6.ミャーマは打ち明ける
ミャーマは小さくため息をついて黙った。
僕は、しばらく言葉が出てこなかった。
(異世界……? ミャーマが別の世界からやって来た?)
混乱する一方で、どこか「ああ、だからか」と納得する自分もいた。
手に握っていた『ペンライト』に目を落とす。
妙な物語をたくさん知っていて、人と違った発想をする、『緋色の賢人』や『知の英雄』と呼ばれるミャーマ。
「……じゃあ、ミャーマ様は……えっと……」
(そうか、本名はミヤマだから……)
口ごもる僕に、ミャーマは笑い「ミャーマでいいわよ」と言った。
「こっちの人達には馴染みのない発音だったのかしらね。最初はミヤマって名乗っていたんだけど、みんなが『ミャーマ』って呼ぶから、それでもいっか!って諦めたの」
ミャーマが髪をかきあげる。
手首の赤い石が軽い音を立てる。
「でもね、こっちで色々勉強しているうちに、気づいちゃったのよ。あたし、自分が異世界に『転生』したのかと思っていた。でも違ったのよ」
「違った?」
ミャーマは「そう」と呟き、身を起こした。
「この若者の身体に、あたしという別の生き物を宿らせる――これって、何かに似ていない?」
そう言われて僕は「あっ」と声をあげた。
「まさか……ヤドリ術……」
「その通りよ」
ミャーマは仄かな笑みを浮かべて頷いた。
「これってヤドリ術にそっくりなの。あたしは、この身体の持ち主の、命のスペアにされたのよ」
僕は、アリウム姉さんの話を思い出す。
空っぽの器に、魂を注ぐ研究していたアリウム姉さん――。
「あたしはね、転生したんじゃない。寄生させられたの。あたしは、ヤドリなのよ」
そう言うと、ミャーマは大きくため息をついた。
僕はハッとして彼(――いや、本当は彼女か)の額に手をやる。
(――熱い)
傷のせいだろうか、熱が出て来ている。
僕は荷物から水を取り出しミャーマに飲ませる。
ミャーマは一口水を飲んだ後「ねえ、続きを聞いてくれる?」と言った。
「ダメですよ。大人しくしていなきゃ」
「お願い。今、話さなきゃいけない気がするの」
熱のせいで子供っぽくなっているのか、ミャーマは引かない。
僕は布を水で濡らしてミヤマの額に当てた。
「自分がヤドリだと気がついた時、ショックでね。アキレアに詰め寄ったわ。なんでちゃんと説明しなかったんだって。何が『己を知れ』だって。なんであたしを無理矢理こっちの世界に連れて来たんだって」
そう言えば、ジャルダン学園が襲撃される前にミャーマは学園を去っていたはずだ。
その辺りの事も関係しているのだろうか。
「いいから全部知ってる事を話してちょうだいって詰め寄ったらね、アキレアは話してくれたのよ。彼と二つの繭の話を」
――繭?
「そう。これは、昔々のお話よ」
そう言ってミャーマは、熱で潤んだ瞳のまま、勇者の物語を語り始めた。
♢ ♢ ♢
「その昔、黄金の勇者は、各地を冒険しながら魔獣を倒し人々を救った功績を認められ、王の使いから褒美を受け取りました。
それは二つの《繭》でした。
王の使いは言いました。
『この繭には、魂が封じられている。大切な者の命がこぼれ落ちそうになった時、この繭を使いなさい』と。
ある時、黄金の勇者は、将来有望な剣士に出会いました。
彼は、才能ある妹に嫉妬し、彼女に毒を盛って亡き者にしようとしました。
勇者はその企みを防ぐため彼と対決し、その結果、若き剣士は瀕死の重症を負いました。
しかし、勇者は彼のような若者を亡くすには惜しいと考えました。
そこで、王様からもらった繭を彼の身体に寄生させたのです。
繭は羽化し、新しい命が彼の身体に宿りました。
髪と瞳は黒く染まり、彼は別人のように新しく生まれ変わったのです。
勇者は、羽化したヤドリを《ヤドリ魂》と呼ぶ事にしました」
ミヤマはそこまで言って一息つくと、洞窟の天井を見上げた。
苔と岩の間を小さな虫が這い、遠くの方で微かな水音がする。
「その繭から羽化したのが、あたしなの。本当、むいむいよね」
僕は学園の図書室で見かけた本を思い出す。
あそこにはなんて書いてあっただろうか。
専門的な用語が多くてほとんど理解できなかったけど、確か『種や卵の他にも、植え付けられるヤドリがある』と書かれていたはずだ。
種から発芽するヤドリ草。
卵から孵化するヤドリ獣。
そして、繭から羽化するヤドリ魂。
そういう事なのだ。
「あたしの身体の持ち主は、瀕死の状態だったっていうから、この身体はあたしの魂が支配しちゃったんでしょうね。でも、もし生きている人に繭を植え付けたら、どうなるのかしら。一つの身体に魂が二つ。それは、どんな状態なのかしら」
ミャーマは「むいむい、むいむい」とうなされるように呟いた。
「ミャーマ様、もう休みましょう。熱があがってしまいます」
「話はここからなのよ」
ミャーマは、うめきながら身動きをする。
シャラン、シャランと身につけている石が音を立てる。
「繭は二つあったのよ」
ミャーマはそう言った。
そして黙った。
続く言葉を待っていた僕は、その意味を考え、そして凍りついた。
――もし、生きている人間に繭を植え付けたら――
――一つの身体に魂が二つ――
いくつもの欠片が繋がっていくような気がした。
――五歳の頃、僕は暗殺されかけた――
――父さんはその事をずっと黙っていた――
二つあったヤドリ魂の繭。
――突然身体を乗っ取る『彼』――
――命のスペア――
「父さんが、繭を植え付けたのは……僕?」
声がかすれた。
手が震えているのが自分でもわかる。
「僕の身体を乗っ取る『彼』……あの『彼』が、繭から羽化したヤドリ魂――僕に寄生したヤドリ魂――そういう事ですか?」
僕の問いかけに、ミャーマは悲しげな視線を向けたのだった。




