8.アイビーは問い詰める
扉が開いた。
そこには三人の人影があった。
『まったく』
そう声を発したのは金色の髪に薄緑のワンピースの少女――いや、少女の格好をしたアイビーだった。
後ろにはクローとティオーラが控えている。
二階で寝ているはずの三人が外にいる事に疑問を抱いたが、ふと、それ以上の違和感がアリウムを襲った。
それは、優秀な発明家であり、観察力の優れた彼女の勘のようなものだった。
(どことなくアイビーの雰囲気が違う……姿はそっくりだが、目つきはまるで別人だ。――まさか)
魔獣が昔の知人に化けたように。
目の前にいる弟も、魔獣が化けた偽物なのだろうか。
アリウムは一本後ずさった。
すると、三人はその隙をつくように家の中に入ってくる。
そして、目の前の少年が低い声で呟く。
『ここから先は自分でなんとかするんだな、まったく』
直後、彼は急に身体の力が抜けたようによろけた。
すぐさまクローがその身体を支える。
「大丈夫だよ、クロー。もう平気だ」
そう言うとアイビーはアリウムに暗い瞳を向けた。
「姉さん、そこにはあるのは……」
アイビーは作業台の上に置かれた採取品を指差した。
「それは……お墓から掘り起こしたご遺体……ですね?」
アリウムはゆっくりと頷きながら答えた。
「そうか。二階で寝ていると思っていたが、ウチを尾行していたのか!」
「墓荒らしは姉さんの仕業だった……そうですよね?」
「いや! まったく気がつかなかったよ。クローならともかく、アイビーの気配にも気がつかないなんてな!」
「姉さんが『採取』と呼んでいたのは、鉱石を掘る事でもなく、薬草を採る事でもなく……墓荒らしの事だったんですね?」
「どうも考え事をすると周りが見えなくなってしまうんだ! すまない――」
「すまない、じゃないですよ!」
アリウムの言葉を遮るように、アイビーは声を荒げた。
噛み合わない会話に苛立ったようだ。
「なんで……なんでそんな事をしたんですか……どうしてそんな……平常心でいられるんですか……」
「だってここは『守り人の村』だから――」
アリウムは表情を変えずに答えた。
「ちょうど良いだろう? ここは守り人の村インディゴ。そうだ、墓守の村だ! 北の斜面には幾多の死体が埋められている! その数は、際限なく増え続けるんだ! 少し拝借しても構わないだろう!」
インディゴ村。
それは墓守の村だ。
各地から運び込まれた棺を北の斜面に埋葬し、見守るのが彼らの仕事だ。
インディゴの墓は、北の高台から一望出来る。
アイビー達が高台から見渡した北の斜面。
そこを全て覆うように、今まで村に運び込まれ埋葬された幾多の死者が眠っているのだ。
人生の終着点。
これからも増え続ける果てしない墓場。
それを前にした人間は、皆、自分という存在をちっぽけに感じるに違いない。
墓守と言っても、本来は墓荒らしから墓を守る事が目的ではなかった。
埋葬後、一番心配されるのは『アンデッド』化なのだ。
この国では火葬は罪人が受けるものとされている。
しかし土葬は、死後ヤドリ獣に身体を乗っ取られて『アンデッド』となる危険性がある。
インディゴが僻地にあるのも、万が一の事を考えて大きな町から離れていた方が良いからだ。
埋葬された死者がヤドリに乗っ取られて暴走する事がないよう、墓を見守る村。
それがインディゴ村なのだ。
アイビーは首をゆっくり振った。
「姉さんのやっている事に気がつくヒントはあちこちにあったんだ。いつもはこんな時、『彼』が出てきて全てを暴き出す。だけど今回は……今回は違う。『彼』じゃない。僕が、姉さんの事を見抜いてみせる」
「……『彼』っていのは誰なんだい?」
「わからないです。僕に取り憑いた化け物かもしれないし、英雄かもしれない。でも、今は『彼』の事はいいんです。僕には、姉さんの方が大事だから」
そう言ってアイビーは黒い瞳を鋭くアリウムに向けた。
「姉さん、なぜそんな事をしたんです? 今まで盗んだ他のご遺体をどこにやったんですか?」
アリウムは、肩をすくめて見せた。
寝癖がピコピコと揺れる。
「どこって、目の前にいるじゃないか!」
「目の前って――」
アイビーの視線が、ピタリと止まった。
彼の目の前にいた、大柄な緑の瞳の男性。
「まさか――そんな……」
「少し前に墓を掘り返して、連れてきたんだ」
皆の視線がコバに集まる。
ティオーラは鼻をそっと押さえている。
おそらく彼女にはわかっていたのだろう。
彼から漂うわずかな腐臭と湿った土の匂いが、教会にあった棺の匂いと似ている事を。
「彼はコバ。いや、正式名は《小箱猫》か。死んだ宿主の身体を乗っ取ったヤドリ獣だよ!」
アイビー達はみな黙り込んだ。
「まあ、まずはお茶でも入れようか!」
カップを並べるアリウムを三人は信じられないと言った顔で見つめる。
アリウムは、ゆっくりとカップにお茶を入れる。
「見てごらん! 空の器にお茶が注がれて行く。『アンデッド』の仕組みもこれと同じだね! 死んで魂の抜けた空の身体にヤドリの命を注ぐのだよ!」
そう言ってアリウムはお茶を飲むように三人に勧める。
しかし今回は誰も手をつけなかった。
「無理矢理寄生させたヤドリ獣は、暴走して宿主を食い殺し、その身体を奪う。だから『アンデッド』なんていう化け物になるのだ。けれどこの《小箱猫》は宿主と生前から良好な関係を築いていた。まるで家族のようにね。だからこうして大人しいし、言葉も少しは通じるんだよ。被検体として素晴らしいんだ」
アリウムは《小箱猫》の頭を優しく撫でた。
コバの存在は、アリウムの研究を確立させるために必要だった。
苦労して手に入れた条件に合う『採取品』だ。
けれど、動く死体を村人に見られては都合が悪い。
村人が訪れた時は隠れるよう、アリウムは彼に教え込んだ。
「この身体が持つのはせいぜい一週間……だから次の被検体を用意しなくてはならなかった! それで今夜、また採取に出かけていたんだ!」
「なぜですか、姉さん。どうして姉さんがそんな事をーー」
「全ては、英雄を作るためさ」
「英雄?」
その時だった。
《小箱猫》がピクリと扉の方を見る。
その直後、扉がノックされた。




