時代なので、食料の徴発という人為的な飢饉にも弱い。農産物の余剰分を売るよりも、少し余らせて腐らせる方が安心できるという農民も多いのだ。
「それに姫、大砲の問題が解決しません」
「ではどうしろというのだ、ジュナンよ」
姫が俺をまっすぐ見返してきたので、俺は最善策を提案する。
「今すぐファルガまで引き返しましょう」
「戻るのか!? せっかくここまで来ておいて!?」
やだやだやだと全身でアピールしている姫。困った子だな。
「ファルガまで戻れば兵糧も大砲もたくさんありますよ?」
「それはそうだが!? あっ、それなら伝令を送ってファルガから追加の兵糧と大砲を運ばせれば良いではないか! わざわざ本隊が戻る必要はないぞ」
それはそうなんだが、俺は退却した方がいいと思うなあ。
「姫」
「なんだ?」
「ティゲル城からの援軍は、大量の兵糧と大砲を運んでいたのですよね?」
「うむ」
こっくりうなずく姫。
「それを敵に奪われたということは、我が軍に何が不足しているのかを教えたも同然です」
「あー……」
納得したように再度こっくりうなずく姫。
姫はふむと顎に手を添え、それから宣言した。
「手の内を知られた以上、ただちに退却すべきだな。父上にもそう申し上げておく」
「言わなくても退却なさると思いますよ」
あの王様、豪快そうに見えて実は緻密に策を練るタイプだからな。そういう意味では、間違いなくあのウルリス王太子の父親ではある。
それからすぐに姫の天幕に伝令が来て、いったんファルガに引き返すとの王命を伝えたのだった。
さて、無事に戻れるだろうか。




