2.アイビーは悪女になる
「驚いたよ、クロー! 久しぶりじゃないか!」
校内で少し待つようにとツィー姉さんに言われ、一階の廊下でウロウロしていると、長身の青年が声をかけて来た。
「ティオーラも元気そうだな! どうだ? 久しぶりの学園は!」
クローもティオーラ姉さんも、彼を凝視したまま何も言えないでいる。
「そんな驚かなくてもいいだろ。忘れちゃったか?」
「デジー……」
「そうだよ。二人共、少し大人っぽくなったか?」
「いや……お前は全然変わらないな」
そんな話をしていると、一人、また一人と生徒が集まって来た。
皆ツィー姉さんと同じ、揃いの白い服を着ている。
「うわあああ! クローじゃないかっ!」
叫び声と共にずざざざっと滑り込んできた少年がいた。
「あ……アングレ?」とクローが驚いた顔で彼を見つめる。
「そうだ、久しぶりっ! 卒業以来だなっ!」
薄茶色の髪をツンツンと立てた彼は、ガバっと立ち上がるとクローに駆け寄る。
「クロー! 久しぶりに手合わせしようっ! 俺クローの《太刀花》が見たいっ!」
すると、堰を切ったように、周りの生徒達も「俺もティオーラのヤドリ獣がみたい!」「僕も僕も!」と騒ぎ出した。
クローとティオーラ姉さんはあっという間に取り囲まれてしまった。
二人の人気っぷりに圧倒されていると、近くにいたデジーが「ところで」と話しかけて来た。
「君は二人の知り合いかい?」
「あ、えっと――」
すると、階段の上から声がした。
「その子は私の妹。新入生よ」
ゆっくりとツィー姉さんが降りてきた。
ふわりと髪を揺らしながら階段を降りる姉さんの姿は、まるで『ヒロイン登場!』とでも言うようだった。
「名前はアイビー。新しくこの学園の仲間になったの。みんな、よろしくね」
僕は戸惑いながら姉さんに駆け寄る。
「あの、姉さん。僕達ここに長居するわけには――」
「ここは部外者は立ち入り禁止なの。こうでもしなきゃ、ここにいられないわよ?」
姉さんは僕にささやいた。
「言ったでしょ? 以前『反ヤドリ主義者』に襲撃されたって。だから、部外者にとても厳しいの。クローもティオーラも元在校生だけど、あなたは違うでしょ」
「でも、僕は姉さんの弟で――」
「私は認めてないけどね」
ピシャリと言われてしまった。
ここは大人しく、姉さんの言う通りにした方が良いのかもしれない。
僕は渋々「わかりました」と小声で答えた。
すると「待ってくれ」とデジーが姉さんの肩に手を置いた。
「妹だって……? でも、ツィーは孤児だったんだろう?」
僕は思わず姉さんの顔を見上げた。
けれど、すぐ合点がいった。
(……ああ、アキレアの娘って事を隠すために、孤児だと嘘をついてたんだな)
「えっと……それは……」
なんと説明するべきか口ごもっていると、姉さんはとんでもない事を言い出した。
「……実はね、私が孤児になったのは、父さんがこの子の母親と再婚して、私の居場所がなくなってしまったからなの」
(………んん?)
なんだか雲行きが怪しい。
「義理の姉に父親を取られたくなかったんでしょうね……アイビーに辛く当たられてしまって……」
ありもしない事を並べたてるツィー姉さん。
僕は呆気に取られて棒立ちになっていたけれど、ふと周りからの鋭い視線に気がついた。
周りにいた男子生徒達がそろって僕を睨んでいる。
(お、おやー……これはまずいぞ)
「な、何を言ってるの、姉さん。それだと僕が……じゃなくて、わたしが虐めたみたいじゃない」
慌てて取り繕おうとしたけれど手遅れだった。
むしろ、僕の慌てている様子が、裏の顔を暴露された悪辣ないじめっ子っぽさに拍車をかけてしまったようだ。
周囲の空気がどんどん険悪になる。
姉さんはなおも言い募る。
「アイビーも幼い子供だったから仕方がないわ。可哀想なのはあなたも同じよね。だからあなたのせいではないわ、私が捨てられたのは……」
「捨てられた、だって?」
デジーがワナワナと手を振るわせた。
「そんな過去があったとは……すまないツィー。踏み込んだ事を聞いてしまって」
そして、ギロリと僕を睨んだ。
「おい、アイビー君と言ったな。どんな思惑があるのか知らないが、ここにいる生徒は皆、ツィーの味方だからな!」
(僕、とんでもない悪役に仕立てられてないか……?)
「デジー、違うの。アイビーは私の様子を心配して来てくれただけなのよ」
「ツィーは優しいんだな」
デジーは姉さんの手をそっと握りしめた。
「そんな事ないわ……私、すごくわがままよ」
整った顔立ちの二人が見つめ合う姿は、まるで物語のワンシーンのようだ。
とはいえ、自分の姉のラブシーンなど、僕は絶対見たくない。
ゲンナリとした顔の僕を尻目に、ツィー姉さんは、デジーの胸に手を置いてささやいた。
「ごめんね、デジー。私、妹と二人で話したい事があるの。アイビー、すぐそこに中庭があるから、そこで話しましょう」
デジーは心配そうにツィー姉さんを見つめたあと、僕を忌々しげに睨みつけた。
(クロー達は……まだ囲まれているな)
熱烈な歓迎を受けている彼女達に助けを求めるのは無理そうだ。
僕は渋々、姉さんの後について中庭に出た。
「……姉さん。さっきの人とお付き合いをされているんですか?」
「デジーの事? もちろん違うわよ」
ツィー姉さんはあっさりと言った。
(ん? デジーの気を引きたくて、僕を悪女に仕立て上げたのかと思ったんだけど……違うのか)
「えっと……でもそれにしては、彼との距離感が近いと言いますか、引っ付きすぎなんじゃ――」
「そんな事ないわ。なんの問題もないわよ。だって私、他の男の子ともあんな感じだし」
「そっちの方が問題ですよ」
(自分の姉が、誰彼構わずベタベタしてるなんて、知りたくなかった……)
ベンチに腰掛けたツィー姉さんは、パタパタと足を交互に揺すりながら首を傾げた。
「私ね、誰かと付き合いたいわけじゃないの。だってみんな同じくらい大好きなんだもの」
「それはタチが悪いんじゃ……?」
「やだ、誤解しないでね。家族としてって意味よ? 兄と妹みたいな関係なの」
「兄妹だったらベタベタしませんよ?」
「私、寂しがり屋なの……だから、ひとりにしないで欲しいなって」
「姉さん結構厄介なタイプですね?」
ツィー姉さんは、口をプィッと尖らせて、首を横に小さくゆすった。
「あのね、私は恋人が欲しいなんて、そんな小さな事を考えてないの。私の望みは、みんなが私から離れていかない事。ここでの幸せな暮らしのためなら、命を削る覚悟なの」
「すごい事言い出したな」
ツィー姉さんは、こちらを伺っている男子生徒達に微笑みながら手を振った。
彼らは満面の笑みで姉さんに手を振り返す。
(とんでもない所に来てしまった)
僕は大きくため息をついて、曇天の空を見上げたのだった。




