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パラサイトな僕の十九人の姉さん達  作者: 輪二
第六章 僕は何も知りたくない
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10.オルテンは咆哮する

 あれは、数十年も昔の事だ。


『おい! どこへ行くつもりだ!』


 血のつながらない弟の腕を、オルテンは乱暴につかんだ。

 幼い弟は『迷夢の樹林』を去ろうとしていたのだ。


『ここにいれば、食事も、寝床も、新しい服ももらえる。どうして出て行くんだ』

『俺は罪のない人を殺したくない』

『馬鹿か。ここにいれば家族が手に入るんだぞ』


 弟は、オルテンの目をじっと見つめ返した。


『家族……』

『そう、家族だ。俺達が欲しくて欲しくてたまらなかった家族だ。家族は絶対裏切らない』

『世の中に()()なんてない』


 そう言うと、彼はオルテンの腕を振り払って駆け出した。

 オルテンは何度も戻るように叫んだ。

 けれど、彼は止まらなかった。


(そうだ……あいつは、振り返らなかった)


 頭の中を駆け巡っていた回想を中断し、オルテンは前を向いた。

 目の前に金の髪に金の眼の少年が立っている。

 ありし日の弟の姿だ。


(いや、そんなわけはない)


 頭を振ってもう一度見ると、そこに佇んでいたのは魔獣ハンターの女だった。弟などではない。

 どうして見間違えたりしたのだろうか。

 髪の色も、背丈も、性別すらも違う。


(極限の状態が見せた幻か――)


 けれども、彼女と弟はどこか似通った所があったのも事実だ。


(……そうか。眼差しだ)


 オルテンはそう思い当たった。

 こちらに向けられた強い眼差し。

 それが、あの日の弟と同じなのだ。

 それはまるで親子のような――。


「……あんた達の事は、父から聞いた……」


 ハンターの女は低い声でそう言った。

 

「……父はここにいた時の記憶がおぼろげに残っていたそうだ……ただ、ハンター狩りをしている犯罪一家がどこを狩り場にしていたのかは、なかなか思い出せなかったそうだよ……」


 彼女の横で、血濡れの《銀月虎》が咥えていた物を放り投げる。

 地面にゴロリと転がったそれは、オルテンの右腕だった。


「……世界を旅しながら、父は強くなった……己を知り、家族を知り、世界を知ろうとした……そして、冒険を終えた時、父は手に入れた財宝、情報、人脈、全てを使って『爵位』を買った……」


 食いちぎられた右腕から血がボトボトと落ちる。

 身体が熱く、痛みで意識が遠のく。

 目が眩み、息が苦しい。


「……父は地位が欲しかった……それは見栄などではない……全ては、子供達を守るためだ……」


 恐ろしく美しい虎の唸り声が、地響きのように伝わってくる。

 目が霞んでいるのは、霧のせいか、それとも――

 死期が迫っているせいか。


「……孤児院の子供達が十二歳を迎え、その後、道を外さないように……子供達が大人に『寄生』されないように……そのための施設を作りたかった父は、貴族の仲間入りをする事で、狭小な領地と微少な権力を手に入れた……」


 そう言うと彼女は、胸元を飾っている無骨な石のようなものを握りしめた。


「それで父は『学園』を設立した……子供達を守るための施設……お前達のような奴らから守るための、我が家……」


(そうか――)


 ようやくオルテンは気がついた。

 あの時逃げ出した弟は、ここではない別の場所で家族を作ったのだ。

 霧の中から抜け出して、幸せな家庭を手に入れたのだ。


(でも、だとしたら――)


「だとしたら、俺は……俺は一体……俺の家族は……」


 違う。

 俺は間違っていない。

『迷夢の樹林』に残り、家族を大切にした。

 家族を捨てた弟が、正しいわけがない。

 絶対に、俺は間違っていない。


(俺の家族は、()()に間違っていない――!)


 オルテンは、突然身震いをして叫んだ。


「おおおおおい! 敵だぞ! 家族の敵がいる! みんな来い! こいつを倒すぞ!」


 遠吠えのような声だった。

 思わずランプは一歩後ろに下がる。

 オルテンの声が、霧の中を四方八方に散って行く。


「テンシア! ハインはどこだ? ドラン! ジアン! 早く来るんだ!」


 しかし、その声には誰も答えない。

 オルテンはもう、家族を失っていた。


「おい、アナベル! アナベルはどこだ! アナベル、来るんだ! いいか、狩りに大事な事を教えてやる。どんなベテランの狩人も、慢心によって命を落とす。いいか、決して相手を侮るな」


 オルテンの声に、返事をするものは誰もいない。


「アナベル、おいアナベル。聞いているのか? また殴られたいのか――」

「……うるさい」


 魔獣ハンターの女が、唸るように言った。


「……いい加減、静かにしろ……身体ごと噛みちぎるぞ……」

「ははっ、よく言うぜ」


 オルテンは、無理矢理目を見開いて、口を歪めた。


「俺達家族には、誰も敵わない。俺達には絆があるからな。さあ、お前達、こいつを倒して、装備品をごっそりいただくぞ!」


 そういって、彼は、ランプに向かって行った。


「俺達の家族は、絶対――」


 オルテンはそう咆哮した後、絶命した。

 《銀月虎》に腹を食い破られ、目を見開いたまま最期を迎えた。

 

 地面にはヤドリ草《緊鎖(キングサリ)》が散らばっている。

 鎖から解き放たれたのは、子供達か、それともオルテン自身なのか。


 霧が静かに彼の姿を覆っていった。



   ♢   ♢   ♢



「なんとか終わりましたねぇ」


 ティオーラが伸びをして言った。


「化け物退治、お疲れ様ですぅ」


 ランプは相棒のヤドリ獣を優しく撫でている。

 吟遊詩人の少女達もワラワラと集まって来た。


「あのっ! この人達はどうなるんですかっ?」

「え? 犯罪者だし、このままじゃないの?」

「野晒しだとアンデッド化する」

「ああ、言われてみればそうよね」

「犯罪者の中でも重罪を犯したものは火葬されるって聞いた事ありますっ!」


 ランプはかしましい少女達の言葉に「ああ……」と頷いた。


「……『組合』の方に連絡して、回収してもらう……」

「そうか。ランプに『化け物退治』を依頼したのも、『組合』でしたな」


 クローの言葉に「そうだ……」と言いかけたランプは、少し顔を歪めて「……クロー、ずっと思っていたが……」と首をかいた。


「……その変な言葉遣いは何なんだ……?」


 プフゥッとティオーラが吹き出す。


「やっぱり変ですよねぇ! クローってば、ずーーーーっと変な意地はってるんですよぅ」


 クローは「なんでもいいじゃないですか」と苦笑いを浮かべて横を向く。


「あのクローが、無理矢理私達に敬語使ってるんですよぅ。おかしいですよねぇ」

「……クロー、お前に敬語を使われる謂れはない……」

「ですよねぇ、ですよねぇ、クローってば、みんなに会うたびに言われてるんですよぅ! そんな言葉遣いやめてくれって! なのに全然直さなくてぇ!」

「いや、あたしは、アキレアの娘ではないから――」


 娘でいる資格はないから。

 皆とは違うから。

 十九人の一人であると知られたくないから。

 大事な、あの少年に。


 クローは誤魔化すように汚れた衣服を叩いて言った。


「さあ、急いでビー様を探しましょう。ミャーマと一緒に、どこかに隠れていてくれるといいんですがね」


 生きていてくれ、そう願った。

 覚悟がなく、ミャーマに預けたままの黄金の欠片。

 彼は受け取ってくれるだろうか。


(どうか、死なないでいてください、ビー様)


 クローは心の中で強く願った。

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