第54話
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こうして俺たちはファルガ港を治めるグロティウス家と水面下で密約を結び、リュジオン河に沿って北上することになった。
万事順調、幸先がいい。
……はずなのだが。
俺は馬上で行軍しながら、少し先を行く姫に声をかける。
「何をむくれてるんですか?」
「むくれてなどおらぬわ。そもそも、私の表情など見えておらぬであろう」
もう何ヶ月も一緒にいるんだから、そんなもんそろそろわかってるよ。
「むくれてますよね?」
「預かった兵を返してしまったゆえ、暇なのだ」
つまらなさそうに馬上でたてがみをつまんでいる姫。やめろよ、「疾風」が嫌がってるだろ。
「俺は兵糧や寝床の手配から解放されて、ホッとしていますよ」
紋章官にやらせるなよ。ユナトは官僚制度がまだ発展途上だから、こういうのはできそうな人間に全部降りかかってくる。おかげで出世しやすかったけど。
姫は「疾風」のたてがみを三つ編みにしようとして、長さが足りなくて諦める。
「今の手勢はルマンデ城の守備兵百五十しかおらんし、そのうち五十はルマンデに置いてきたし……」
さすがに城……というか倉庫を無人にする訳にはいかない。近隣住民に全部持っていかれてしまう。貴族も貴族なら平民も平民なので油断がならない。
「姫の親衛隊と考えれば百人もいれば十分ですよ」
この親衛隊百人の食料や寝床は姫が何とかしないといけないのだが、これぐらいなら俺一人でも捌けるから助かる。
「一緒に渡河した兵力と、本国から船で来た増援。両方合わせて一万といったところですか」
「うむ。ユナトの総力であるな」
戦える人間だけならその何倍もいるのだが、本国からの補給を維持しながら遠征できる兵力がこれぐらいだ。これ以上遠征させると本国の農業生産や物資の補給など、どこかでバランスが崩れる。
「ユナトの総力なら、ユナトの国王陛下が指揮するべきでしょう」
すると姫が振り返って文句を言う。
「賢しらに正論を吐くでない。そこを何とか曲げるために、おぬしがいるのであろうが」
姫は俺をなんだと思ってるんだ。カボチャを馬車に変える魔法使いか?
「無茶苦茶言わないでください。俺は王室紋章官なんですから、王室の道理を曲げる訳にはいきませんよ」
「ああ言えばこう言う! 実に口うるさい男だな」
一緒に行軍している兵士たちがクスクス笑っている。恥ずかしいな。
「姫、兵たちに示しがつきません。もっと毅然となさってください」
「くーちーうーるーさーいー!」
とうとう兵たちが耐えきれずに声をあげて笑い始めた。
「ぶっはははは!」
「姫様ぁ、笑っちまうからやめてくださいよ!」
「いや続けてもらおうぜ、行軍の退屈しのぎにゃちょうどいい!」
マルダー村でもそうだったが、姫は下の者から笑われるタイプだ。そしてみんな、姫のことが何となく好きになる。人徳だと思う。
だが姫はぷんすかしている。
「私を退屈しのぎに使うな! おぬしらが私の退屈を紛らわせるのが筋であろうが!」
「ほんとに無茶苦茶言うよな……」
「いやあ、うちの娘もあんなもんだよ」
「じゃあ王様も苦労してるんだな」
また兵たちがどっと笑う。
規律という点では少し不安はあるが、敵地の行軍でも士気が高いので助かっている。これだけは俺が何をどうしても無理だ。姫あっての俺たちだった。
俺は馬を進め、姫の隣に並ぶ。
「姫はそれでいいんですよ」
姫は俺の顔をまじまじと見つめていたが、やがて唐突に赤くなった。
「何を親みたいな顔をしてうなずいておる! ええい、無礼であるぞ! 下がれ下がれ!」
また行軍の隊列から笑い声が漏れ、俺は小さく溜息をつきながら馬の歩度を落としたのだった。
このまま遠征を国王任せにして、俺は楽をしたい。
そう思っていたのに、なぜか俺は敵方への使者として駆り出される。
「貴殿がウィレム殿に認められたという、ユナトの王室紋章官か……それにしてもお若い」
街道筋の町を治める領主が、応接室でワインを開けながらうなずく。
この人はサイダル貴族だが、ファルガ港を治めるグロティウス家とつながりが深い。
俺はワイングラスを手に、にこりと微笑む。
「この町もファルガ港を中心とした交易網の一部ですので、そのファルガ港が陥落したとなれば立ち位置が難しいでしょう。御迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いやはや、まったくです。サイダル貴族として王家に忠誠を誓わねばなりませんが、この町が寂れてしまえば忠誠を誓う兵も養えません」
応接室の豪華さを見る感じ、交易でだいぶ儲けてそうだな。この繁栄は手放せないだろう。
だから俺はこう提案する。
「我らユナトの軍勢は一万……いや二万ぐらいいそうな雰囲気ですね。三万かもしれません」
「うん?」
怪訝そうな顔をする領主に、俺はにこやかに語りかける。
「しかもユナト人は野蛮で、何をするかわかりません。いきなり大砲をぶっ放してくるかもしれません」
「……どういう意味ですかな?」
領主がじわりと警戒心を滲ませてきたところで、俺はワイングラスの赤色越しに彼を見つめる。
「後ほど、空砲を何発か撃ちます。近隣の集落にも砲声は届くでしょう。貴家はサイダル貴族として精一杯戦ったが、三万の軍勢相手に抵抗するのは半日が限界だった」
「ふむ」
領主はうなずき、無言で俺に続きを求めてくる。
「しかしユナト王は貴家の戦いぶりと忠義心に心を打たれ、町の破壊や略奪を厳禁とした。ユナト軍は敬意と礼節をもって領内を通行し、貴家の名誉と町は守られます」
領主の表情から警戒心が消え、代わりに熟慮の色が見える。
しばらくして、領主がワイングラスを掲げて言う。
「夕食はこちらでお摂りになられると良いでしょう。『戦』の後は腹が減りますからな」
「ありがとうございます。陛下にはそのように奏上いたしますので」
俺は頭を下げ、俺たちは乾杯したのだった。
「お前は! そうやって! 戦わずに! 全部済ませるつもりか!」
次の町への進軍中、俺は隣にいる人にずっと文句を言われ続けた。
「いいじゃないですか、誰も死なずに済んだんですし。あとワインおいしかったでしょう?」
「私はまだ飲めぬ! 知っておるくせに!」
この世界じゃ十四歳ならワインぐらいは許されるんだけど、姫は下戸なんだよな。
俺は馬上で懐から命令書を取り出す。
「心配しなくても、次の町はもうグロティウス家の影響力は及びませんよ。この辺りからは普通に戦いになります」
俺は腹黒い談笑をしながら美味しいワインを飲む方が好きなんだがなあ。前世で取引先を接待するより楽しい。
姫はまだむくれている。
「どうせその町も、おぬしが降伏勧告に行くのであろう?」
「そうです。斥候の報告では、既に籠城の準備をしているそうですよ」
「ふーん……」
ちょっと期待している目だ。なんでそんなに殺し合いがしたいのか、俺にはさっぱりわからない。
「じゃあ先行して、ちょっと降伏勧告を伝えてきますね。どうせ追い返されるでしょうけど」
「うむ! ちゃっちゃと追い返されてくるがよいぞ!」
そんな期待に満ちた目を向けてこないでほしい。
そして城門前にて。
「我らはサイダル王家に絶対の忠誠を誓っておる! この門から先には一歩も進ませぬぞ!」
城門の上から大声で怒鳴っているのは、甲冑姿の厳つい騎士だ。領主……ではないっぽい。守備隊長的な人か?
俺は国王からの使者として、馬上で声を張り上げる。
「では降伏はなさらぬのだな!」
「いかにも! 絶対に降伏などせぬ! ここに全ての兵を集め、決死の籠城をすると心得よ!」
よかったよかった。これで戦争できますよ、姫。
「じゃあそういうことで……」
帰ろうとしたとき、守備隊長的な人が叫ぶ。
「そもそも! 我らの先祖たちはこの原野を開拓し、森の中に町を建設したのである! 森の中に街道を通し、その街道を守る関所としてな!」
歴史談義が始まったぞ。俺はこういう郷土史みたいなのが大好きなので、おとなしく傾聴する。
でも気になる点はあった。
「失礼だが、森がどこにもないようだが……」
「さよう! 数世代に及ぶ開拓の結果、深い森は全て田園になった! それゆえ、この町を通らずに迂回していく旅人も多い!」
なんだか風向きが変わったな。
俺はなだらかな丘に広がる休耕地を見回す。麦の刈り入れが終わった後なので、ただの広い空き地だ。
「ではユナト軍が迂回した場合、貴家はどうする!」
「先ほど申したであろう! ここに全ての兵を集め、決死の籠城をすると!」
やっぱりそういうことか。
「要するに素通りしろと」
「決死の籠城である!」
わかったわかった。もうそれでいいです。
「では貴公の言葉はお預かりし、国王陛下に『正しく』お伝えする」
「頼んだぞ!」
頼まれちゃったよ。
後ほど、姫がまた俺に文句を言ったのは言うまでもない。
これは俺のせいじゃないって。
たぶん。




