3.アイビーは入学する
僕らはツィー姉さんから「学園にとどまるんだったら、コレを着てちょうだいね」とお揃いの白い衣服――制服を着るように言われ、渋々袖を通した。
……言うまでもなく、下はスカートだ。
ツィー姉さんは、そのまま僕とティオーラ姉さんを連れて食堂へ移動した。
クローはというと、すがりつくアングレに根負けし、訓練場へと連行されて行った。
「アングレはクローの大ファンだからね。嬉しくてたまらないのよ」
僕たちが食堂に一歩足を踏み入れた途端、男子生徒が二人近寄って来た。
「ツィー、何か食べる?」
「温かいお茶は? 入れてこようか?」
一人は薄茶の髪を一つに縛り、眼鏡をかけている。
もう一人は、巻毛の少年で、歳は僕より少し上ぐらいだろうか。
(なんか……飼い主に駆け寄る忠犬って感じだな)
二人共、頬を染め嬉しそうに微笑んでいる。
「あ、紹介するわね。こちらはカム。それからユーリよ。カムはアングレの双子の弟なの」
「はじめまして……」
僕は軽く頭を下げる。
カムと呼ばれた子は、眼鏡の中からこちらを睨むように見つめている。
確かに、眼鏡を外して髪を切れば、さっき会ったアングレにそっくりだ。
「……このちっこい金髪が、例の性悪な妹かい?」
(初対面でとんでもない事言われたな)
どうやら僕の悪名は、あっという間に広まってしまったらしい。
すぐ横でユーリと紹介された少年が、困ったような顔で僕とカムを交互に見ている。
カムは僕を無視する事に決めたようで、はにかみながらツィー姉さんに話しかけた。
「ツィー、そんな事よりもレポート課題がまだ終わってなかっただろ? 一人でやれるのか?」
「そうだった! でも困っちゃって。ケンドー先生のレポート、再提出になっちゃったの。もう何度やり直したかわからないわ」
姉さんは小さくため息をついた。
「何度やってもうまくいかないの。私一人じゃ無理かもしれない……」
「それなら僕が見てあげてようか」
「カムったら本当? 嬉しい……でも、妹に学園を案内してあげないと……」
「だったら、その役目は僕が引き受けるよ」
そう言ったのはユーリだ。
グレイアッシュの巻毛に大きな瞳。
白い肌に中性的な顔立ちだ。
「そんな……悪いわユーリ」
「ツィーは優しいね」
ユーリはそう言って姉さんの手を取る。
「僕に任せてくれよ。君の役に立ちたいんだ」
そしてユーリは「さあ、行こう」と僕らを促す。
ツィー姉さんは僕の耳元で「余計な事は喋らないように」とささやいた。
予想外の低い声にひきつりながら無言でこくこくと頷き、食堂を後にする。
ふとティオーラ姉さんの方に目をやると、何やら深く考え込んでいるようだった。
(いつもは酒だ酒だってうるさいのに、今日はやたら静かだな)
なんとなく感じる違和感を胸に、僕はユーリの後をついて行った。
♢ ♢ ♢
三階建ての木造の校舎はピロティが吹き抜けになっていて、白を基調とした室内を明るく照らしている。
教室や図書室、食堂のある棟から続く渡り廊下は、途中で二手に枝分かれし、男子寮と女子寮へと伸びている。
一緒に歩いているうちに、ユーリとは少し打ち解ける事が出来た。
「アイビーは十二歳になったばかりなんだね! そうかぁ。僕は十五になった所だよ。もう植え付けした?」
「うん! あ、ユーリは何を植え付けたの?」
「え……えーっと、それは内緒。アイビーは?」
「えー……っと、じゃあわたしも内緒」
僕らは顔を見合わせて、それから少し笑った。
僕が《鈴乱》を上手く使いこなせないように、ユーリもヤドリ術の扱いに戸惑っているのかもしれない。
そんな彼になんとなく親近感を覚えた。
(僕に兄さんがいたら、こんな感じなのかな)
ユーリは僕達から、旅の話を聞きたがった。
「もうずっとこの学園で暮らしているから、外の事は全然わからないんだ」
窓から差し込む鈍い日の光を浴びながら、ユーリは空に目をやる。
「ここはとても居心地がいいし、学べる事もたくさんある」
彼はそこで少し頬を赤く染め「それにツィーもいるし」と呟いた。
「でもさ、最近なんとなく胸がザワザワとするんだ。早く、大人になって外に出て行きたい。クローみたいに世界に出て行きたいって、すごく焦るんだ」
僕は黙って頷いた。
「だからさ、早くアキレアに認められたい」
「……アキレアに?」
「そうさ。ここの卒業資格は、勇者アキレアに認められる事。年齢は関係ないんだ! クローはアキレアに認められて、ここを卒業出来たんだよ!」
父さんが、ここの卒業条件だとは知らなかった。
屋敷で、そんな話など聞いたことがない。
(いや、そもそもどうして父さんはこの学園の事を僕に隠していたんだろう)
まあ、十九人の姉さんの事だって、今まで隠していたんだ。
父さんの事はやっぱりよくわからない。
そういえば、クローがここの卒業生というのは聞いたけれど、アリウム姉さんやティオーラ姉さんは、ここを卒業したわけではないようだ。
と言うことは、みんな辞めてしまったのだろうか。
「ねえユーリ。ここを辞めちゃう人って多いの?」
それは何の気なしにした質問だった。
けれど、ユーリの口から思わぬ人の名前が飛び出した。
「ああ……学園を辞めた人って言ったら、例えばミャーマっていう変わった奴が――」
「ミャーマ!?」
僕は思わず叫ぶ。
『緋色の賢人』ミャーマ。
彼もここの元生徒だったとは――。
ユーリは不思議そうな顔で僕を見つめる。
「彼を知ってるの?」
「まあ……だって有名人でしょ?『緋色の賢人』ミャーマ様と言えば――」
ところが、そこで予想外の反応が返ってきた。
「ひいろの……けんじん?」
ユーリはそう言うと、ぷっと吹き出して笑い始めた。
「あはは、『緋色の賢人』なんて、それは流石に皮肉がききすぎてるよ」
「え……? 皮肉?」
「確かに、ミャーマはテストも課題も赤点ばかり。ケンドー先生に何度もレポートのやり直しをさせられていたけどさ」
「赤点?」
「赤点ミャーマを『緋色の賢人』だなんて、うまい呼び名だなぁ」
ユーリはまだ笑っている。
「一般常識も欠けてる奇人だったけど、変な話はいっぱい知ってたな。不思議な物語をよく聞かせてもらってたよ」
(どういう事だろう)
世間で呼ばれているミャーマの異名を知らないのだろうか。
(ああ、でもずっとこの学園で暮らしていたら、世間の事なんか知らないのも無理ないか)
あのミャーマも学生時代は勉強面で色々と苦労したのかもしれない。
すると、ユーリは妙な事を言った。
「学園でのミャーマの事を知りたかったら、クローに聞くのが一番かもね」
「え? クロー? どうして?」
ミャーマから「自分の話をクローにしないでくれ」と言われたのを思い出す。
頭が混乱する。
(そうか……という事は、ミャーマとクローも元同級生って事になるんだよな……それにしても、どうして?)
その時、息を切らした男子生徒が走ってきた。
「大変だ……ユーリ! 大変な事になった!」
彼はぜいぜいと言いながら、顔をひきつらせて言った。
「アングレが……殺された!」
「……は?」
何をふざけているんだ、とでも言いたげな顔でユーリが聞き返す。
けれど、息を切らしている男子生徒にふざけている様子はない。
そして、次に続く彼の言葉には、僕もティオーラ姉さんも声を失った。
「アングレが、訓練場で死んだ……殺したのはクローらしいんだ……!」




