10.ストレツィアはやり直す
「ツィー姉さん、襲撃から逃げ延びたのは何人だったんですか?」
僕に背を向けたまま、ツィー姉さんは答えた。
「わかるでしょう? 十九人よ」
(ああ……やっぱり)
僕はグッと目をつぶる。
そう言う事だったのか。
「アキレアはジャルダン学園の生き残りの十九人全員と養子縁組をしたの。彼なりの償いだったのかもしれないわね。家族を失ってしまった私たちへの」
父さんは言っていた。
母さんの子供は僕だけだと。
僕の十九人の姉さん達。
それは、全てジャルダン学園の元生徒。
生き残りの十九人だったのだ。
「僕、父さんがその……いろんな女性と親密になって子供をもうけたのかと思ってました」
「違うわ。アキレアは、あなたの母親……へデラ先生を愛していたみたいだから」
「へデラ先生?」
「あなたの母親はね、元々は学園の前身である孤児院の先生だったのよ」
「そうだったんですか……」
母さんの事を思い出そうとしても、頭に浮かぶのは、額縁の中で微笑む肖像画の姿だ。
「本当にあなたって、ぬくぬくと愛されて育ったって感じよね」
初めて会った時、ツィー姉さんは僕の事を憎しみのこもった目で見つめていた。
その時の顔が頭に浮かぶ。
今、目の前にいる姉さんは僕に背を向けていて、表情を窺い知ることは出来ない。
けれど、その声には、明らかな敵意が込められていた。
「私達は守ってもらえなかったのに、あなたは守ってもらえた。ねえ。アキレアが作った学園が襲われたというのに、どうしてアキレア本人が私達を守れなかったかわかる?」
「ツィー、それは――」とクローが姉さんに声をかける。
けれどツィー姉さんは「あなたは黙っていて」と首を振った。
「あの日……七年前のあの日。五歳だったあなたとあなたの母へデラ先生はね。出かけた先で、何者かに暗殺されかけたの」
思いもよらない言葉に、僕は絶句する。
(……あん…さつ……?)
「その時、へデラ先生は命を落とした。そしてあなたも殺されかけた。その場に駆けつけたアキレアは、あなたの命を守るのに手一杯だった。その隙をついて、ジャルダン学園が襲撃されたのよ」
「そんな……」
そんな話、父さんからは聞いた事がなかった。
母さんが亡くなったのは、不幸な事故としか聞いてなかった。
「おそらく、あなた達親子を襲ったのも、反ヤドリ主義の一派だったんでしょうけど。結局捕まらなかったらしいわ」
そう言うと姉さんは、僕に向かって石のような物を投げつけて来た。
「こんなもの、私はいらない。あなたにあげるわ」
それは、黄金に煌めく石だった。
ティオーラ姉さん、フラン姉さん、キョウ姉さん、そしてアリウム姉さんから受け取った物と同じ、黄金の欠片。
勇者アキレアの子供である証。
「私は、アキレアの家族なんかじゃない。私の家族はここにいるんだから」
今になって僕は気がつく。
ツィー姉さんは、父さんの事を「アキレア」と名前で呼び続けているのだ。
「……本当に、僕がもらってしまっても……」
「いいって言ってるでしょ」
姉さんは、膝に乗せていたユーリの頭をそっと撫でた。
「守ってくれなかったアキレアも、逃げたティオーラも、隠れていたフランも、役に立たないキョウも、分かり合えないアリウムも、そばにいてくれないクローも、みんなみんな、家族なんかじゃない」
だんだんと小さくなる姉さんの声とは対照的に、姿の見えない鳥の声はどんどんと大きく重なっていく。
「私の家族は、ここジャルダン学園にいるみんなだけなの。そばにいてくれる人だけなの」
――ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ
鳥の声がうるさい。
「家族って、そういうものでしょう」
僕は姉さんが言ってた言葉を思い出す。
『アイビーも幼い子供だったから仕方がないわ。可哀想なのはあなたも同じよね。だからあなたのせいではないわ、私が捨てられたのは』
あの時は、姉さんの言葉の意味をわかっていなかった。
僕を貶めて、男子生徒からチヤホヤしてもらいたいのかと思ってた。
でも、違ったのだ。
あれはきっと姉さんの本心なのだと思う。
ツィー姉さんはよろけるように立ち上がった。
「……ねえ、私困っちゃった。ケンドー先生のレポート、再提出になったの。もう何度やり直したかわからないわ。何度やってもうまくいかないの。
私一人じゃ無理かもしれない……」
姉さんの細い指が、何かを掴もうと動いた。
「私独りじゃ無理かもしれない……」
それに応えるように、鳥の声がぎゃあぎゃあと響き渡る。
姉さんのすすり泣きは、その声にかき消されて、鈍色の空に散って行った。




