8.ランプは追い詰める
――ドゴオオォン!
爆風が辺りの霧を蹴散らす。
音の正体は、ココの《砲閃花》による砲撃だった。
相手に命中させる事が目的ではない。
砲撃による爆風――それによって視界を覆う霧を一時的に散らすのが目的だった。
視界が晴れていく。
そして、その向こうにいた敵の姿が露わになった。
「……ようやく、追い詰めた……」
ランプが口の端をクイと上げる。
彼女の背後ではクローが、ティオーラが、そして三人の少女達が、それぞれ自分のヤドリを発動させ、臨戦体制となる。
相手は油断ならない化け物だ。
皆に緊張感が走る。
「……『迷霧の樹林』で次々にハンターが消える……その噂は随分前からあった」
ランプのハスキーボイスが、周囲に低く響き渡る。
「……霧に惑い、魔獣にやられたのだと、誰もが思っていた。それだけ危険な地帯なのだと……けれど、私は聞いたんだよ。ここの出身者に……」
敵の唸り声が何重にも聞こえてくる。
恐ろしげな牙も見える。
けれど、ランプの声は落ち着いていた。
「……『迷霧の樹林』には化け物がいる……そいつらが、樹林を訪れるハンターを次々に狩っているのだ、と……」
ランプは編み込まれた夕陽の色の髪を横に払った。
彼女のうなじには瘤があり、茜色に光を放っている。
「……さあ、おいで。化け物狩りの時間だ……」
ランプの声に応えるように、彼女の瘤の光は明るさを増す。
その輝きの中から、ヤドリ獣が姿を現した。
初めに見えたのは、前足だった。ついで鼻先が現れ、獰猛そうな目が瞬く。
唸り声を合図に、ヤドリ獣が躍り出た。
白銀の毛並み。
鋭い爪が地面を踏み締める。
口元から覗く、まるで月のように光る大きな牙――。
ランプのヤドリ獣《銀月虎》が、勢いよく飛び出し咆哮した。
「……『迷霧の樹林』を狩り場として、訪れるハンター達を次々に襲い、命と所持品を奪う化け物共……」
《銀月虎》はランプに身体をすり寄せながらも、その目は敵を捉えたままだ。
その恐ろしげな姿を目にした敵達が、一歩後ずさるのが見えた。
ランプは唸るように告げる。
「お前達なんだろう? ハンター狩りのレインファミリーってのはさ」
ランプの言葉に、今まで黙って聞いていたオルテンは口を開いた。
「誰に聞いた知らんが、そこまでわかってるんだったら、生きてこの樹林から逃すわけにはいかねぇな」
オルテンの横に並ぶドランとジオンも、敵を狩るために身構える。
「お前達、狩りの時間だ。家族のために戦うぞ」
その言葉を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
♢ ♢ ♢
オルテンの《風迅狼》がランプに飛び掛かった。
ランプは身体をバネのように使って跳躍し、狼の顔を踏みつけるようにして地面に向かって蹴り飛ばす。
《風迅狼》は身体を回転させながら衝撃を受け流しつつ着地し、唸り声をあげてランプの右足に噛みつこうとする。
しかし、《風迅狼》は横に跳ね飛ばされる。《銀月虎》の前足が、横腹を殴りつけたのだ。
勢いよく二、三度地面に叩きつけられる《風迅狼》。
トドメを刺そうとするせまる虎の牙に、鎖が巻き付いた。
オルテンだった。
鎖の正体は彼の手から伸びたヤドリ草《緊鎖》だ。
オルテン=レイン。
樹林を訪れるハンター達を次々に襲う、犯罪ファミリーの頭。
ハンター狩りは家族で行う。
《風迅狼》達が、獲物に襲いかかり、気を逸らしている間に、オルテンの《緊鎖》が背後から霧に紛れて一人ずつ捕える。
そのまま殺す事もあれば、他のハンターへの人質として使う事もある。
『迷霧の樹林』はハンターの絶好の狩り場だ。
市場で出回りにくい希少な魔獣が多く生息している。
ハンター達は危険に備えてしっかりと装備品を揃えて、何人かでパーティを組み、『迷霧の樹林』へと挑む。
そんなハンター達の装備品は、品質も良く裏の世界で高く売れる。
オルテン達はそうやって生きて来た。
だが、今日の狩りはいつものようにいかなかった。
そもそもの始まりは、赤い衣服を着た妙な一団を襲った時だった。
子連れだと甘くみていたが、思わぬ反撃にあった。およそ戦闘とは無関係そうな少女達が、ヤドリ草を使いこなしていたのだ。
こちらの隙をついて彼女達は逃げ出した。
《風迅狼》をけしかけ、追いかけようとしたが、叶わなかった。
間の悪い事に、霧の中から《銀月虎》を連れたハンターの女が現れたのだ。狼の声を聞いて、こちらの居場所を見つけたらしい。
混乱した長男のハインが女に襲い掛かり、そして返り討ちにあった。
《銀月虎》の牙は、的確にハインの腹を貫いていた。
そこからは、オルテン達の陣形が崩れてしまった。
赤い一団には逃げられた。
しかし、追う余裕はなかった。
《銀月虎》は元より、ハンターの女や連れの剣士もかなりの手練れだったからだ。
一度逃走し、体勢を立て直したオルテン達は、再度奇襲を仕掛けた。
一度は相手を侮っていた。
けれども、霧に隠れて背後から襲えば、二度目はいつものように上手くいくと思っていた。
その結果が、惨敗だ。
妻のタンシアは《銀月虎》に噛みつかれ、首から血を吐き出しながら崩れ落ちた。
つまり、これは三度目の戦闘だ。
(正直、分が悪い)
今まで、襲った獲物は一度も逃さず始末して来た。
だからこそ、長い間《迷霧の樹林》を狩り場にしてこれたのだ。
(俺らの事がどこから漏れたんだ?)
オルテンは内心で毒づく。
(まさか、アナベルか? いや、アイツにそんな事出来る度胸はないはずだ)
オルテンは背後をチラリと見る。
そこには、凍りついたように棒立ちになっている末息子がいた。
「おい、アナベル! お前いつまでそうしているつもりだ!」
オルテンはいつものように彼に怒号を浴びせた。
「どうしてお前は他のきょうだいの様に出来ない!? 誰が狩りの心得を教えてやったと思ってる!」
レインファミリー。
彼らはチームワークの取れた狩りの技術により、生き延びてきた。
オルテンとタンシアの夫婦は、時に厳しく時に優しく、子供達に狩りの技術を教えた。
生き延びる方法を、敵の仕留め方を、そして獲物への感謝を。
オルテンの背後から、ナイフを構えたランプが斬りかかる。
オルテンは両手の間に張った鎖でランプの斬撃を受け止め、反動を生かしてランプの足元をねらって蹴りを入れる。
ランプは攻撃をよけ、一度オルテンから距離をとる。
その隙に、オルテンはアナベルの元へ駆け寄った。
「ハインも、タンシアも、あのハンターの女の虎にやられたんだぞ! 二人の仇を取ろうと思わんのか!」
「オレはやらない!」
アナベルは裏返った声で叫んだ。
「オレはやりたくない! 人殺しなんか……可哀想じゃないか!」
「この臆病者が!」
オルテンは拳を握り締め、アナベルを殴りつけた。
いつものように、何度も何度も。
「今まで誰が食わしてやったと思ってるんだ! お前の食事を買ったその金は、どこから出てきたと思ってるんだ! 俺達が命懸けでハンター共を狩って、そのおかげで生き延びてきたんだろうが」
アナベルの姿に、オルテンは自分の弟の姿が重なって見えた。
人を殺して生き延びる事など出来ないと、ファミリーを飛び出して行ったオルテンの弟。
あどけない少年の、こちらを軽蔑するような金の瞳が、アナベルの姿を借りてこちらを責めているように感じた。
一際力を込めて、オルテンは末息子を蹴り付けた。
そして、ランプの方を振り返る。
「……俺達は家族だ」
両の手で《緊鎖》を掴み、ギンッと音を立てて引く。
「俺達は家族だ。乗り越えられる――俺達は強い絆で結ばれた家族だ」
オルテンの《風迅狼》が、威嚇するように咆哮した。




