第49話
そして俺はまた、敵方への使者としてテルダムに行く。
今回は自分で言い出したことなので別に不満はないが、敵方へのお使いが本当に多い。
紋章官は戦場でも攻撃されないルールだが、「間違えて撃っちゃった」とかはザラにあると聞くので結構怖い。
「昨日は素敵な菓子折を頂戴し、我が主も喜んでおいででした。フィオレ殿下に代わり、お礼を申し上げます。こちらは返礼の品です」
包囲攻撃して殺し合いをしているのに返礼も何もあったものではないが、こういうのは意外と大事だ。
憎い敵同士ではあるが、互いに支配者としての立場があり、職務として戦っている。
だから敵方から礼を尽くされれば、こちらも相応の礼で返さねばならない。支配者としての格に傷が入るからだ。
それはそれとして交渉の余地は残しておかないと戦争がしづらいので、最低限の交渉窓口を確保しておくためにも必要ではある。戦争ってめんどくさい。
そこで俺は昨日の菓子箱を恭しく差し出す。
「菓子箱をお返しするついでに、返礼の品を詰めて参りました。どうぞお納めください」
ウィレム翁は菓子箱を自ら受け取りつつ、静かに微笑む。
「『焼き菓子』を気に入ってくれたとは嬉しい。開けても良いかな?」
「どうぞどうぞ」
菓子箱の蓋を開けると、中には干し葡萄が敷き詰められていた。
ちなみに例のユゴネイアという都市国家にも紋章はあり、葡萄の房がモチーフらしい。
干し葡萄の上にはなぜか干し魚が一匹、ちょこんと横たわっている。紋章の中に魚もいるそうなので、そういうことなんだろう。
ウィレム翁が目を細めた。
「葡萄と魚か……なるほど、これは良い品を頂戴したな」
「恐れ入ります」
これで「答え合わせ」はできただろうか。できたはずだ。……たぶん。
ウィレム翁は菓子箱の蓋を閉じ、それから俺をじっと見つめる。
「紋章官のジュナン殿、だったね。『レシピ』は誰が?」
「フィオレ殿下です。子供扱いされたことに大層御不満でしたよ。菓子の焼き印も見ずに夢中で平らげていたのですが」
「おやおや、ははは。ではヒント無しで軽々と解いたという訳か。なかなかのものだ。私の孫たちは一人も解けなかったよ」
あれ? じゃあ意外と難問だったのか。知らないと恥ずかしいレベルではなかったらしい。
楽しそうに笑いながら、ウィレム翁はゆっくり立ち上がった。
「歩きながら話すのはどうかね? 港の砲台を御覧に入れたい」
「では堂々と偵察させて頂きましょう」
俺もにっこり笑い、ソファから立ち上がった。
海からの心地良い潮風を浴びながら、俺はウィレム翁と二人だけで歩いていく。
背後には自警団のおっちゃんたちが緑のたすきをしてついてくるが、微妙に距離を置いていた。どうやらウィレム翁の指示らしい。
俺は海を睨む大砲を眺めながら、こう切り出す。
「立派な砲台ですね」
「海側の砲台は最新型を集めているよ。軍船の大砲は脅威だからね。陸側のは砲身が摩耗した中古品や、型落ちの大砲ばかりだ。弾薬もしっかり備蓄している」
ウィレム翁は大砲の横に置かれた火薬樽をポンポンと叩いた。事故防止のため、小分けにして小さな樽に詰められている。
「このテルダムは守りが堅いのだよ。ユナトやサイダルの建国以前から、この地で栄えていたと伝えられているからね」
「文明は河や海の近くで興るといいます。ここはどちらにも近いですから、歴史も深いでしょう」
ウィレム翁は俺をじっと見た。
「君は博識だな。紋章官の前は史学を志していたのかね?」
「いえ、歴史が好きなだけです。元々は徴税官の助手ですよ」
俺の言葉にウィレム翁は視線を前に戻した。
「なるほど。出世の振り出しとしては良い選択肢だ」
民衆と接するタイプの役人なら、平民でも臨時の助手になりやすいからな。俺なりに栄達を考えての選択だ。
ウィレム翁は続ける。
「リュジオン河を下ってきた品物を万舟湾の各地で売りさばき、今度はそこから仕入れた品をまた各地で売りさばく。それがテルダムの営みだよ」
「海に国境は引けませんからね」
何気ない雑談に見えるが、包囲されている城塞都市の長の言葉だ。ひとつひとつに意味があるに違いない。
そう考えると、今の会話は「テルダムはユナトとかサイダルとかあんまり気にしてないよ」と受け止めても良いのだろうか。わからん。
わからんときは聞いてみよう。
「とはいえ、サイダル王家の庇護あっての繁栄でしょう」
「そうだな。もちろん、グロティウス家はサイダル王家に忠誠を誓っているとも」
あ、嘘だな。口調でわかる。言質を取られないよう、あくまでも建前として発言してるだけだ。
俺は急いで方針を練る。
ウィレムはどちらかといえば武人ではなく商人寄りの貴族だ。テルダムを長年治めてきたのだから当然だろう。
だとすれば……。
そう思っていたら、向こうから話を振ってきた。
「ところで君は平民時代、領主に何を望んでいたかね?」
「税を安くしてほしかったですね。あと山賊や害獣の対策を」
公助というものがほとんどない世界だが、さすがにもうちょっと助けてほしい。
「つまりは経済と治安の安寧を求めていた、ということだな」
「そういうことになりますね」
ははーん、なるほど。この流れに乗っかればいいんだな。ウィレム翁の方からレールを敷いてくれたので、安直に乗っかることにする。
「そう考えますと、テルダムの民衆も同じことを考えているのでしょうな」
「そうだろうとも。だが陸も海も包囲されていては、どちらも保証してやることができない。君たち次第だな」
「ははは」
そりゃそうだよ。包囲攻撃してるの俺たちだもん。
だがこれもテルダムの治安が良くなる、つまりユナトに降って包囲が解除されるというのを意味している気がする。表情や口調からそれが察せられた。
考えてみれば衛視ではなく自警団を護衛にしているのも、彼らが領内の平民だからだろう。政治的なやり取りは彼らには理解できない。
だとすれば、もうちょい踏み込んでもよさそうだ。
「海上封鎖しているのは西側だけです。東への航路は安全ですよ」
国名を出すのは避けたが、東にあるのはもちろんユナトだ。
ウィレム翁は意地悪そうに笑う。
「ユナトとの交易は禁じられていないが、この状態でユナトと活発に交易をすれば陛下がお疑いになるだろう」
「良いではありませんか。東の航路を使えないのなら、せっかくの地の利が無駄になります」
俺はそう言い、さらに畳み掛ける。
「リュジオン河と万舟湾の合流地点にあり、東西どちらにも航路を持つのがテルダムの強みです」
「そうは言っても国境の都市だからな」
わざとらしく溜息をついてみせるウィレム翁に、俺は本題を切り出す。
「陸の国境など、どちらかに動かしてしまえばいいだけの話です。万舟湾の外にでも」
それはつまり、ユナトかサイダルのいずれかが万舟湾を完全支配することを意味している。
俺はユナトの紋章官だから、「サイダル王家を裏切ってユナトに味方しましょうよ」と勧めている訳だ。
「邪魔な国境がなくなれば、テルダムは新しい地図で中心的な役割を果たすことになります。国境警備の任もなくなりますから、城壁の外に町を広げても大丈夫ですよ」
他の城塞都市は町の発展に伴って城壁の外側にも町が広がっており、新市街として活気づいている。
一方、テルダムは城壁の内側にぎゅうぎゅうに詰まっていた。ちょっと窮屈な感じだ。
ウィレム翁は微笑む。
「それは素晴らしい。だが私はサイダル王家に忠誠を誓う身だ。なかなかそうもいかんよ」
「援軍のひとつもよこさない王家など、存在しないも同然ではありませんか」
サイダル王がテルダム救援に動かない理由はわかっている。
ユナト王オルバの弟であるオルフィンが、リュジオン河上流の城塞都市ティゲルで兵を動員しているからだ。
内陸ルートから侵攻される可能性を考えると、サイダル王は沿岸部に十分な兵力を送ることができない。
そのことを教える気はないが、まあウィレム翁も薄々は気づいているだろう。重要なのは、肝心なときに援軍が来ないという事実だ。
「テルダムが国境の城塞都市であり続ける限り、同じことは何度でも起きるでしょう。おそらくはウィレム殿の孫の代にも」
俺はウィレム翁の孫たちと同世代らしいから、その頃も現役だ。
一方、ウィレム翁はその頃にはこの世にいない可能性が高い。彼がどれだけ経験豊富で手強くても、存命でなければ恐れるに足りない。
ウィレム翁は苦笑した。
「私を脅迫するつもりかね?」
「いえ、歴史が好きなだけですよ。百年や二百年など、歴史の中では一瞬ですから」
地球の歴史が四十六億年だもんな。人類の祖先が石器を使い始めたのが二百万年ぐらい前。
こっちの世界ではどうだか知らないけど、それに比べれば百年なんて誤差みたいなものだ。
俺の言葉にウィレム翁が少し驚いた顔をする。
「百年が一瞬か。なかなかに気宇壮大な若者だな」
「百年が一瞬だからこそ、今を生きる者として慎重に判断すべきだと思うのです。百年後のテルダムが城壁の外にまで町を広げ、新しい国の中心地として繁栄を極めている姿を想像できますか?」
するとウィレム翁が白髭を撫でる。
「確かに今のままでは町の発展は望めぬ。だがそれでも、尽くさねばならぬ忠義というものはあるのだよ」
模範解答だ。でも知ってる。
このお爺さんが模範解答をするときは、本心が別にある。
だから俺は卑怯な取引を持ちかけることにした。
「では忠義を尽くしたままでよろしいでしょう」
「うむ?」
不思議そうな顔をするウィレム翁に、俺はこう説明した。
「テルダムを守るグロティウス家は、侵略者たるユナト軍に怯むことなく籠城を続けるのです。西の航路を断たれても屈せずに」
詩人っぽく語った後、俺は砲門の縁に手をついて海を見つめる。
「ですが東の航路は開いておりますので、倉庫の品を売りさばく相手には困りません。ユナトの軍船相手に商売もできるでしょう」
「君は詐欺師の才能がありそうだな。私に詐欺師の片棒を担がせる気か?」
俺はニコリと笑った。
「いえいえ、とんでもない。ただテルダムは包囲されていますので、中で何が起きているのかは誰にもわかりませんよね?」
だから籠城を続けるふりをして、ユナトに寝返っちゃおうぜ?
ウィレム翁はしばらく黙った後、ふーっと溜息をついた。
「つまりどう転んでも損のない形にしてくれる、ということかね」
「はい、信頼を裏切るようなことはしません。仮に今回は失敗したとしても、すぐにまた戻ってくるでしょうから」
貴家が降伏するまで侵略するのをやめない。姫はそういうヤツだ。敵にだけはしたくないと思う。
俺は火薬樽のひとつを手に取り、蓋の焼き印を眺めた。
「貴家の秘密は全て守りますよ。ブレンダン商会の火薬樽がこんなにあることもね」
「ああ、そういえば君は詐欺師ではなく紋章官だったな……」
ブレンダン商会の次男坊が俺と同期の紋章官だから、ここの商標はよく覚えてるよ。グロティウス家はユナトの豪商たちとも関係が深いらしい。
どうせ他にも密輸とかやってるんだろうな。
「御安心ください。フィオレ殿下は物わかりの良い御方ですよ」
「君が話を通してくれれば、だな?」
「ええ」
俺たちは肩を並べ、しばらく無言で海を眺める。
やがてウィレム翁が俺の肩をポンと叩いた。
「良い散策だが、老いぼれには潮風がいささか冷えるな。続きは私の書斎で聞こうか。ホットワインでも一緒にどうかね?」
「ではありがたく」
なんでこんなに悪役っぽい会話してるんだろうな、俺たち……。




