7.アリウムは採取する
闇夜の中、アリウムは足元を『ペンライト』で照らしながら、ゆっくりと歩いた。
「夜の採取に出かけるから先に寝ていてくれ」とアイビー達には伝えていた。
今頃彼らは家の二階で眠っているはずだ。
住み慣れた家まであと少し。
アリウムはコバが引く荷車の後ろを歩き、採取物が落ちないよう支えていた。
道すがら、村に伝わる黄金の勇者の伝説ーー彼女の父の伝説をぼんやりと思い返していた。
(開けてはいけない扉、か)
インディゴ村の人間は良い人ばかりだった。
自分の発明が彼らの役に立つ事に、アリウムは日々喜びを感じていた。
「ウチは、この村では英雄になれる……」
子どもの頃から吟遊詩人の語る英雄の物語が大好きだった。
敵を倒し、味方を助ける強き勇者。
しかし、ジャルダン学園に入学したアリウムは理想と現実の差を目の当たりにする。
自分は英雄にはなれない。
そう思い知った。
学園を去った彼女に残されていたのは、発明家の道だった。
開けてはいけない箱を開けてしまい、中身が全て飛び去った後、箱の隅に小さな希望が残っていたように。
彼女には、探究心があったのだ。
学園での成績は優秀だった。
度重なる実験を厭わず、真実を冷静に見つめる目でもって、アリウムは発明家としての才能を開花させた。
そして、同じく学園を去る事となった、あの子と共に研究に明け暮れた。
(結局、あっという間に喧嘩別れしたけどな)
ようやく、住み慣れた我が家に辿り着いた。
扉を開けて、採取品を家の中に運び込む。
コバは、彼女の作業をじっと見つめていた。
採取は、手が汚れるし匂いもつく。
二階で寝ている弟達を起こさないよう気を使いながら、注意深く手を洗った。
(まずはお茶をいれよう。そして休憩だ。茶葉はまだまだ残っていたし)
茶葉の育て方は、村に来たばかりの頃にコワニーから教わった。
採取と実験。
畑仕事と発明。
好きなように、自分らしく生きているアリウムを、ここの村人達は受け入れてくれた。
アリウムはそれが嬉しかった。
――どうしてアリウムはもっとわがままにならないの?――
ふと、あの子の声が頭をよぎった。
(あの子は……今も研究を続けているのだろうか)
――全ての研究は欲望のためにあるのよ? もっと楽をしたい、もっと豊かになりたい、もっと長生きしたい……わがままな欲望がなければ、研究は死んでしまうの――
あの子は、よくアリウムの研究を馬鹿にしていた。
自分の事を棚に上げて彼女の研究をこき下ろしていた。
――中途半端な知識欲なんかに振り回されていないで、もっと正直に、わがままになるべきだわ――
(ウチからすれば、あいつこそ、欲望に振り回されている)
余計な考えを追い出すように、アリウムは首を振った。
バンクシアへ渡すヤドリ器の修理はあらかた終わった。
きっと喜んでもらえるだろう。
コワニーに貸しているヤドリ器は、もう少し改良の余地があるかもしれない。
空中を浮遊するヤドリ器。
動きを感知するヤドリ器。
あの子には馬鹿にされた研究だったけれど、ここに来て人の役に立つ喜びを知った。
ここでなら、英雄になれる。
(それだけじゃない)
アリウムはゆっくりと空の器にお茶を注いだ。
近くで背中を丸めているコバにそっと目線を移す。
(ウチの研究により、たくさんの英雄を生み出せるかもしれないんだ)
そんな事を考えていた時だった。
——コン、コンコン
扉が、叩かれた。
(こんな時間に誰が来るというのか。魔獣じゃあるまいし)
思わずそう考えて背筋がぞくりとした。
魔獣は、何度も扉を叩く。
一度目、魔獣は脅しつけて扉を開けさせようとした。
二度目、魔獣は女に化けて扉を開けさせようとした。
そして三度目、魔物は昔の仲間に化けて、言葉巧みに扉を開けさせようとした。
この扉の向こうには、魔獣がいるのだろうか。
それとも——喧嘩別れした昔の仲間がいるとでもいうのだろうか。
——コン、コンコン
また、扉が叩かれる。
墓をあばく魔獣。
まるであの子のようだ。
いや、違う。
魔獣は自分自身だ。
成し遂げるために、魔獣に変身するのだ。
どうして自分達人間は、開けてはいけない扉を開けてしまうのか。
はたを織る娘の正体を知ってしまった老夫婦のように。
忠告を聞かず中を覗いて、見てはいけないものを見てしまう。
——コン、コンコン
扉が叩かれた。
三回目だった。
アリウムはゆっくりと扉へ近づいた。
開けるか、開けないか。
外にいるのは、魔獣か、それとも。
彼女は扉を開けた——。




