4.クローは囚われる
「賭けてもいいですがね。殺したのはあたしじゃないですよ」
クローはそう言ってため息をついた。
彼女の周りを、僕とティオーラ姉さん、デジーにカム、そしてユーリが取り囲んでいた。
クローは今、一階ピロティに出現した《大箱》に閉じ込められていた。
この《大箱》はユーリのヤドリ草だ。
網のような葉脈が張り巡らされた大きな箱――いや、檻だった。
ユーリの手から切り離された《大箱》の葉は、数日経って枯れてしまうまで、中に入った者を捕らえ続けるらしい。
透明化する事で、魔獣を捕える罠としても使えるとの事だ。
けれど今は、猛獣並の強さのクローが、罪人のように囚われている。
「僕の意思で箱を開ける事は出来るけど……クロー、お願いだから暴れないでね。《大箱》の葉はどんな斬撃も跳ね返すから、絶対に脱出はできないよ」
(さっきは内緒だって言ってたけど……ユーリってば、こんなすごいヤドリ草を使えたんだ)
半透明の葉脈の隙間から、険しい顔のクローが見えた。
「一階にある訓練場で、あたしはアングレに《太刀花》を見せてやってたんです。他にも何人かいたはずですよ」
「……確かにその通りだ。聞くところによると、四人の生徒がその場を見ていたらしい」
そう言ったのはデジーだ。
「ただな、一体何があったのか……彼らにもよくわからないらしいんだ」
話をまとめるとこうだ。
クローは訓練場でアングレに《太刀花》での剣技を軽く披露した。
その後、本気で手合わせをしようとアングレにせがまれたが、適当にあしらい、訓練場から出て行こうとした。
その様子を四人の生徒は訓練場の隅で見ていた。
クローが出口へと向かおうと背を向け、数歩離れた時だった。
彼女の背後でドスンと音がして、振り返ると訓練場の中央でアングレが倒れていたそうだ。
他の生徒達の目には、アングレが唐突に崩れ落ちたように見えた。
彼らは初め、アングレがクローの気を引こうとふざけているのだと思ったそうだ。
何してるんだ、と笑いながら近づいた彼らは、床に血溜まりができ始めているのを見て悲鳴をあげた。
「……それで、何でクローが疑われるんですか?」
僕の抗議に答えたのは憔悴した様子のカムだった。
「皆がアングレを見ていた。それなのに、誰にも何も見えなかった……という事は、ヤドリ術に長けたクローが何かしたのかもしれないだろう」
「そんな馬鹿な!」
あまりにも無茶苦茶な言い分だった。
「衆目の中、誰にも見られずに人を殺すなんて、普通は出来ない――でも、普通じゃなければ――ヤドリ術の使い手なら、なんなく出来るはずだ」
確かに、ヤドリ術の能力は多岐に渡る。
フラン姉さんのような透明になるヤドリ草など際たるモノだ。
その力を借りれば一見不可能に思えるような事も可能になる。
何でもありだ。
(だったらクロー以外だって、誰でも犯人になり得るじゃないか!)
これが、例えばヤドリ術の存在しない世界だとしたらーー。
論理的な思考の元、殺人犯を割り出せるだろう。
犯行可能な技術を持った者は? 機会があった者は? 動機のあった者は?
けれど、ヤドリ術が存在する以上、そんなものに意味はないのだ。
つまり、誰だって犯人になりうるし、誰だって犯人にされうる。
犯人だと証明する事は出来ないし、無意味だ。
それは裏を返せば、無罪である証明が出来ないという事だ。
僕はゾッとした。
このままでは、クローが無実の罪を着せられてしまう。
「どうしたら……クローが無実だって証明出来るんだ……」
するとティオーラ姉さんがぼんやりと呟いた。
「方法がないわけじゃ……ないですぅ……」
無意識に口に出たような、そんな言葉だった。
どういう事か尋ねようとした時、クローが口を開いた。
「傷は背中にあったんだろう?」
デジーが黙って頷く。
「あたしだったら、背中から攻撃する必要はない。彼より強いからね」
「じゃあ、誰だ! 誰がアングレを殺したんだ!」
そう叫んだカムの目は、真っ赤に染まっている。
片割れを失った怒りと悲しみに満ちた顔で、僕らを睨みつける。
「……その四人の生徒は、何か隠している様子はないんですか?」
納得出来ない僕の質問に、デジーが「いや、それはないようだ」と答えた。
「完全に怯えきっている。彼らが口裏を合わせているとは考えづらい。ましてや四人の中の誰かがアングレを殺したなんて事はあり得ないだろう」
全身をこわばらせたカムが、低い声で呟く。
「アングレは、毎日のように『強くなりたい』と言っていた。クローのように、外の世界で自分の力を試してみたいって。何かにせき立てられてるみたいに必死だった。だから誰よりも努力していた。あいつが、他の生徒に殺されるなんて、そんな事はないはずだ」
「……だけどさ」
ユーリが口を開いた。
「流石にクローを犯人呼ばわりするのはおかしくないかな。僕はクローをこんな所に閉じ込めたくない」
悲しい顔でそう言うユーリに向かって、デジーは首を振る。
「でも、あの場ではクローが一番疑わしいんだ。しばらくはこの中にいてもらうよ」
「そんな……しばらくって、一体いつまで――」
「警備隊が来るまでよ」
後ろから、そう声がした。
振り返ると、そこにはツィー姉さんがいた。
「ふもとの町まで使いをやって、警備隊を呼んだわ。だから、それまでクローはここにいてちょうだい」
「そんな――」
「大丈夫よ。食事はきちんと用意するから」
「ツィー」
クローが、《大箱》の中からツィー姉さんに声をかける。
「これは……復讐なのか? あたしらに対する――」
「復讐? 何を言ってるの?」
姉さんは肩越しに振り返って微笑んだ。
「やめてよ、復讐だなんて。私はそんな事に、大切な自分の時間を使ったりなんてしないわ」
そう言い捨てると、ツィー姉さんはその場を立ち去った。




