8.アイビーは真実を告げる
「決まっている事? どういう意味?」
ユーリは混乱したようにそう尋ねる。
僕はなんと伝えるべきか悩みながら、クローとティオーラ姉さんの方を見た。
二人共、もうわかっているのだ。
けれど、二人の口から言う事は出来ないんだろう。
僕が言うしかないんだ。
(だって僕は、家族だから。姉さん達の弟だから)
「聞いてくれ、ユーリ。姉さんは殺してなんかいないんだ」
「じゃあ、誰がアングレ達を殺したんだ!」
「ユーリ、思い出してくれ」
僕はユーリを宥めるように、ゆっくりと言葉を続ける。
「この学園はこのアザー丘陵に移設される前、反ヤドリ主義者に襲撃されたんだろう? その時に、無事に逃げられた人もいた。ティオーラ姉さんや、アリウム姉さんのように」
「……ティオーラやアリウム? アイビー、何を言ってるの? どうしてここでアリウムの名前が出てくるの?」
「ユーリ、悲しい事を伝えるけどね。その時に、逃げられずに殺されてしまった生徒もいたんだよ」
「……アイビー、さっきから何を言ってるのかわからないよ」
「じゃあ、こう言おう」
僕はユーリの瞳をじっとみつめた。
「アングレ達は、その襲撃で殺されたんだ」
「……なんだって?」
「だからね、ユーリ。アングレもデジーもカムも、すでにその時に亡くなっていたんだよ」
ユーリは理解できないといった様子で首を振った。
「そんなわけないだろう。僕らずっと幻を見ていたのか? 三人とも、生きて、ここで暮らしていたじゃないか。アイビー、君だって一緒にいただろう。会話を交わしただろう」
「そうだ。生きていた」
「だったら――」
「生き返ったんだよ」
どう伝えた所で、結局ユーリを傷つける事になる。
僕は、顔を歪めながら続けた。
「姉さんが生き返らせたんだ」
ユーリは口をつぐんだまま、何も言わない。
「ツィー姉さんは、三人を殺したんじゃない。生き返らせたんだ。自分のヤドリ術を使って、死んだ生徒を生き返らせたんだよ。アングレ、デジー、そしてカムを」
ヤドリ術は奥が深い。
クローのように植物を武器として使う者。
ティオーラ姉さんのように獣を操る者。
キョウ姉さんのように回復術として利用する者。
聞いた話だとヤドリ術を極めれば、死者を操る力――ネクロマンサーにだってなれるらしい。
そのあたりは眉唾モノだと思っていた。
ツィー姉さんの力を見るまでは。
「むくろどり」
姉さんはそう言って、屋上の柵に寄りかかった。
「《骸鳥》。それが私のヤドリ獣よ。死者に卵を産み付ける鳥なの」
僕は図書館で見た《骸鳥》のページを思い返す。
思わず読み飛ばしてしまいそうになった、鳥のページ。
「卵が孵化すると、死者は一定期間動き出す。けれど、孵化した雛はいつしか成長して飛び去ってしまう。《骸鳥》が去ると、動いていた死者は遺体に戻ってしまうのよ。そして《骸鳥》は卵を産むために新たな死骸を探して飛び回るの」
――ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ
鳥の鳴き声が耳にうるさい。
「だからね、ユーリ。三人は殺されたんじゃないだ。《骸鳥》が去ったせいで遺体に戻ったんだ」
みんなの目前で死んだアングレ。
二人きりの室内で死んだデジー。
誰も入れない檻の中で死んだカム。
「三人はそれぞれ、訓練場や貯蔵庫、ピロティで死んでいた。でも、そこで殺されたわけじゃないんだ。彼らが殺されたのはもっとずっと昔。学園が襲撃を受けた時なんだ。この学園が移設される前に、もうすでに殺されていた。姉さんのヤドリ獣によって生き返った彼らは、今日、遺体に戻ったんだよ」
ユーリは、ペタリとその場に座り込んだ。
「そんな……そんな……」
「ユーリ――」
「じゃあ、なんでそれを教えてくれなかったの? 言えば良かったじゃないか――」
「言ったわよ」
ツィー姉さんは遠くの空を見つめたまま言った。
「何度も何度も言ったわよ。彼らを殺したのは、反ヤドリ主義の奴らだって」
「ちゃんと説明してくれればよかったじゃないか!」
鳥達が一段と激しく鳴いた。
――ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ
たくさんの鳥が一度にわめいている。
耳を塞ぎたくなるような鳴き声だ。
その時、屋上の入り口が勢いよく開いた。
駆け込んで来た男子生徒が息を切らして叫ぶ。
「おい! 大変だ! 食堂で、次々にみんなが倒れているんだ! 原因がわからないが、みんな死んで――」
彼が最後まで言い終える事はなかった。
彼はゆっくりと前のめりに倒れた。
背中には、剣で突き刺されたような傷があった。
しかし、背後には誰もいない。
ただ、バサバサバサッと、鳥が飛び立つ音がした。
――ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ
「どう言う事だよ! アイビー!」
ユーリが叫んだ。
「君、言ってたじゃないか。もう殺人は起こらないって。それなのにどうして――」
「もう殺人は起こらないんだ。だって、もうすでに起こっている事だから」
それは、もう決まっている事だから。
「待って……今、食堂のみんなも……ここで倒れた彼も……元々死んでいたの? ツィーが《骸鳥》を使って、蘇らせていたの?」
「そうよ」
ツィー姉さんは短く答えた。
出来れば何も語りたくなかったのかもしれない。
もう決まっている事なのだ。
彼らが遺体に戻るのは。
《骸鳥》が飛び立ってしまうのは。
「ユーリ、僕ずっと不思議だったんだ。アングレもデジー、みんなクローに親し気に話しかけていただろう?」
「え……不思議? どうして? だってクローはここの卒業生だから……」
「それはいつの?」
「いつって……」
「クローが卒業したのは何年前の事?」
「何変なこと言ってるの?」
ユーリは困ったような顔をした。
「クローが卒業してから、まだ一年も経っていないじゃないか」
ユーリの答えに、僕も、クローもティオーラ姉さんも、そしてツィー姉さんも無言になった。
その様子に、ユーリはさらに当惑した様子だ。
「あたしが卒業したのはね」
クローが、僕が今まで聞いた中で一番優しい声で言った。
「今から九年前なんだ」
ユーリは、クローの顔を不思議そうに見た。
「九年……? 何言ってるの? そんなわけ……そんなわけないよ」
図鑑に書いてあった。
《骸鳥》によって蘇った者は、会話や運動は可能だが、記憶や認知に齟齬が出ると。
アングレやデジー達の目には、年を重ねたはずのクローが九年前の旧友の姿として映っていたのかもしれない。
僕から見れば、一回りは歳の離れているクローやティオーラ姉さんに、友達のように親しげに接する生徒達が、なんとなく不思議だった。
「ねえ、ユーリ。私困っちゃって」とツィー姉さんがポツリと言った。
「……何がだい?」
「ケンドー先生のレポート、再提出になっちゃったの」
「……ツィー、何を言ってるの?」
「もう何度やり直したかわからないわ」
「ツィー、やめてったら」
「何度やってもうまくいかないの」
「お願いだから、ねえ」
「私一人じゃ無理かもしれない」
ティオーラ姉さんが、そっとツィー姉さんの肩に手を置いた。
ツィー姉さんは肩越しにティオーラ姉さんを眺め、自虐めいた微笑みを浮かべて黙った。
「ねぇユーリ、僕ら貯蔵庫に一緒に行っただろう? その時、君言ってたよね。ここに何日か分の食料をまとめて運び込んでもらうんだって」
「……うん。それが?」
「それを見て、僕、おかしいなって思ったんだ」
「……おかしい?」
「だっておかしいよ。なんであんなに量が少ないの? 二十人の生徒の食料を棚に収めようとしたら、あんなにスカスカになるわけないんだ」
きれいに整頓されていた貯蔵庫。
棚にも食料が気持ち程度に置かれているだけだった。
「僕らが食堂に行った時、君はツィー姉さんにお茶を勧めていたよね? でも、君は? 君やカムは何か飲んでいた? 食事は?」
「え……お茶……? そんな……でも」
戸惑っていたユーリの瞳がピタリと定まり、唇が「そうか」と動いた。
《骸鳥》によって蘇った者は、飲食を行わない。
それも図鑑に書いてあった。
「ツィーが説明しなかったのは、そう言う事なんだね」
ユーリはゆっくりと立ち上がった。
「ツィーは優しいね」
そう言ってユーリはツィー姉さんの手を取った。
「私は、ただわがままなだけよ」
「僕もなんだね?」
ユーリはそう言って柔らかく微笑んだ。
「僕も、《骸鳥》によって蘇った死者なんだね?《骸鳥》が飛び立てば、僕も死体に戻るんだ」




