9.ストレツィアはとてもわがまま
七年前のあの日。
ジャルダン学園が襲撃を受けた悪夢のようなあの日。
奴らは一斉に襲って来た。
ティオーラはアングレに言われたそうだ。
「弱いやつは逃げろ」と。
ティオーラは「私も戦えますぅ」と言ったそうだ。
「お前は弱いんだから、他の女子を先導して逃げてくれ」
彼はそう言って死んでいった。
フランはカムに言われたそうだ。
「身を隠して生き延びろ」と。
フランは「一緒に隠れて」と言ったそうだ。
「僕はアングレのそばにいる。彼を一人にはさせられない」
彼はそう言って死んでいった。
キョウは役に立てなかった。
血まみれのユーリに駆け寄ったが、彼女の回復術はまだ未熟だった。
ユーリはキョウに向かって必死に手を伸ばして言った。
「お願い……僕を置いて逃げて……」
彼はそう言って死んでいった。
アリウムはデジーに言われたそうだ。
「お前は生き延びろ。立派な発明家になれ」
アリウムは彼を止められなかった。
デジーがこう言ったからだ。
「ここでみんなを守れたら、僕は英雄になれるぞ」
彼はそう言って死んでいった。
クローはあの日すでに卒業して学園を離れていた。
クローは守る事も救う事も庇う事も出来なかった。
クローが学園にいたならば、十五歳という若さでアキレアの目に止まり、学園を卒業して行った彼女があの日いたならば、結果は変わっていたかもしれない。
♢ ♢ ♢
「復讐したいか?」
屋上の風は冷たい。
クローは《大箱》に囚われていた時と同じ質問を、私に向かって繰り返した。
「いざという時にみんなを……家族を守れなかったあたしに、復讐したいか?」
そんな事はしない。
「前にアイビーにも言ったけどね、私、そんな小さな事は考えていないの。私の望みは、みんなが私から離れていかない事。ここでの幸せな暮らしのためなら、命を削る覚悟なの」
《骸鳥》は死体の腐敗を止め、生き返らせ、自分の足で歩かせる。
それはなぜか。
《骸鳥》は小さく、飛ぶ力も弱い。
死者を操るのは、産み付けた卵をより遠くへ移動させるためなのだ。人間の死骸は、孵化した雛の安全な乗り物なのだ。
「ここのみんな、外の世界へ出たがっていたでしょう? それはね、《骸鳥》が寄生していたからよ。この鳥籠のような学園から出て行こうと、外の世界を望んだのは、寄生していた《骸鳥》に操られていたから。そんな事には気が付かず、それが自分自身の望みだと思い込んでいたでしょうけど」
みんなどこかへ行こうとした。
アングレは外の世界で力試しがしたかった。
カムは外の世界の知識が欲しかった。
デジーは外の世界で名を残したかった。
ユーリは外の世界で認められたかった。
けれどもそれは、偽物の感情。
《骸鳥》に操られていたにすぎないのだ。
鳥籠の外へと出て行こうとしても、結局はその羽ばたきさえも、糸で操られているのだ。
「なんで生きてた頃の記憶が残ってるの……? アンデッドみたいな空っぽの人形じゃなくて、生命活動が再開される理由は何?」
ユーリの声は静かだ。
彼の質問に、私はなるべく穏やかに答えようと努めた。
「ユーリ。《骸鳥》は安全に卵を運ばないといけないのよ? アンデッドだったら人間に退治されちゃうじゃない」
「ああ……」
「けれど、蘇った人は違う。生前のまま、大まかな記憶もあって会話も出来て腐敗もしない。そんな人を、一度死んだ人間だからって殺せる? 大切な人を、アンデッドのように退治できる?」
私は、横たわっているユーリの頬をそっと撫でた。
彼は私の膝に頭を預け、命の終わりの予感を受け入れている。
穏やかな顔だ。
私も彼も。
毎回の事だ。
このお別れには慣れている。
この七年の間、私は何度も《骸鳥》に卵を産ませ、何度もみんなを蘇らせ、そして何度もみんなを看取って来た。
いつの間にか七年の間に、私の年齢はユーリを超えた。
それでも生き返るたびに、私の事をまるで末の妹かのように接してくれる。
「死体をただ操るのではなくわざわざ蘇らせるのは、《骸鳥》の生存戦略なの。彼らは人の悲しみに寄生しているのよ」
もう何度繰り返したかわからないわ。
何度やってもうまくいかないの。
私一人じゃ無理かもしれない。
七年前、襲撃を受けたあの日、私は十二歳を迎えた。
大事な家族をいっぺんに亡くした私の元に《骸鳥》は現れた。
時間はあまりなかった。
ヤドリ獣として使役しなければ、《骸鳥》はどこかへ飛び去ってしまう。
私は肌身離さず持ち歩いていた《糸》を使い、《骸鳥》の卵を自分に縫い付けた。
卵の数に限りがあった。
先生達を蘇らせる事は叶わなかった。
けれど、孤児院出身の私にとって何より大切な家族であるみんなが生き返った時はどんなに嬉しかった事か。
そして、産み付けられた卵が孵化して雛となり、飛び立ってしまった時――彼らが死体に戻った時の絶望と言ったらなかった。
それから七年間、私は《骸鳥》の研究に明け暮れた。
最初はアリウムにも協力してもらうつもりだった。
けれど彼女とは袂を分つ事になる。
『どうしてアリウムはもっとわがままにならないの?』
私はよくそう言って彼女を責めた。
『全ての研究は欲望のためにあるのよ? もっと楽をしたい、もっと豊かになりたい、もっと長生きしたい……わがままな欲望がなければ、研究は死んでしまうの』
別に馬鹿にしているつもりはなかった。
ただ、根本的に合わなかったのだ。
『こんなものは発明ではない!』
アリウムは何度もそう言って私を非難した。
『君はヤドリ術に囚われた操り人形さ!』
『中途半端な知識欲なんかに振り回されていないで、正直に、わがままになるべきだわ』
私は、もっと正直になるべきだと繰り返し言った。
家族を取り戻したい、と。
みんなで幸せに暮らしたい、と。
悲しい出来事などなかった事にしたい、と。
わがままを叶えるために全力を尽くす。
それのどこが悪いと言うのだ。
結局はアリウムは、家族の死を繰り返す事に耐えられなかったのだ。
アリウムは田舎の村へと去り、私は一人になった。
そう。それからは、ずっと独りだ。
私は何度も何度も、独りで彼らの死を繰り返している。
やめられなかった。
私は、私の悲しみに《骸鳥》を縫い付けたのだ。
寄生されたんじゃない。
寄生させたんだ。
私は《骸鳥》を繋ぎ止め、ずっと卵を産ませ続けている。
何度も、何度も。
彼らは、私の大切な家族だから。
「ツィー」
ユーリの声が私の耳に届く。
「ツィーは優しいね」
それが、今回のユーリの最後の言葉だった。




