9.クローは斬り結ぶ
ランプとオルテンが対戦している一方――。
クローは、ドランとジアンの姉妹と対峙していた。
笑みを浮かべたまま、クローはティオーラに声をかける。
「そっちの狼は頼みますよ。この二人は、あたし一人で充分でしょう」
「はっ! 随分馬鹿にしてくれるわね」
クローの言葉にドランとジアンは顔を引きつらせる。素早く視線を交わすと、二人同時にクローに斬りかかった。
「……じゃあ、お任せしますよぅ」
ティオーラはクローの背中にそう言って、二頭の《風迅狼》と向き合った。
傍には、三人の少女達がそれぞれヤドリを構えている。
「それじゃあっ! こちらも戦闘開始ですっ!」
跳ねる声と共にモモが《捕斧木》を振るった。
飛び退いた狼に向かってティオーラが《酔閃》を投じる。
地面に突き刺さった《酔閃》の上を飛び越え、もう一頭の狼が牙を剥き出しにトトを狙うが、彼女は《鉄扇》を広げ、舞うような動きで《風迅狼》の爪と牙を防ぎきった。
くるりと勢いをつけて回り、その勢いのまま閉じた《鉄扇》で《風迅狼》の目を狙うが、今度は狼が《鉄扇》に噛みつき、その攻撃を防ぐ。
「ちょ、ちょっとこの……放しなさいってば」
身動きが取れなくなったトトに、すかさずもう一頭が狙いをつける。
慌ててモモが《捕斧木》を振るが、《風迅狼》の毛の先を薙いだだけで、空振りで終わる。
「やばっ!」
その声に反応したティオーラが《酔閃》を再び投じようとした瞬間、爆音と共に狼が二頭とも転がった。
ココの《砲閃花》が、狼を吹き飛ばしたのだ。
ただ――
「ちょっと! なんで私まで巻き込むのよ!」
トトが顔に泥をつけ、勢いよく起き上がる。
「ココ! あんた何考えてんのよ!」
「威力弱い。別に死なない」
「そういう問題じゃないっての!」
ココの《砲閃花》は、攻撃は派手だが、なにぶん魔力が低く経験も浅いため、そこまでの殺傷能力はない。
今はせいぜい、爆風で敵を飛ばすぐらいしか出来ないのだが、小物の魔獣を威嚇するには充分だ。
大体が、音と風に驚き、敵の方が逃げ出してしまう。
だが――。
「気をつけてくださいねぇ。わんちゃん達、まだまだ元気いっぱいみたいですぅ」
ティオーラが少女達に警告する。
泥にまみれた二頭の《風迅狼》が、唸り声をあげてこちらを睨んでいる。
ティオーラはやれやれと肩をすくめた。
どうも少女達との共闘は緊張感に欠ける。
「んむぅ。犬と子供と泥んこ遊びなんて、私には向いてないですぅ」
「お姉さん、そんな事言わないでくださいよっ!」
「こんなの、酒のつまみにもならないですよぅ」
ティオーラはそう言って、ローブを跳ね除け両腕を横に広げた。
「げっ!」
モモが口を押さえて飛び退く。
ティオーラの左右の腕がボコボコと波打ったのだ。
いくつもの瘤が光と共に膨れ、その中から《天眼鼠》達が、こぼれ落ちるように飛び出して行く。
「……お姉さん、結構気持ち悪いですねっ」
「ちょっと、失礼よぅ」
ティオーラはそう言って、狼達にぴしりと指差す。
「わんちゃん達を、足止めして下さいよぅ」
わらわらと鼠の群れが、狼に向かって飛びついて行く。
何匹かは噛みついているようで、狼が不快そうに爪を振り回す。
一つ一つの攻撃は致命傷にならないまでも、無視できる量ではないのだろう。
「ヤドリ獣ってのはね、無理に倒す必要はないのよぅ。結局は宿主を倒せばいいんだからぁ」
ティオーラは、少女達に頷いて見せる。
「あと少し時間稼ぎをしておけば平気よぅ」
「時間稼ぎ?」
「そう。もうすぐ決着がつくはずだからね。ただねぇ」
ティオーラはチラリと、クローの方に目をやる。
「時間潰しに飲むお酒って、あんまり美味しくないのよねぇ」
♢ ♢ ♢
「くそっ!」
ドランとジアンの姉妹二人は、息のあった動きで次々にダガーを繰り出す。
しかし、クローのヤドリ草《太刀花》は、全ての攻撃を受け止め、弾き返す。
クローの口の端には浮かんだ笑みは消える事なく、その余裕な様が、姉妹を追い詰めて行く。
二人は、自分達の劣勢を理解し始めていた。
「アナベル……アイツさえちゃんとしていたら!」
息をあげてクローから距離を取ったドランは、吐き捨てるように言った。
「アイツは――新入りだから」
「新入り?」
クローがその言葉を聞き咎める。
「そうさ。アイツはファミリーに入りたて。ヤドリ獣だって孵化したばかりだ。まだまだひよっこだ」
ふとクローは、アナベルと呼ばれた少年の方に目をやる。
アザだらけの痩せた四肢。頬のこけた顔。
目だけが爛々と暗い光をたたえ、やけに大きく見える。
隙を狙うように、ドランとジアンの姉妹がダガーを振りかぶるが、クローはなんなくそれをかわし、二人の腹にそれぞれ蹴りを入れる。
たまらず呻きながら二人は後退する。
「……お前ら、きょうだい――ではないのか」
「きょうだいだよ? 私達は家族だ。絆で結ばれているのよ!」
ジアンは一瞬で直立して叫ぶ。
その反応は、まるで訓練された兵士のようだった。
「孤児院を出たばかりの私を、父さんと母さんは拾ってくれた。そしてたくさんの事を教えたくれた。生き延びる方法を、敵の仕留め方を、そして獲物への感謝を」
ドランもゆらりと立ち上がってダガーを構え直す。
「みんなそうだよ。父さんと母さんに家族にしてもらったんだ。そうやって私達は家族同士支え合って生きてきたんだ」
なるほど――とクローは思う。
黄金の勇者アキレアは、孤児院出身の子供達を学園に呼び寄せた。
緋色の賢人ミャーマは、追い詰められた子供達を一座に招き入れた。
そして、ハンター狩りのオルテンは、行き場のない子供達を犯罪集団に抱き込んだのだ。
(家族という報酬を餌にしたんだな)
一人だけアザだらけのアナベルという少年。
おそらく彼は、家族の団結力を深めるために役割を与えられていたのだ。
家族のためにならなければどうなるか、という見せしめの役割を。
「……胸糞悪いな」
クローは吐き捨てるように言った。
流石に、その顔から笑みが消えていた。
「どんな賭け事も、全ては親が儲かるように出来ている」
「……は? なんの話よ」
「あんたらは利用されてんだよ。わからんのか?」
クローの言葉に、二人は一瞬黙った。
そして、ぐしゃり、と顔を歪めるとそのまま爆笑した。
「何言ってるの? そんなのわかってるわよ。わかっててやってるのよ!」
ジアンの言葉にドランが続く。
「私達は家族の一員なの! 家族のために命をかけてるの! ハイン兄さんはそうした。母さんもそうした。二人だけじゃないわ!」
そう、二人だけじゃない、とドランは繰り返す。
「もっともっと、もっといたのよ! アナベルやドランが来る直前に、二人の兄と弟が死んだわ! ハイン兄さんよりも年上だった姉は、獲物から返り討ちにあって、私がとどめをさしてあげた。それが家族だから!」
姉妹の目はどこか誇らしげにクローを見つめている。
まるで、歴史ある家系図を見せびらかすかのようだった。
ドランは言葉を続ける。
「いくつかの孤児院にあたりをつけておくのよ。で、もうすぐ十二歳になる子がいれば、チャンスね。孤児院を出た所で母さんが迎えに行くのよ。警戒されないように、女きょうだいの誰かがついて行く事が多いわね」
「……そうやって、子供をさらっているのか」
「違うわ」
ジアンが馬鹿にしたように鼻で笑う。
「家族になろうって誘うの。無理矢理連れて来るわけじゃないわ」
「父さん達だってそうなんだから」
ドランは自慢げに言った。
「父さんだって、孤児院出身よ。父さんが来る以前から、ファミリーはあった。ずっとずっと、家族は続いて来たの。絆は繋がって来たの」
鎖のように、強く、抗えない繋がり。
家族という絆。
「父さんはたくさんの兄と姉と弟と妹と育ったの。みんな、家族のために命をかけて、そして死んでいったそうよ。ああ、そういえば――」
そこでドランは言葉を切った。
「――そういえば、昔一人だけ、逃げ出したヤツがいたって父さんが言ってたわ。父さんの弟分だったらしいけど。もしかしたら、私達の事をチクったのもそいつかしらね」
クローは、ただ小さく首を振った。
「……手遅れか」
ドランとジアンは、満面の笑みを浮かべる。
対してクローは、苦虫を潰したような顔だ。
先ほどとは逆転したその光景に、後ろからティオーラが声をかける。
「クロー、手を貸しましょうかぁ?」
「いや、必要ないですな」
短く答えたクローに向かって、ドランとジアンは恍惚とした顔で飛びかかった。
「私達は、家族のためにあるの」
「家族は、私達のためにあるの」
クローの《太刀花》が閃いた。
次の瞬間、二人は声もなく地面に伏した。
もう、ピクリとも動かない。
こうしてレインファミリーのドランとジアンは、笑顔のまま切り倒されたのだった。




