4.クローは打ち明けられない
「じゃ、皆さんもヤツらに襲われたんですねっ! 私達もですよっ! それでミャーマ様とはぐれちゃって!」
「しっ! 静かに! モモってば声が大きいわよ!」
「トトもうるさい」
賑やかな三人の少女達を前に、ランプは「……おい」と顔をしかめている。
「……静かに出来ないなら……その口引き裂くぞ」
「はいっ! ごめんなさいっ!!」
「……だからうるさい……耳ごと噛みちぎるぞ」
ピャッと背筋を伸ばして固まる三人の少女と、ため息をつくランプ。
その横でティオーラがクローに耳打ちをする。
「はぐれた者同士、ビーとミャーマが一緒にいてくれたらいいんですが……クロー? どうしましたぁ?」
「え? ああ、そうですな……」
心ここに在らずといったクローの様子に、ティオーラは首を傾げる。
「そういえばぁ、学園にいた頃からクローってミャーマの事、ちょっと苦手そうでしたねぇ」
「ああ、いや、苦手と言うか……あいつ、あたしの兄にそっくりなんですよ」
「お兄さん?」
クローは肩をすくめる。
「だいぶ昔に亡くなってるんですがね、今でも尊敬している兄ですよ。ただ、兄そっくりの見た目の癖に、あの口調、あの仕草なもんで……」
「んむぅ……なるほどぉ」
「どうも調子が狂うんですよ」
複雑なんですねぇ、とティオーラが頷く。
実際、クローの胸中は複雑だった。
アイビーには隠し通して来たが、バッチオーク伯爵――アキレアから、クローは何度も打診されていたのだ。
ティオーラ達と同じように、伯爵家の養女にならないか、と。
学園の生き残りの十九人。
その中に、戦うべき時に戦えなかったクローも含まれているのだ。
(あたしは――相応しくない)
ジャルダン学園が襲われ、勇者アキレアは生き残った生徒達を自分の養子にした。
そして彼女達に、金と、地位と、居場所を与えた。
例えば、雑踏に紛れられる賑わいの街。
例えば、秘密主義の公爵家の屋敷。
例えば、薬草の研究の盛んな村。
例えば、余所者が目立つ排他的な村。
黄金の勇者は、命を狙われた娘達が、安全に暮らせるような居場所を手配したのだ。
「何故、皆を屋敷に匿わないのですか?」とアキレアに尋ねた事がある。
すると、元勇者はゆっくりと首を振って言った。
『一カ所に固まるのは危険だ』と。
(屋敷にいれば、また『反ヤドリ主義者』に襲われるかもしれないと言う事か)
クローはそう理解した。
ならば、と。
だからこそクローは、自分は傭兵として屋敷に残るべきだと考えた。
今度こそ守れるように。
自分は守られる側ではない。
守る側の人間だ。
罪滅ぼしに養女にしてもらうような謂れはない。
アキレアには目をかけてもらっていた。
しかし、大事な時に仲間を守れなかった。
家族を守れなかった。
そんな自分が、黄金の勇者の娘になどなれるはずもない。
家族を守るために命をかける。
そういうものだろう。
それが、家族ってもんだろう。
アイビーに旅に出るよう告げたのも、息子の身を案じたアキレアの親心なのではないかとクローは思っている。
大事な跡取り息子は、屋敷で匿うよりも、旅に出させた方が安全だと考えたのだろう。
クローはアイビーに、まだ打ち明けられないでいる。
彼の母親を守れなかった事。
自分達の家族を守れなかった事。
それなのに、アキレアから『黄金の欠片』……黄金の勇者の子供である《証》を渡された事。
そんな事、言えるわけがなかった。
クローは持て余してしまったのだ。
挫折、後悔、家族、愛情。クローにとってその全ての《証》である『黄金の欠片』。
そんな物をアキレアから渡された所で、クローは受け止めきれなかった。
結局クローは、その欠片をある人物に押し付けるようにして託した。
「ミャーマって変わった子ですよねぇ。突然、学園も退学しちゃうし……クローは、ミャーマがなんでやめたか知ってますぅ?」
「いや……聞いてもはぐらかされちまったんで……」
「んむぅ。父さんと喧嘩でもしたのかしら」
すると、二人の間にニョキっとモモが顔を出した。
思わず二人は飛びずさる。
彼女はニコニコと笑いながら元気よく言った。
「ミャーマ様は、黄金のアキレアの事、尊敬してると思いますよっ!」
すると今度は脇から「まあ、確かにね」とトトが頷く。
「なんだかんだ、私達のやる演目って、黄金の勇者の物語が多いもんね」
「それだけじゃありませんよっ! 一座の事だって、アキレアの影響が大きいと思いますっ!」
「アキレアの影響? なんの事ですか?」
クローの疑問に、答えたのはココだった。
「私達みんな孤児だから」
ボソリ、とココが放った言葉をトトが補足する。
「私達みんなね、元々は孤児院にいたのよ。でもあそこって、十二歳になると出ないといけないのよね。で、まあ、お決まりのパターンなんだけどね――」
昔の失敗を恥じるように、トトは首の後ろをかく。
「私達、孤児院を出た直後に悪い奴に騙されちゃってさ。かなりの大ピンチって所をミャーマ様が助けてくれたんだ」
ティオーラは下唇を噛んで頷く。よく聞く話だ。
ヤドリ術を使えるようになったからと言って、十二の子供が社会に投げ出されて保護も庇護もなく生きていくのは困難だ。
悪い大人の毒牙にかかる事など珍しくない。
「多分ね」とトトが言葉を続ける。
「ミャーマ様、ジャルダン学園みたいな事をしたかったんだと思うよ。話にしか聞いた事はないけど、そこって元孤児院だったんでしょ?」
「学園みたいな……んむぅ、なるほどですぅ」
勇者アキレアの設立したジャルダン学園は、子供達が知識もないまま利用される事のないよう、ヤドリ術を教え、訓練する場所だ。
一人で生きていけると判断されると『卒業』となる。
孤児院出身者の間でよく知られた言葉に、『役立たずは一人もいない』というものがある。
これは、誰もが価値のある人間だ、という意味ではない。
誰もが利用価値のある人間だ、という意味である。
いつ、誰に利用されるかわからない。
だから気をつけろ。
そういう意味である。
シオン村のキョウは、自分の事を役立たずだと卑下していたが、そもそも十二歳以上の子供が「この役立たずが!」と罵倒されることはない。
役に立つからだ。
十二歳を迎えて教会から受け取る『糸』は、高額で転売が出来る。
他にも、本人の意思を無視してヤドリを植え付けたり、立場の弱い子供達は、利用され、搾取され、無理矢理役に立たされる。
子供が、大人に寄生されるのだ。
(アキレアは、そんな悲劇を減らすため、『学園』を建てたのだと聞いた……)
ミャーマも、そんなアキレアの思いに感化された、という事だろうか。
するとそこで、顔をひきつらせたランプが「……それで」と皆を睨んだ。
「……死にたい奴はどいつだ? いい加減黙らないと、むしり潰すぞ……」
「む……むしり潰す?」
聞いた事のない言葉だったが、真意は伝わった。
ようやく皆が黙った。
霧のカーテンの向こうで、狼の遠吠えのような声が聞こえた。




