1.アイビーは門をくぐる
アザー丘陵に吹く風は冷たく乾いていた。
思いの外強い風が頬に当たり、髪が舞い上がる。
めくれそうになったワンピースの裾を両手で押さえ、そんな自分の仕草に僕はうんざりした。
(だんだんと、この格好にも慣れて来ちゃったなぁ)
最近は、ティオーラ姉さんが細かく髪の毛を編み込んでくれたり、クローが賭けで儲けたお金で髪飾りを買ってきたりと、着飾り具合が増してきている。
最初は文句を言っていたけれど、ここのところは歯向かうのも面倒で、されるがままになっていた。
ふと前を見ると先を歩いていたクローが立ち止まり、こちらを見ている。
つられて振り返ると、ティオーラ姉さんがゼイゼイと言いながら、少し遅れて丘を登ってきていた。
「姉さん……お酒買いすぎだよ」
ようやく追いついた姉さんに、僕は呆れて物申す。
ふもとの町で買い込んだお酒のせいで、姉さんの荷物はかなりの重さになっているはずだ。
「僕言ったよね? 余計な物は買わないようにって」
「ビー、何を言うんですぅ」
姉さんは口元を引き締めて、僕をまじまじと見つめた。
「余計なものなど……一滴たりともありませんよ……ぅ」
目が必死すぎる。
命をかけている者の目だ。
「この私が……酒の重さなんかに……弱音を吐くと思いますぅ……?」
「息があがってるじゃん」
「すぐ飲んじゃうんで問題ないですぅ」
「それはそれで問題あるよ」
「背負ってるもんが重すぎたら、酒を飲めばいい。それが人生ってもんですぅ」
「名言っぽく言うのやめてくれない?」
ダメだった。
話が全く通じなかった。
アザー丘陵のとある場所に、僕の姉妹の内の一人が暮らしてる。
それを教えてくれたのは、アリウム姉さんだった。
詳しい事は行けばわかる! と、それ以上の事は教えてもらえず、僕らは、ひたすら丘を登っていた。
しばらく行くと黒い鉄格子の様な門が見えてきた。
「ああ、白い建物が見える。アリウム姉さんが言ってたのはあの建物かな?」
僕の言葉にクローもティオーラ姉さんも黙ったままだった。
疑問に思って二人の顔を仰ぎ見ると、心なしか青ざめている様だ。
「……? 二人共、どうしたの?」
僕が尋ねたその時、澄んだ声が聞こえた。
「うそ……まさか、クロー? それにティオーラまで!」
見ると、黒い門の向こう側にロングヘアの女性が立っている。
ピンクがかったベージュの髪の毛が風に舞い、鈍い日の光に透けて輝いている。
彼女の着ている白い服は、見たことの無い不思議なデザインだ。
「ツィー……?」
かすれた声でティオーラ姉さんが呟く。
近づいて来た女性を前に、僕は思わず固まる。
大きな瞳に長いまつ毛。
スラリと伸びた細い手足。
小さく薄い唇。
目を見張るほどの美人だった。
彼女の目には涙が溜まっていた。
感極まった様子で、潤んだ瞳を二人に向けている。
クローがそっと僕にささやく。
「あなたの姉上のストレツィア様です」
「あ、えっと」
僕は慌てて一歩前に出た。
「初めまして、姉さん。僕、弟のアイビーです」
「……私はストレツィア。ツィーと呼ばれているわ」
返ってきたのは、凍りつくよう冷たい視線だった。
予想外の反応に、僕は思わず再度固まる。
恨むような、憎むような、そんな視線を向けた後、ツィー姉さんはフイと目を逸らした。
姉さんは何もなかったかのように、すぐに笑顔を浮かべて他の二人に話しかけた。
「久しぶりに会えて嬉しいわ。今、開けてもらうから、ちょっと待ってね。中にいるみんなも二人に会いたいと思うわ」
ツィー姉さんはどこかに手を振って合図を出している。
その彼女に、ティオーラ姉さんが震える声で尋ねた。
「待って、この建物は……それに……皆? 皆が待ってるって……どういう事ですぅ……?」
「ふふ……この建物、見覚えがあるでしょう?」
クローとティオーラ姉さんは顔を見合わせる。
「私はね、勇者アキレアの作ったジャルダン学園を、ここアザーの丘に移設したのよ!」
「な……!」
ツィー姉さんの言葉に二人は絶句している。
「移設って、学園に何かあったんですか?」
「あら、聞いてないの? 移設前の学園は『反ヤドリ主義者』に襲撃されたのよ」
僕の質問に、ツィー姉さんは冷めた目で僕を見下ろす。
「ヤドリ術について教えているって事で、奴らの標的にされたの。短絡的でくだらない連中だわ」
そういえば、アリウム姉さんも『反ヤドリ主義者』を警戒していた。
かなり過激な行動に出る奴らもいるからだと。
「そんな事より、来てちょうだい。私達のジャルダン学園が、まるまるここにあるんだから」
黒い門がゆっくりと開いた。
ツィー姉さんは、クローとティオーラ姉さんの腕を取り、じゃれつくように歩みを進める。
わざとらしく片手でクローの腕を抱き、もう片方の手でティオーラ姉さんの指を絡めとるように引っ張っている。
僕には一暼もくれなかった。
二人も、どこか心ここにあらずといった様子で、引かれるがままに中へと足を進める。
仕方なく僕も後へと続く。
(僕だけわざと除け者にされているような……)
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、三人について行く。
どこかで、鳥の鳴き声が聞こえた気がした。




