5.オルテンは追われる
オルテン達は逃げていた。
父オルテンを先頭に、アナベルとジアン、ドランが続く。
その周りを四頭の狼が隊列を崩さぬように囲んでいる。
(なんてことだ……くそっ)
一度目のしくじりをふまえ、オルテン達は今度こそ慎重に動いた。
ゆっくりと敵を追い詰め、霧に乗じて背後から襲う――そのつもりだった。
しかし、《銀月虎》はこちらの考えなど初めから読んでいたかのように、ひらりと身を翻して牙を剥いた。
恐ろしき虎は、オルテン達を返り討ちにした。
(こんな事になるとは――)
先頭の狼がオルテンに向かって短く吠えた。
オルテンは片手で他の三人に指示を出し、ようやく四人は立ち止まって息をつく。
周りを囲んでいた狼達も、すぐに立ち止まる。
そして、荒い呼吸のまま、狼達は各々の主人の元へ歩み寄った。
ヤドリ獣《風迅狼》。
オルテンの家族は皆、この狼をヤドリ獣として植え付けている。
小柄だが、宿主の指示を的確に理解し、群れでの狩りに適している。
他のきょうだい達と同じように、十二歳を迎えた末っ子のアナベルも、《風迅狼》を孵化させた。
これで、アナベルも狩りに加わる事が出来る――そう思っていたが……。
(まさか、ここまで使い物にならないとはな)
オルテンは、末息子のアナベルの元へ大股で歩み寄り、思い切り彼を蹴飛ばした。
近くの樹に背中を叩きつけられたアナベルはうめき声をあげて身体を丸めた。
「一匹狼って言葉があるだろう」
オルテンは、近寄って来た《風迅狼》の背中を労うように軽く叩き、その場にドカッとあぐらをかいた。
狼の方も彼に寄り添うようにして腰を下ろす。
オルテンは末の息子を睨みつける。
「本来、狼ってのは群れで狩りをする。つまりだな、一匹狼ってのは、群れを追放された奴なんだ。家族と絆を結べなかったやつなんだよ」
長女のドラン、次女のジアンもオルテンの横へ並ぶ。
「お前はどうするんだ? 群れを離れるのか? それで生きていけるのか? どうなんだ!」
アナベルは、地面に伏したまま答えない。
アナベルの元に、一番若い《風迅狼》がトットッと近寄る。彼が孵化させたばかりのヤドリ獣だ。
狼は心配気な様子でアナベルの脇腹を鼻先で押す。
前足が、カシッカシッと地面を引っ掻いた。
「タンシアが……母さんが死んだ」
オルテンはなるべく感情を出さないように言った。
「あの恐ろしい虎にやられた。……アナベル、その時お前は何をしていた? お前の母親の喉笛に《銀月虎》が噛みついている時、お前は、そしてお前のヤドリ獣は何をしていたんだ」
「母さん……」とジアンが呟く。
鼻をすすり上げる音が聞こえた。
「お前も家族の一員だろ! だったら、家族のために命をかけてみろよ! タンシアはそうした。家族のために命をかけて、そして死んでいったんだ。家族ってのは、そう言うもんなんだよ!」
「オレは……」
アナベルがかすれた声を出しながら起き上がる。
その手が《風迅狼》の頭に乗せられる。
狼はクイと鼻先を上げて、宿主の手のひらに額を押し付ける。
アナベルはヤドリ獣を優しく撫でた。
「オレは……殺したくないんだ……」
「何甘ったれた事言ってんの?」
長女のドランが声を荒げる。
次女ジアンは涙を拭ってアナベルを睨んでいる。
「オレは……だって……可哀想で……」
「じゃあ、むざむざ殺されてもいいって言うの!?」
悲痛な声でジアンが叫ぶ。
「母さんも、ハイン兄さんも、殺されたんだよ? 仇なんだよ? あの虎を仕留めなきゃ、こっちがやられるんだよ!」
「だけど……」
「あんたはただの弱虫よ!」
ジアンはそう言うと、オルテンに「父さん! こんなヤツ、もうほっとこう。構ってられないよ。私達だけでも――」と言い募る。
その時、オルテンの《風迅狼》がピクリと身体を起き上がらせた。
「――近いのか?」
オルテンはそう尋ねながら立ち上がる。
狼は低い唸り声で答えた。
奇襲に失敗した結果がこれだ。今度は敵がこちらを追い詰めようとしている。
「まさか、俺達が追われる番になるとはな」
そう言ってオルテンは鼻を鳴らした。
迷夢の樹林はそういう場所だ。
濃霧の中、獲物を追っていたつもりが、逆に追われて命を落とす者もいるという。
ドランとジアンの姉妹は自分達の《風迅狼》を従え、臨戦体勢に入る。
末息子のアナベルだけが、首を振って、自分の狼の首にすがりついた。
「追われる番……? そうじゃない……」
アナベルは、誰にも聞こえない小さな声で言った。
「これでようやく、オレ達が終われる番だ――」
(終わらせるべきなんだ――オレ達は命を奪いすぎたから)




