5.アイビーは見回りをする
「ツィー姉さん、待って」
僕は姉さんを追いかけてその手にすがりついた。
このままでは、クローが殺人犯にされてしまう。
「殺したのはクローじゃないよ」
「そんなのわかってるわ」
「え?」
必死な僕を一瞥すると、ツィー姉さんはスタスタと歩みを進める。
「ついて来なさい」
窓の外から鳥の声が聞こえる。
僕らはそのまま渡り廊下を過ぎ、女子寮へと向かった。
「ほら、見てここ。全然使われていないでしょ?」
言われてみれば、どの部屋も電気が消えて、鍵が閉まっている。
「ねえ、姉さん。さっきから男子生徒しか見かけないけど……女子生徒はいないの?」
「女子はみんな逃げちゃったわ」
「逃げた?」
「そう。だから、在校生は男子生徒だけなの」
(……まさか、姉さんが追い出したんじゃないだろうな)
僕を陥れた手口を考えると、考えられなくもない。
「ちなみに、生徒は何人いるんですか?」
「今は二十人よ」
「二十人? 少なくないですか?」
「だから、さっき説明したでしょう?『反ヤドリ主義者』の襲撃に合って、みんな逃げちゃったの。ここにいる生徒は、それでも学園を続けようって残ってくれた人ばかりなの」
姉さんは、鍵の空いている部屋に入り、ベッドに腰をかけた。
「アングレを殺したのはクローなんかじゃない。『反ヤドリ主義者』よ」
「……それはつまり、侵入者がいるって事ですか?」
どうもよくわからない。
「姉さん、侵入者がいるなら、クローを解放して下さい。戦力になるクローを閉じ込めている場合じゃないんです」
「大丈夫よ。そのうち疑いは晴れるわ」
「どうしてそんな事がわかるんですか?」
「そう決まっているからよ」
取り付く島もなかった。
(一体何なんだ)
ティオーラ姉さんは、どうも様子が変だし、クローが先ほど言っていた『復讐』と言う言葉も気になる。
(クローは、ツィー姉さんから恨まれるような心当たりがあるって事なのか?)
「わかりました。姉さん。その侵入者、僕が見つけましょう」
僕の言葉に、ツィー姉さんは鼻を鳴らす。
(……わかってはいるけど、他の男子生徒への態度と全然違うよな……)
「……あなたが? 怖くないの?」
「そりゃ、怖いですけど……でも、誰かがやらなくちゃ」
こんな時だと言うのに、何とかして姉さんに良い所を見せて、認めてもらいたいという打算めいた思惑が出てしまう。
そんな僕の胸の内を知ってかどうか、姉さんは「わかったわ」と言うと立ち上がった。
「じゃあ、デジー達を呼ぶわ」
「……え? デジー?」
「いい? あなたは余所者。侵入者みたいなものよ? そんな人の見回りなんて、余計みんなが怖がるわ。デジー達の監視の元だったら、学園内をうろついてもいい事にするわ」
こうして、僕は急遽作られた学園見回り隊の一員になることになった。
メンバーは、デジー、ユーリ、カムに僕だ。
(……悪意だ。メンバー選びに悪意を感じる……)
大丈夫だろうか。
下手したら心象が悪すぎるあまり、僕が犯人にされかねない。
悪役に仕立て上げられるのはまっぴらだ。
僕は十分用心しながら、校舎内を歩く事にした。
(ユーリから絶対離れないようにしよう)
僕への敵意に溢れた学園の中で、ユーリが僕のオアシスになりつつある。
「ジャルダン学園の前身は、孤児院だったんだよ。でもそこは十二の歳を迎えると出ないといけなかった。ヤドリ術の使える年齢なら、一人でも生きていけるだろうってね」
校舎内を見回りながら、ユーリは僕に学園の成り立ちを説明してくれた。
「でも、十二歳で社会に放り出された子供が、一人で生き抜いていくって難しいよね。ヤドリ術について基礎的な事もわからないまま植え付けをして暴走させたり、せっかく配給された《糸》を価値もわからず二束三文で買い叩かれてしまったり、その末路は悲惨なものだったそうだよ。だから、勇者アキレアが、ヤドリ術について学べる場所として、学園を作ったんだ」
「そうだったんだ……」
僕らは図書館の書庫のような人が隠れられそうな場所を一つ一つ見ていったけど、侵入者が潜んでいるような形跡は見当たらなかった。
(考えたくないけど……生徒の中に犯人がいるとしたら、誰なんだ?)
相変わらずデジーとカムは僕を睨みつけている。
「ここの書庫には貴重なものもたくさんあるからな。勝手に触るなよ」
「へえ? どれどれ」
「触るなって言ってるだろ!」
騒いでいるカムに背を向けて、僕は手に取りやすい場所にあった本をいくつか引っ張り出す。
(どうせ嫌われているなら何をしても同じだろう)
初めに開いた本は、神話について書かれていたものだった。
七人の王が天から舞い降り、荒れ狂う大地を治め、人民に糸を授けた――。
その七人の始祖の末裔が、現在七大陸を治めている王である――。
まあ、誰でも知っている世界の成り立ちだ。
手に取った本は、子供にもわかりやすいように挿絵付きだった。
さすが神話の本と言ったところか、描かれている七人の王は、後光がさし、白い布をまとい、さらには白い羽を生やして優しげに微笑んでいる。
別の本を開くと、ヤドリ術の種や卵の植え付けについて書かれていた。
(……ん? 種や卵の他にも、植え付けられるヤドリがある……?)
出てくる言葉が専門的で、なかなか理解に手間取る。
僕は諦めて別の本を手に取った。
中をパラパラとめくると、中には、竜、蛇、虎、鳥など様々な魔獣の絵と共にびっしりと書き込みがしてある。
多分、ヤドリ獣の図録なのだろう。
「それは勇者アキレアが記録したヤドリ獣図鑑だよ」
カムよりは冷静な声でデジーが告げる。
「アキレアが?」
「本当に貴重な物なんだから、元の場所に戻してくれ」
デジーにそう言われ、僕はそれを棚に戻した。
(父さんの記録した図鑑……あとで見に来よう)
そのまま学園を歩き回る。
教室、トイレ、用具室、そして食堂。
念のため入った食堂の貯蔵庫は、ひんやりと肌寒かった。
「随分きれいに整頓されているんだね」
「一週間に一度、ふもとの店から届けてもらうんだ」
中は狭く、棚にも食料が気持ち程度に置かれているだけだ。
隠れる場所はなさそうだった。
「ここも違うね」
そう言って、僕らは貯蔵庫を出ようとした。
その時の順番は、特に誰かの思惑が働いたわけではなかったはずだ。
何となく、入り口に近い者から外に出た。
先頭はユーリだった。
その次に僕が続いた。
僕の真後ろに、デジーがいたはずだ。
しかし、デジーとカムが出てくる前に、貯蔵庫の扉がバタンと閉まった。
(ん? どうしたんだ?)
「あれ、二人は?」
「いや、扉がしまって……」
(なんだなんだ、僕に対する嫌がらせか?)
僕を閉じ込めるのならまだわかるけど、自分達が閉じこもるなんて、どんな嫌がらせだ。
「ちょっと、二人共なにやってるの?」
ユーリが声をかけるが、扉が開く様子はない。
僕は、ノブに手を伸ばし、ひねった。
内開きの扉は鍵が閉まってるわけでもなく、スムーズに開いた。
そして――。
「デジー!? どうしたの! 何があったの!」
ユーリが悲鳴のような声をあげた。
そこには、血まみれで倒れているデジーと、呆然と彼を見下ろしているカムの姿があった。




