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パラサイトな僕の十九人の姉さん達  作者: 輪二
第四章 僕は扉を開けたくない
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11.ミャーマは口を開く

『アリウムがお父上と音信不通になったのは、そんなわけがあったのね』

「そんなわけ?」


 僕は力無く聞き返した。


 いつものように、僕はミャーマと《鏡草》を使って近況報告をしていた。


 インディゴ村での出来事を、僕はどう受け止めていいかわからなかった。

 僕は何も出来ないままだった。


『王国軍が絡んでくるとなると、機密レベルも上がるし、父親を巻き込みたくなかったのね』 

「結局、僕らはすぐに村を出ないといけなくなったんです。まるで追い出されるみたいに」


 ミャーマは人差し指を顎の横につけて、『まあ、そうでしょうね』と言った。


『おそらくだけどね、王国軍の支援を受けることになった、という事はね。ビーちゃん達が訪れた時にはもうすでに村の中に王国軍の関係者が紛れ込んでいたと思うわよ』

「え? でも、インディゴ村はかなり小さかったし……僕らが来た事もあっという間に広まりましたよ? そんな所に潜り込めるもんですか?」

『なんとでもなるわよ』


 ミャーマは肩を小さくすくめる。


『例えば、配属されて来たばかりの司祭のふりをする、とか』


 僕は、若いハチスの顔をぼんやりと思い浮かべる。


「……そういえば、一番僕らを追い出したがっていたのはハチスさんだったかもしれない……です。家族がいたら色々と邪魔だからかな」

『うーん、追い出そうとしていたなら、彼はなかなかのお人好しだと思うわ』


 僕はミャーマの言葉に首をひねる。


「え? どういうことですか?」

『村人ならいくらでも言いくるめられる。でも、余所者となるとそうもいかない。長居してしまえば……機密を守るために、殺されていたかもしれないわ』

「……なぜですか?」


 ミャーマは『嫌な話だけど』とため息をついた。


『王国軍としては、アリウムの存在はなるべく隠しておきたいわけ。表向きは、町から流れ着いた変わり者の発明家と、彼を支える村人……そういう事にしておきたい筈よ。ほのぼのとした田舎で、まさか兵器の開発や人体実験が行われるとは思わないでしょうし』


 僕は下唇を深く噛んだ。


(僕は……何も出来ないのか……)


 小さい頃から物語に登場する英雄に憧れた。

 困っている人の前に颯爽と現れ、力と知恵と勇気で、人々を助ける英雄。


 けれど、今の僕には何も出来ない。

 誰も、僕に何かして欲しいなんて望んでいない。


(僕は……英雄じゃないから……)


『最新兵器の情報なんて、万が一にも他国に知られるわけにはいかないからね。おそらく、機密を守るために、インディゴはこれからどんどんと排他的で閉鎖的な村になっていくわ。田舎の村だったら余所者を嫌うのも珍しくもないし、不自然に思われないでしょう』

「じゃあもし、旅人が村の扉を叩いても、よくて追い出される。悪くて——」

『消されちゃうわ』

「……めちゃくちゃ危険な村って事ですね」

『そうよ』


 ミャーマは小さく首を振った。


『あの村の扉は、決して、開けてはいけないの』


 ミャーマの黒い瞳が、こちらをじっと見つめる。


『ねえ、ビーちゃん。世の中にはね、開けない方がいいものがたくさんあるのよ。昔、聞いた話をしてあげるわ』


 そう言ってミャーマは、奇妙な物語を語り出した。



  ♢   ♢   ♢



 昔々あるところに、国で一番の御殿で働く若い女性がいました。

 彼女の仕事は、招かれた客人に食事を運ぶ事でした。


「食事中、決して扉を開けてはいけない」


 そう強く言われていた彼女は、食事を乗せたカートを扉の前に置き、いつも静かに立ち去っていました。


 何人もの客人に、たくさんの食事を届けました。


 ある時、いつものようにカートを押して部屋の前まで来た彼女は、驚きました。

 扉が開き、中から客人が顔を覗かせたのです。

 彼女と同じぐらいの若い女性でした。


「ああ、食事を運んでくださったのね。ありがとう」


 そう微笑んだ客人を見て、彼女は「あら」と思わず声をもらしました。

 客人のつけていた腕輪が、彼女の故郷の工芸品のように見えたのです。


「まあ、あなたの故郷のものなの? 市場で買ったのだけれど、とても気に入ってるの」


 客人はもっと話をしたそうでしたが、彼女は他にも仕事があります。


「ねえ、後でこっそり、この部屋に来てもらえない? もっとあなたとお話がしたいわ」


 そんな事をして叱責されないかと尻込みをする彼女に、客人は言いました。


「私ね、とても大切な客としてここに招かれているの。もし叱られそうになったら、私に頼まれたのだと言えば、きっと許してもらえるはずよ」


 彼女は押し負けるようにして部屋に戻ってくる事を約束しました。

 彼女自身、自分が食事を運んでいる客人達は、一体何者なのか興味があったのです。


 程なくして、再び部屋を訪れた彼女は、おそるおそる扉をノックしました。

 すると、扉が小さく開きました。

 少し迷ってから、彼女は一歩、中に足を踏み入れました。


 けれど、部屋に入った彼女はすぐに後悔しました。

 部屋の明かりが消されていたのです。


(なんだ、もうお休みになったのね)


 就寝中の客人の部屋に勝手に入ってしまった事を後悔し、そっと部屋を出ようとした彼女は、何かの物音に立ち止まります。


――シャリ、シャリ、シャリ


 思わず振り返り、そのまま数歩、中へと進みました。

 月は雲に隠れているようでした。

 窓から差し込む星明かりは、部屋を照らすには頼りなく、彼女は必死に目を凝らしました。


――シャリ、シャリ、シャリ


 部屋のテーブルには、食事を終えた食器が置かれていました。

 そこに、客人の姿はありません。


ーーシャリ、シャリ、シャリ


 寝台に、何か大きな影のようなものが見えました。

 

(あれは――何かしら、人の影にしては……)


 その時、雲間が晴れたのか、窓から月明かりが差し込みました。


 寝台が白い光に照らされました。

 彼女は()()をすぐには理解出来ませんでした。


 まず見えたのは、寝台一面に広がる、たくさんの葉。


(どうして、葉っぱがこんなところに――)


 そのまま彼女は視線を移動させ、寝台の横の白いシーツの塊に目を止めました。


(――違う)


 初めは、縦長に丸められた白いシーツのように見えたのです。


 けれども、青白い月光の中、それはモゾモゾとうごめいていました。


――シャリ、シャリ、シャリ


(――違う、違う違う違う――!)


 その時、葉の上で、何か光るものがありました。

 それが何かを理解した瞬間、彼女は反射的に部屋を飛び出しました。


(あれは――あれは――!)


 あれは、あの音は、()()()()()

 かじり、咀嚼する音だ。


 彼女はきつく言われていました。

「食事中、決して扉を開いてはいけない」と。


(あれは、()()食事中だったのか――)


 寝台に散らかる無数の葉の上で、月明かりを反射して光っていたのは、見覚えのある腕輪でした。


(食事中というのは――()()()()、食べていたのか――)


 意識下に閉じ込められていた微かな疑問が浮かび上がりました。

 

 彼女は、客人が部屋まで案内される姿は何度も目にしました。

 けれども、客人が()()姿()は、一度も見た事がなかったのです。


 あの、白くブヨブヨとうごめく塊。

 あれは一体何者だったのか。

 あの、寝台に散らばる無数の葉。

 あれは一体どこから来たのか。


 いるはずの客人が一人消え、あるはずのない正体不明なものが二つ。

 ならば、そのどちらかが、姿を消した客人のはずです。


 葉に埋もれかけた腕輪を見て、彼女は感覚的に気がついていました。

 あのいくつもの葉が、姿を変えた客人なのだと。

 

(ああ、見てはいけないものを見てしまった)


 彼女は開けてはいけない扉を開けてしまったのです。


『食事』をしていた白く禍々しい生き物が何なのか、彼女にはわかりませんでした。

 誰かに聞くわけにもいきません。

 たくさんの客人が御殿に招かれ、あの化け物に食われたのだとしたら、彼女の仕える主人が、裏で糸を引いているに違いありません。


 彼女は自分の役目に思いを馳せました。


 彼女の仕事は『客人に食事を運ぶ事』でした。

 つまり、『客人を案内する』『客間を掃除する』『客人の食事を下げる』その仕事一つ一つが、おそらく彼女のような使用人に、バラバラに振り分けられているのです。


 仕事を細分化し、目の前の事だけを行わさせ、全体像を見えないようにし、何が行われているのかを隠していたのです。


 そこまでして隠していた事を、彼女がもし暴いてしまったとしたら。

 扉を開けてしまった事が、もし主人にバレてしまったら。


 彼女は、再び、寝台に散らかる葉を思い浮かべました。

 食べ散らかしたように広がる、剥ぎ取られたばかりの葉。


 彼女もそうなりかねないのです。



 彼女はすぐに仕事をやめ、姿をくらませたのでした。

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