第52話
* *
「といった次第でね」
メステスが苦笑し、背後からひょこりとミオレ姫が出てくる。
「といった次第ですの」
可愛いな。
でもこれはさすがに、ちょっと問題じゃないか?
案の定、姫は仏頂面だ。
「ここはおぬしが来るような場所ではない。王女ならおとなしく王城におれ」
「お姉様も王女でしょう?」
「私は良いのだ。父上がお許しになっているのだからな」
めんどくさそうに言いつつ、卓上の焼き菓子を取ってミオレの口元に突きつける姫。
ミオレがぱくりと食いつくのを眺めつつ、姫は頬杖をつく。
「メステスは呼び寄せようと相談しておったところだ。ミオレは帰れ」
「ふぃひゃへふは!」
「嫌も何もあるまい。私が帰れと言ったら帰るのだ」
「ふぃーひゃーへーふーはー!」
「やめろ、食べかすがこぼれる」
揉めてるようにしか見えないけど、なんだかほのぼのしてるやりとりだ。
だが俺はメステスの言葉が気になった。
「メステス、補給が滞っているのは事実なんだな?」
「そうだよ、我が友。ああ、心労でこんなにやつれて……」
俺の手をさすりまくってくるメステス。どこもやつれてないよ。元気いっぱい。
撫でさすられたまま、俺は親友に問う。
「以前の手紙に書いてあった通り、王太子殿下の裁可がなかなか下りないのが原因か?」
「ああ。とにかく動きが遅いんだ。君たちからの要請があってからだと絶対に間に合わないから、先に僕の方で必要なものを申請しておいた。ここに送っていたのは、あらかじめルマンデ城に集積しておいた分だよ」
なるほどな。前線に近い位置に集積所を確保しておいて正解だった。包囲攻撃は攻撃側も兵糧などが不足しやすく、我慢比べの部分がある。
足りなければ周辺の村落から略奪するのが定石だが、当然のように民衆や領主を敵に回す。敵を増やすのは得策ではないので、今回は徹底して補給に頼っていた。
「ありがとう。包囲が維持できたのはメステスのおかげだよ」
「いいんだよ、君のためだからね」
しっとりとした笑みを向けられて、ちょっと胸がときめいてしまう。メステスは普段そっけないが、その理由がよくわかる。純粋な善意が色恋沙汰に発展してしまうのだ。
それはさておき、王太子の動きが鈍いのは気がかりだな。遠征軍にとって、本国からの補給に不安を抱えているのは何も良いことがない。
「となるとやはり、ミオレ様にも協力してもらった方が良いかな」
俺のつぶやきを耳聡く聞き取る姉妹。
「待て。それはどういうことだ、ジュナンよ」
「まあ! やはりジュナン様は聡明な方ですのね!」
二人が左右から俺にぐいぐい迫ってきた。
「まだ十歳のこやつに何かさせようというのは無理がある」
「粉骨砕身、お姉様のために努力いたしますわ!」
「ミオレに何かあれば父上にも母上にも申し訳が立たぬからな」
「ではさっそく、何から始めましょうか?」
左右同時にしゃべらないで。何言ってるのか聞き取れないだろ。
俺は手を挙げて制止し、この強引な姉妹を黙らせる。
「ええとですね。今後の補給に関してですが、やはり策源地に王族が不在というのは不安なんですよ。メステスは平民出身なので内外の貴族や商人にコネがありません」
外交僧としての実績を積めばコネも増えていくんだろうけど、今の彼の影響力はルマンデ城やマルダー村の周辺に限定されている。
すかさずミオレ姫が割り込んできた。
「つまり! 私がお姉様の名代としてファルガにいれば、何かと話が早いという訳ですわね!」
「はい、そうです」
欲望と一致したときだけ恐ろしく察しが良いな、この子。
「確かにメステスよりミオレの方が話を通しやすかろうが、だからといってな……」
渋い顔をしている姫に、俺はそっとささやく。
「我々の進軍中にファルガが寝返れば致命的です。それを防ぐためにもメステスが不可欠ですが、ミオレ様にも居て頂いた方が良いかと」
「なぜだ?」
「ミオレ様の護衛名目で軍を駐留させられます」
ファルガを治めるグロティウス家は別にシュテンファーレン家に対して何の恩義も好意も抱いていないはずだ。仕方なく軍門に降ってはいるが、いつ裏切ってもおかしくない。
「ふむ」
姫が腕組みしたとき、ドアがノックされる。
「遠慮は無用だ、入れ」
「では失礼いたします」
入ってきたのは、例のウィレム翁だった。
もしかすると今の話、聞かれたかもしれない。
しかし姫は普段通りの様子で、軽く頭を下げる。
「おお、ウィレム殿か。用があればこちらから参じたものを」
貴族の領地、特に屋敷では王族といえども客人の作法を守らなければならない。勝者である姫も例外ではなかった。
しかしウィレム翁はにこりと笑う。
「いやなに、耄碌して家の中で迷子になっていただけですよ」
「御冗談を。まだ戦場で槍を振り回していそうなほどに壮健でおられるではないか」
事実上降伏しているとはいえ、相手はこの地を治めており、しかも遙かに年長だ。姫はこういうとき、ちゃんと相手に敬意を払う。
いろいろと問題の多い姫様だけど、ここらへんがしっかりしている限りは俺もついていけると思っている。
と思っていたら、姫がとんでもないことを口走った。
「ああ、ちょうど良いな。実は私の紋章官が、貴家が裏切るのではないかと心配しておるのだ」
何を言ってくれちゃってるの!?
俺はギョッとしたが、ウィレム翁は楽しげに笑っただけだ。
「そうですな。機会さえあれば必ずや裏切りましょう。サイダル王に申し開きができるよう、表向きはまだ包囲戦が続いていることになっているのですからな」
こっちも何を言ってくれちゃってるんだよ!?
しかし姫はうむうむとうなずいている。
「いかにも。私の責任は貴公が裏切らぬよう、常に手厚く遇し続けることだ。裏切るよりも味方のままでいた方が良い、そう思わせるためにな」
「はい、それを期待しております」
孫を愛でるような優しい表情で、にこにこ笑っているウィレム翁。
それから彼はこう続けた。
「私には、いえグロティウス家にはファルガの繁栄と安寧を守る義務があります。その義務を果たせるのであれば、何度でも裏切るでしょうな」
これはたぶん、彼の本音なんだろうな。本音を話してもいいと思ったからこそ、ここまで踏み込んで公言している訳だ。
だから姫も気を悪くした様子はない。
「我がシュテンファーレン家もユナトの繁栄と安寧を守る義務がある。お互いに立場ある身ゆえ、貴家が裏切ったとしても恨みはせぬ。ただそのときも、無用な流血は避けてくれぬか?」
「確約はできませんが、息子たちにはよく言い聞かせておきます」
「それで十分だ。風向きが変われば何度でも裏切るがよい。私は何度でも受け入れるぞ。ファルガ港とそれを統治できる人材はどうしても欲しいからな」
姫はからからと笑い、それから俺を見た。
「おぬしもそろそろ、君主の何たるかについて学ばねばな」
「俺は平民上がりの一代貴族ですよ。領地も持ってませんし」
「将来的にはわからんではないか」
なんか今、ちょっと拗ねてる感じだったな。なぜ?
するとウィレム翁が俺に話しかけてきた。
「君は本当にフィオレ殿下に信頼されているのだな。それに君自身も、殿下に心からの忠誠を誓っている」
「そうでしょうか」
俺だって立場があるから、何かあれば裏切っちゃうかもしれないぞ。俺自身、そこらへんは保証しかねる。
しかしウィレム翁は目を細め、こう続けた。
「君がそこまでの忠誠を捧げる相手なら、やはり王の……いや、覇王の器なのだろう。だとすれば、このままユナトの陣営にいた方が得策だ。それが私の見込み違いではないことを証明してほしい」
やっぱりこの爺さん、なかなかの商売上手だな。
「できるかどうかはわかりませんが、誠心誠意やらせて頂きますよ。だからギリギリまでは損切りしないでくださいね」
「わかった。この町の漆喰に誓おう」
なぜかウィレム翁は変なものに誓いを立てると、真面目な表情でうなずいたのだった。




