2.アリウムは研究する
「そ……そのロッドは!!」
窓際で目を瞑っていたコバが、ぴくりと顔を上げ、迷惑そうに僕を見た。
アリウム姉さんが取り出したロッド型アイテム。
忘れもしない……オルレアで売っていたロッドだ。
確か名前は『ペンライト』と言ったか。
ミャーマが発案し、どこぞの天才発明家が開発したものだと店主は言ってたけど、その発明家というのはアリウム姉さんの事だったのか。
(ん? って事は、ミャーマとアリウム姉さんは知り合いなのかな?)
「どうしました?」とクローが僕の顔を覗き込んでくる。
(……これのせいでクローとはぐれたなんて言えるわけがないな)
それだとまるで僕が、街の珍しい品々に夢中になってキョロキョロしているうちに親とはぐれて迷子になるような田舎から出てきた子供みたいじゃないか!
……絶対に秘密にしておこう。
「えっと……このロッド、ちょっと見た事があって。すごいや、姉さんがこれ作ったの?」
「おや! すでにご存知だったか! ありがたいね!」
姉さんはそう言ってペンライトを光らせた。
ティオーラ姉さんはすでにオルレアで見た事があったのか、お茶(どさくさに紛れて勝手にお酒を垂らしていた)を大人しく飲んでいるけれど、クローの方は突然光を放ったロッドに目を丸くしている。
「凄いですな。これをヤドリ術なしで? 一体どういう仕組みなんです?」
クローの質問に、アリウム姉さんはニヤリとして答えた。
「それはな!《糸》を利用しているんだよ!」
「え……《糸》っていうと、ヤドリ草やヤドリ獣を植え付ける時に使うあの《糸》の事ですか?」
「そうさそうさ!」
十二の誕生日を迎えると、教会に行って申請をし、そこで初めて植え付け用の《糸》を受け取れる。
その《糸》でヤドリ草の種や、ヤドリ獣の卵を植え付ける事ができるのだ。
「まず、この中には《明火》の種を埋め込んでいるんだ! 《明火》と言えば、実が割れると中に詰まった種子が明かりを灯す事で有名だね!」
《明火》はかなりメジャーなヤドリ草だ。
ランプを使わずに周りを照らすことが出来るから日常使いできるし、魔獣に襲われた時、目眩しとしても使えるから、なかなか使い勝手が良いと聞く。
「《明火》の種に繋ぎ合わせた《糸》を導線として、ヤドリの力をロッドの先端まで流すんだ。まあ簡単に言うと、人間の代わりになる《器》を用意して、そこにヤドリ草を植え付ける――そう考えてくれてかまわない。人の身体の代わりにロッドを《器》として、《糸》によって導かれた力を――」
姉さんは早口で説明してくれたけど、僕には少しも理解できない。
「えっと……僕、《糸》についてよくわかってなくて……」
「お……お…ぉ……」
アリウム姉さんは呻くような声を出すと、僕の横にドカっと座り「聞いちゃうか? お? 聞いちゃうかい? 弟くんよ!」と叫んだ。
「そうさそうさ! そもそも、そこが大事なんだ!《糸》についてよく知らない。それは当たり前の事なんだよ!」
姉さんの声に熱がこもる。
「いいかい《糸》を作る方法は知っているかい? 正体は? 仕組みは?」
「いえ……知らないです」
「そうさ! 知らない! 当たり前だ! 知ってはいけないからだ!」
アリウム姉さんは興奮を抑えられない様子で立ち上がる。
「そもそもだね! 宿主とヤドリを繋ぎ止める《糸》。これは、世界の始祖の血を受け継いでいる王から、各地の教会に下賜されるものだね! この糸なくしてヤドリ術は成り立たない! ウチらの生活は全て《糸》にかかっていると言ってもいいのだよ」
王より下賜された《糸》は、教会で管理される。
十二になって受け取る一本目の《糸》は無償。
ただし、二本目からはなかなかの金額を支払わなければならない。
その《糸》を売った利益によって教会が運営されている。
「《糸》はヤドリ草やヤドリ獣を繋ぐ役割であると共に、国民を王家に縛り付ける存在でもあるのだ!《糸》のおかげで運営が成り立っている教会は、王族を世界の始祖だと崇め奉り、神話の力で民衆を縫い止めている!《糸》を使って依存させているのだ!」
アリウム姉さんは、両手をググッと握りしめて僕に詰め寄った。
「だからこそ、解明されてはならない! 解き明かされれば価値がなくなる! 開けてはいけない秘密の箱のような物なんだよ!」
「えっと、じゃあ研究してはいけないんじゃないですか?」
僕の質問に姉さんはサラリと答えた。
「箱があったら開けたくなるだろう!」
「そういうものですか?」
「そういうもんだ!」
言い切られてしまった。
「そういうわけでね!《糸》の研究が進めば、ヤドリ術を使えない人の助けになるのさ! ただこの研究はね、ひっそりとやりたいんだよ」
「え? どうしてですか?」
「そんなの決まっているじゃないか!」
アリウム姉さんは言葉を続けた。
この時、僕はもっと周りに気を配るべきだった。
そうすれば、アリウム姉さんの言葉を聞いた時のクローとティオーラ姉さんの動揺に気がついたはずなのだ。
けれど見過ごしてしまった。
二人の変化について、もっとよく考えていれば、僕の未来は何か変わっていたのだろうか。
箱を開けないで済んだのだろうか。
アリウム姉さんは、こう言ったのだ。
「ウチの研究を『反ヤドリ主義』の奴らに嗅ぎつけられたくないんだ! 何をされるかわかったもんじゃないからな!」




