11.彼らは家族を失った
「人を……呼んできます。ミャーマ様はここにいてください」
僕はそう言ってフラフラと洞窟を出た。
ミャーマから返事はない。もしかしたら熱で眠っているのかもしれない。
先ほど言われたミャーマの言葉を思い出す。
『ねえ、ビーちゃん。この世界の人間が、どうして冒険に出たがるのか考えた事ある? 危険な旅を称賛するのはなぜ? 勇者が崇拝されるのはなぜ?』
『それは……勇敢だから……』
『勇敢な人間はね、役に立つのよ』
『それは……魔獣を退治してくれるって事ですか? あ、それとも、兵士として戦力になるって意味ですか?』
戦争で活躍する英雄を作ろうとしていたアリウム姉さんの事を思い出す。
そんな僕を、ミャーマは暗闇を湛えた瞳でじっと見つめる。
『あたしの元いた世界にも、寄生生物はいたわ。それに寄生されると、溺れるとわかっていながら、水辺に飛び込んでしまう。それに寄生されると、喰われるとわかっていながら、鳥から見つけやすい様に身体を変化させてしまう』
『身体を変化?』
『そうよ。死ぬとわかっていても、寄生生物に操られると、そう行動してしまうの』
死ぬとわかっていながら、行動してしまう――。
『冒険者も、そうなんじゃないかしら?』
『そうなんじゃ……って? どう言う意味で――』
『ヤドリのせいなんじゃないかしらって事よ』
ミャーマは僕の言葉を遮って話す。
『ヤドリの影響なのよ。ヤドリは宿主をあえて危険な目に合わせて、死んだら身体を乗っ取ろうとしてるの。夢と勇気と希望と野望の名の元に、自分の意思で意思で行動していると思っても、実は操られているのよ』
僕はミャーマの言葉に何も返せない。
『危険な冒険は、ヤドリにとって役に立つのよ。だからこの世界には、冒険者がいて、勇者がいるの』
そう言ってミャーマは、『むいむい』と呟いて体を横たえた。
僕はふとミャーマに尋ねた。
『ミャーマ様、その「むいむい」って、どう言う意味ですか?』
ミャーマは、顔にかかった黒い髪の毛の間から、ささやくように答えた。
『あたしの故郷の言葉でね。「虫ケラ」って意味よ』
♢ ♢ ♢
僕は勇者の冒険譚が好きだった。
危険な森、未踏の谷、不思議な村、新しい街。
そんなワクワクする旅の物語が好きだった。
だけど僕は帰りたい。
旅に出たくない。冒険なんてしたくない。
帰りたい。家に帰りたい。
でも、あの家は、ぼくの家じゃなかったんだ。
僕に帰る場所なんてないんだ。
僕の知っている物語では、主人公は偉大な親の血を継いだ選ばれし者で、愛すべき家族がいて、帰る場所があって、特異な能力を持っていて、たとえ、大切な何かを奪われたとしても決して諦めず、仲間と冒険を続ける。
でも僕は違う。
よろめきながら、僕は霧の中を彷徨った。
どこへ行けばいい?
僕は、家族を失ったんだ。
いや、そうじゃない。
家族なんて、最初からいなかったんだ。
♢ ♢ ♢
あたりを見回しながら、オレは霧の中を進んだ。
どこへ行こうか?
オレは、家族を失ったんだ。
いや、そうじゃない。
家族なんて、最初からいなかったんだ。
家族になろうとタンシアに誘われ、孤児院を出たオレはこの樹林へやって来た。
お前のためだと殴られた。
家族のためだと蹴られた。
ヤドリ獣が孵化する前は、足手まといだからと、他の家族が狩りに出かけている間、棲家で留守番をしていた。
いつも頭がぼんやりしていた。
逃げ出す事なんて考えもしなかった。
オレは常に濃霧の中にいた。
けれど《風迅狼》が孵化した事で、だんだんと意識がはっきりとして来た。
毛並みごしに伝わる狼の温もりが、頭の中を漂っていた霧を追い払ってくれた。
ヤドリ獣が孵化した事で、オルテンから狩りについてくるように言われた。
その頃には、『狩り』と言うのが何を指しているのか理解していた。
(何が狩りだ……ただの強盗のくせに……)
人殺しはしたくなかった。
そう言うと、オルテンだけじゃなく他の家族からも殴られた。
家族とはなんだろうか。
オレは家族がわからない。知らないからだ。
だから「アナベル、これが家族というものだよ」と言われれば、ああそうなのかと思うだろう。
温かな居場所こそ家族なのか。
利用するのが家族なのか。
身を案じるのが家族なのか。
罪を暴くのが家族なのか。
役に立つのが家族なのか。
迷惑をかけないのが家族なのか。
そばにいるのが家族なのか。
命をかけて守るのが家族なのか。
殴られても蹴られても従うのが家族なのか。
家族のために生き、家族のために死ぬ。
それが家族なのか。
オルテンは死んだ。
タンシアも、ハインもドランもジアンもみんな死んだ。
家族はいなくなった。
絆は消えた。
自分で考えていいのだ。
オレは自分の力で生きて行く。
全て自分の責任だ。
足に付いた泥はいつの間にか乾き、ポロポロと剥がれ落ちた。
オレは軽くなった一歩を力強く踏み締め、前を向いて歩き出した。
♢ ♢ ♢
絆は消えた。
自分で考えなきゃいけないんだ。
僕に自分の力などなかった。
全て他人のものだったのだ。
足にこびりついた泥は今もなお、じっとりとまとわりついている。
僕は重い足取りで何歩か進み、それから下を向いて立ち止まった。
ティオーラ姉さん。
僕は、後継者として認めてもらうために旅して来た。けれど、僕は何も見えていなかった。
僕は父さんの息子じゃない。
フラン姉さん。
僕は偽物だったんだ。本物のアイビーと入れ代わった偽物なんだ。
僕に愛すべき家族はいないんだ。
キョウ姉さん。
貴族の息子は僕じゃなかった。僕の思い込みだった。勘違いだった。
僕には帰る場所がない。
アリウム姉さん。
英雄のような力は僕にはないんだ。僕は寄生したヤドリだから。
僕は特別な能力なんて持ってない。
ストレツィア姉さん。
姉さんは、僕に父さんを取られたと言っていたね。僕はアイビーからも、父さんからも、大切なものを奪ったんだ。
ランプ姉さん。
僕は旅を続けるべきかな。なんのために? だって僕は、物語の主人公じゃないんだ。
僕には冒険を続ける理由がない。
寄生していたのは僕の方だったと言うのに。
僕は、どんな顔をして姉さん達に会えばいいんだ。
「パラサイトな僕の、十九人の姉さん達……」
僕の呟いた言葉は、所在無げに樹林の空に消えていった。
僕はまだ立ちすくんだままでいる。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次章の投稿までしばらく間があきます。
また続きを投稿した際は、どうぞよろしくお願いします。




